ポツンと一軒家へのお届け物

森 三治郎

第1話 配達の依頼


大村 益美



 栗原村の一応商店街と呼ばれる道を通り過ぎ、まばらに点在する農家を過ぎ、山間いの道路に入った。


思うと、一台の対向車も無かった。『辺ぴ過ぎる』『こんな所に住む物好きだから、変人なんだろう』


今度の用件を引き受けたことを、少し後悔し始めた。




「大村さん、簡単な配達があるんだけど頼まれてくれないか」


いつも取り澄まし顔の所長が、やけにニコニコと声をかけてきた。


「ただ、少しばかり遠いんだ。家まで車が入れなくてね、歩くようになる」


「どこなのですか」


「栗原村の先の山の中。荷物はこれ」


所長は背負いかごをドンと目の前に置いた。かなり重そう。


「早めに出た方がいいよ。遅くなるかもしれない。その時は直帰ね、出先に泊まってもいいよ」


所長は、うら若き乙女に宿泊を勧める。どういう感覚をしているのだ。事故があったら、どうしてくれるのだ。それとも、私なら、事故などあり得ないとでも思っているのか。いや、むしろ事故が起こって欲しいと思っているのか・・・・。




 柔道なんてやったのが、そもそもの間違いだったのだろうか。この頃はやけに横幅が目立つし、178㎝80㎏(非公表)も女にしてはイカツイ感じが自分でもする。


陰で、西郷せごどん(風貌が西郷さん似)とか関取とか大局おおつぼねさまとか呼ばれているらしい。まったく、ふざけた後輩たちだ。


親も親だ。「お前を襲ってくれる人が居たらなあ」などと言っている。益美をじゃなく、お前をと言っているのも失礼じゃないの。


あれはもう何年前かなあ。言い寄った長谷川を投げ飛ばしたのが、ケチの付きはじめかな。


変なかっこうで、胸を触るような恰好をしたからとっさに投げ飛ばしたんだけど・・・・。男運まで投げ飛ばしてしまったのだろうかなあ。



 山間いの雑木林や杉林のくねくね道を、かなり走った。薄暗く、時間の感覚も地図感もあいまいな感じになっている。まるで、辺ぴな一軒家を訪ねる歩くテレビ番組のようだ。


どれ程走ったのだろう。日が暮れて、やっと目印の少し広い駐車場らしき所に出た。


その先に、未舗装の細い杣道そまみちらしいのが続いている。


「ここだな」


私は籠を背負い杣道に足を踏み入れた。目印みたいなものは無いが、結界に足を踏み入れたみたいな感じがした。


所長が「暗くなった方が良くないか」と言っていた。


「言うだろ、夜目よめ遠目とおめかさの内って」


「何それ」


「夜目は暗くて分からない。遠目も良く見えない。笠の内は全然見えない。だから美人かブスか分からない。女らしいことは分かる。粗忽者そこつもの劣情れつじょうにかられて、言い寄って来るかもしれないだろ」


「何言ってんですか、私には言い寄る男も居ないとでもいうんですか」


「いや、そうじゃないが」


「それって、セクハラですよ」


「ん~」


言うことが古い。粗忽とか劣情とか、死語に近いじゃない。






 かごが重い。杣道は何処までも続く。もう、陽は没したのだろうか。時おり、ぼ~ぼ~とかぐるる~ぐるる~と不気味な獣なのかウシガエルなのか分からない鳴き声がする。私は可憐に怯えながらも用意の電灯を頭に付け、籠を背負い杣道を歩いた。うら若き乙女がこんな格好して、こんなシュチュエーションは、いかがなものかとも思うなあ。


籠が重い。肩に食い込む。まったく、何が入っているんだろう。


どのくらい歩いたのか、分からない。だいぶ歩いたような気がする。


と、見ると前方に平べったいこけむした岩があった。腰掛けるのに、丁度いい。


「やれやれ、一休み」


何か年寄りっぽくないかなあ。そんな気分がしてきた。雑木林の山を削ったように杣道が続き、崖下にはさらさらと小川が流れていた。


「いったい、何が入ってんのよ~」


一息つくと、私の好奇心がむくむくと鎌首かまくびをもたげてきた。荷物の中身の正体が、気になって気になってしょうがない。むしょうに、中身を見たくなってきた。


「少しだけなら・・・・」


私は背負い籠を降ろし、中身を取り出した。かなり、重い。それは黒い二重のビニール袋に包まれ口のところを紐で縛られていた。


私は紐を解き、一気にビニール袋をずり下げた。


黒くぬめった目があった。黒毛に覆われた牛の顔、黒光りする鼻、禍々しく曲がった角、それは牛の首だった。


「おぎゃぁぁ~!」


私は驚愕し、尻もちを付き、崖を転がった。幸か不幸か私はとっさに柔道の受け身のくせが出て、ころころと崖を転がりボッチャンと小川にはまった。


「もおぉ~!」


これは、ホラーだ。美女が恐れおののくくホラーの世界だ。美女というところは響きが良いかな。「あ~ぁ」美女がビジョビジョだ。


「何だって、こんな気味の悪い物を・・・・悪趣味だ」


どうしよう。こんな荷物ほっといて、帰ろうか。どうしよう。


私は躊躇ったあげく、杣道を目的地まで行くことにした。

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