BAR龍の巣、本日も開店休業中  ~じいちゃんと間違えられて異世界転生!列強も寄せ付けない人外魔鏡でBARを開けとのご神託です!~

夏目 凡太

第1話 プロローグ

「え?篠岡リョウジさんですよね?」




目の前にいる恰幅のいい、髭もじゃの男は狼狽している。




「はい、篠岡リョウジですが」




それは服なのか?布なのか?大事なところは隠れているけどオジサンの半裸はちょっと遠慮したい。




「いや、でもあなたどう見たって二十歳そこそこなのでは?」




頭に着けてるのは月桂冠っていうんだっけ?世界史の教科書や美術の資料集で見たことあるようなやつ。




「老けてみられることが多いですけど、まだ十九ですね。」




あー、現在形はおかしいのか?十九でしたが正解か?




「・・・あなたホントに篠・岡・良・治・さん?」




この人もしつこいなあ。




「ええ、確かにボクは篠・岡・竜・司・ですよ。」




せっかく一浪してまで志望校に合格したのに、入学式当日の朝にあんなことになるなんてな。




大学に入ったらしっかり勉強して、そこそこ遊んで、ちょっぴりバイトして、できれば彼女も・・・


なんて淡い期待に胸膨らませていて、なかなか寝付けず、うつらうつらしたかと思えば、入学式まで一時間を切っていた。




焦ったボクは家を飛び出し、玄関先に転がっていたビールの空き瓶を思いっきり踏んづけて、スッテンコロリン頭を強打。




気付けば真っ白な空間にいて、このギリシャ神話かなにかのコスプレみたいなオジサンと問答の真っ最中である。




ていうか、このオジサンもみんなと一緒だな。ボクとじいちゃんを間違えてる。




「あのですね、あなたがお探しの篠岡リョウジは『良く治める』と書く、ボクの祖父だと思いますよ。ボクは『竜を司る』で篠岡リョウジ。読みが同じでよく間違われるんです。」




オジサンの眼がカッと見開かる、顎が外れんばかりに口を開き、ついで膝が折れ、腕を地面につき、頭の飾りがずり落ちて、布?服?も・・・ちょーっと待って、ストップ!ストップ!


ボクは慌てて後ろを向いて事無きを得る。


背後では、いい年したオジサンが慟哭している。




「これだから漢字は嫌なんだ!漢字なんか○ァックだこのやろう!」




ちがった、中国4000年の歴史にケンカ売ってた。




「だいたいバッカスの野郎!あいつまた酔って適当な仕事しやがったな!」




しばらく全方位的に悪態をついていたが、ようやく落ち着いたのか、コホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。




「取り乱してすまなかったね、リョウジ君。ところでつかぬことを聞くが、君は酒には詳しいかね?」


「いえ、ボクはまだ未成年でしたし。まあ後2週間もすれば飲めたんですけど。」




初めてのお酒はじいちゃんの店でって約束していたから隠れて飲んだことないんだよなあ。




「そうか・・・」


「やっぱり、じいちゃんに用があったんですか?」




ボクのじいちゃんはかなり有名なバーテンダーで世界的な大会で賞を取ったこともある人だ。




「まあ、有体に言えばそうなるな。」




バツが悪そうに答えるオジサン。




「もしかしてボクは手違いで死んじゃったんですか?」




漫画やアニメで見たことがある、神様の手違いで死んじゃったから転生させるっていうアレだ。




「あー、転生に理解があるのは非常に助かるが、君の死は特に手違いというわけではない。」




そっか、じゃあボクは全くの事故であんな最期を遂げたのか・・・これは地味にくるなあ。




「『篠岡リョウジが死んだぞ』っていう連絡がバッカス、あー地球の神からあったんで慌ててこっちの世界へ転生させようとしたんだ。魂は鮮度が命!転生は時間との勝負だからな。」




おう、異世界転生ってそんな『獲れたての魚を刺身に!』みたいな感じなのか。




「早いとこ魂を処理しないと、どんどん記憶とか技術とか抜けてっちゃうんだよ。」




なんでもいいけど、処理とか言わないでほしい。機械的でなんか怖い。




「まあ、じいちゃんに用があるならあと何十年か待ってもらえればいいんじゃないですか?」




とはいえ、じいちゃん元気だからな、あと50年くらいはピンピンしているかもしれない。




「それはできない。」


「なぜです?」


「転生させるための神力が足りない。今回、篠岡リョウジを転生させるのと使命を果たしてもらう代わりにこちらで用意した特典スキル諸々で使い切ってしまったから、あと数千年は何もできない。」




じいちゃんはどんだけ優遇されるはずだったんだろう?




「こうなってしまっては仕方がない、君に篠岡良治の代わりに使命を授けて転生させるがいいかね?」




まだまだ人生やりたいことがあったんだ。転生できるならしたい。それにすごく勝手な想像だけど、じいちゃんならボクがどこかで元気にやり直せることを喜んでくれると思う。




「ボクにできることなら精一杯頑張らせてもらいます。」


「そうかそうか、まだ酒の味は知らぬとはいえ、あのバッカスが認めたというリョウジ殿の孫だ、期待しているぞ。」


「ところでボクは何をすればいいんですか?」


「うむ簡単に言うとだな、ワシの世界でBARを開いてほしいのだ。」




なんとも、まあうちのじいちゃんのために調えられた転生だな。




「理由を聞いても?」


「これはバッカスと私の利害が一致したから起きた取引でな。今、地球では造られた酒が飲まれずに大量に積み上げられているのだろう?なんでも、いい酒は時代がつくと値打ちが上がるからとか。」




確かにテレビで見たことがある、お酒は手堅い投資先なのだとか。




「バッカスはそれが気に入らんそうだ。それに造られた酒が飲まれぬとあやつの神力は減っていく一方で、虫の息だと言っておった。まあ大袈裟に言っておるだけだろうがな。」




ほうほう、地球の神様も大変なんだな。




「一方でワシの世界ではあまり酒の文化が発達しておらん。ワシの世界の住人が飲み食いしておるものしかワシも口にできないという妙な制約があってな、君がBARで美味しいお酒を提供してくれたら、ワシもお相伴に与れるというわけだ。」




つまるところ、このオジサンが美味しいお酒が飲みたいからなのか。




「それで今までワシがため込んでいた神力と引き換えに、地球の酒を好きにしていいという権利を手に入れた。その権利を君に譲渡するから存分にうまい酒をわしの世界で振る舞ってくれたまえ!」


「はあ、わかりました。」


「さて、そろそろ神力が限界だ。それでは、転生させるぞ!詳しいことは向こうでメニューを見てくれ。」




なんだか宇宙規模の飲んだくれに絡まれたような気がしないでもないけど二度目の人生頑張りますか!

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