第6話

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。C103に参加してこの世界観を元にしたTRPGのチラシを配っておりました。C104にてルールを頒布予定です。

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~~積み重ねた経験は決して裏切らない。だから体験を重ねるんだ~~


 魔装騎のコクピットを模した機械群が並ぶ一室にユウトたちは集められた。今日は魔装騎と機甲騎士の合同訓練が実施されることとなった。十数年前には主力兵器であった機甲騎士は、その座を魔装騎へと譲ったが現在は主に砲兵とその護衛として運用されている。


 ツェツィーリヤ・ヴァルナフスカヤ少佐が艶やかな声で演習の内容を説明していく。透けるような白い細身の肢体を仕官服で包み、一纏めにされた長い紫の髪が背中へと流れている。まなじりが上がった紫の瞳がその厳しさを現しているようであったが、右目の下の泣き黒子が逆に色気を醸し出していた。


「本日の演習は第7機甲騎士中隊との合同訓練だ。想定としては、現在観測中の歪神の拠点。Y-856への氾濫防止の間引き作戦の演習となる」


 氾濫と呼ばれる現象がある。源泉を占拠した歪神は自らに都合の良いように環境を書き換え終えた後、彼らが保持しているデータから源泉の力を用いて眷属を生み出していく。これが一定量を超えると周囲に眷属が溢れ出て歪神の支配地域が広がって行くことを指す。


 5年前にラオロン連邦共和国で発生した『スァハイの大氾濫』がまず名前に上がる。当時のラオロン連邦共和国は政権交代に伴う混乱で地方行政への監督が緩んでいた。スァハイ地方に駐留していた師団本部は好機と見て師団に割り当てられた予算の大規模着服を行ったのだ。本来であれば歪神の拠点に対し定期的な偵察を行い、眷属数が一定以上にならないよう間引き作戦が実行されるはずであった。


 予算を使い込んだスァハイ師団は偵察を怠り、中央本部には異常なしの報告だけをあげて行った。スァハイの歪神拠点『Yー752』は異常に眷属を溜め込むこととなり、ついには史上初の大規模な氾濫を発生させたのだ。結果としてスァハイ地方は師団、国民、資源、国土を丸ごと歪神の支配地域に飲み込まれることとなった。この事件によりラオロン連邦共和国の面子は潰れ、国際社会に置いて大きく信用を落とす事となる。


 『スァハイの大氾濫』が未曾有の規模で起こった原因を突き止める為、人類同盟は専門の研究班を立ち上げ事態の解明に当たった。幾つかのごく小規模の歪神拠点を研究対象とし1年をかけて眷属の数の推移、支配域の拡大傾向を分析していくうちに一定のパターンを読み取ることに成功した。歪神の眷属は支配地域の中でも成長し変化し、その戦力的な質を高めていくこと。これらの高戦力眷属は支配地域の外縁部に優先的に配置される。また、源泉に存在する歪神本体自身も成長しその防衛力、生産力を増していった。


 研究班は更に1年を費やし、外縁部の成長した眷属個体のみを排除し続ける実験を行った。これは一定の成果を得る事に成功した。外縁部に成長した個体が一定の割合を下回れば歪神本体の成長も止まり、未成熟な眷属を生産し成熟した眷属を充足させていく事となる。


 この研究レポートは同盟軍全てを絶望の淵に叩き落した。既に3桁を超える源泉を歪神に占拠され拠点化されている。最も古い拠点は何年前に占拠されたかを思い出したのだ。『シュヴァルツヴァルト事変』から既に10年の月日が流れているのだ。かつての帝国国土が今やどう言った有様になっているのか想像するのも恐ろしかった。


 研究対象であった歪神拠点『Yー801』は即座に殲滅が決定され、魔装騎2個中隊32騎、機甲騎士3個中隊120騎によって攻略されるがここで人類は希望を見出した。戦術としては機甲騎士3個中隊の火力支援を受けながら魔装騎2個中隊による歪神本体の斬首戦術を行った結果、歪神本体の撃破後に眷属たちの挙動が鈍くなり、その後最も近い歪神拠点の方向へと移動を開始したのである。『Y-801』は、周囲の歪神拠点からは孤立した場所に存在したため移動途中で多くの眷属がその機能を停止させたのだった。


 発生から二年経過し、間引き戦術を実施して1年の歪神拠点を攻略するために受けた被害は、魔装騎12騎、機甲騎士48騎という実に4割の損耗率を叩き出した。軍事的には全滅と言ってもおかしくない数字であった。


 これらは人類同盟参加国全てに共有されることとなり、全ての国で兵役が義務化されることとなり、性別制限は取り除かれ年齢制限も引き下げられることとなった。失地奪還どころの話ではなく、このままでは人類文明の全てを注ぎ込んだとしても埋められない穴が大陸の北側で掘られ続けている。防ぐ方法はただ一つだけだ。歪神を駆逐し、源泉を人類の手に取り戻す事だ。


 この事から人類同盟本部は機甲騎士は火力支援を、魔装騎は火力支援で空けた穴を突破し歪神本体を撃破するドクトリンを歪神本体への斬首戦術と定期的な歪神拠点への間引き戦術へと移行する事が決定されたのだった。後に提唱者であるニコライ・ルドルフォヴィチ・ネクラーソフからネクラーソフドクトリンと呼ばれるようになる。


 一般的に歪神拠点は拠点化されてからの年数でその規模が決まる。これに対して定期的な間引き作戦を実行する事で規模の拡大を防ぐ事が出来るため、人類同盟軍は監視下にある全ての拠点に対して間引き作戦を行いつつ、拠点攻略用の戦力を編制し、これを予め決められた拠点に投入する事で歪神拠点を破壊し、源泉を人類圏に取り戻すという戦略で行動している。


 現在このコーウェンズ監視基地が監視している歪神拠点『Y-856』への間引き作戦の演習となる。魔装騎用シミュレーターと、機甲騎士は実機のコクピットがそのままシミュレーターへと接続されている。流石に訓練施設を兼ねるコーウェンズ監視基地と言えども、3桁のシミュレーターを用意するのは無理があった。魔装騎がシミュレーターを使用してるのはその機構上、搭乗すればするほど灯火の騎士の蒼炎化が進行していくのだ。貴重な灯火の騎士を訓練で消費するわけにはいかないので環境を疑似的に再現したシミュレーターでの訓練となるのだ。


 この訓練に参加するのは、魔装騎1個中隊と機甲騎士1個大隊である。魔装騎は4騎で1個小隊。4個小隊で1個中隊を構成し、間引き作戦での魔装騎の役割は小隊ごとに分かれ、機甲騎士では対抗できない個体が現れた時に対処をすることだ。その動きはかつて機甲騎士が巨大な魔獣を相手取って戦ってきた様を彷彿とさせるものだ。


 対する機甲騎士は10機88mm砲兵3騎、40mm多砲身2騎、105mm榴弾砲1騎、55mmアサルトライフル3騎、105mm狙撃機1騎の編成で1個小隊を構成されており、4個小隊で1個中隊の構成され魔装騎部隊への火力支援を行う。火力としてはS級やM級、時にはL級も狩れるが成熟個体に対しては火力が足りず魔装騎部隊との相互支援が不可欠ではある。


 シミュレーターに接続された各機甲騎士同士での更新が激しくなってくる。演算装置から算出された各部隊の配置が演習司令部のモニターに映し出される。魔装騎部隊は小隊ごとに分かれ、機甲騎士1個中隊ごとに配置されている。


「定刻になったので、演習を開始する」


 ユウトたちはホワイト小隊として、第32機甲騎士中隊へと行動を共にすることになった。シミュレーターの遠距離センサーからの映像としてモニターには幾つもの歪神眷属たちが群れを成しているのが見える。全高10mの魔装騎の視界から周囲を見回すと40騎の全高5mの機甲騎士がまるで子供の群れのように陣形を整えている。


「第4小隊所定のポイントに到着しました」

「第8小隊、砲撃準備整いました」

「第10小隊配置遅れてるぞ急げ」


 通信回線上では次々と報告が上がっているのを聞き流しながらユウトは自分自身の機体のチェックをするのに忙しかった。


「ホワイト1より各騎へ、チェックは終了したな」


 ホワイト1のコールサイン、ベルンハルトからホワイト小隊への確認の通信が入る。いつもの大型の盾にアラガミ社製の片刃の斧を腰にマウントし、右腕にはカーロフインダストリアル製55mmのアサルトライフルが装備されていたゲインズ重工の『アーレス』。右肩のハードポイントには十五夜工業製20mmの20mmガトリングガン、近接防御火器を搭載している。


「こちらホワイト2。チェック終了」


 ユウトも魔装騎の左腕に55mmアサルトライフルを握り、左肩にマウントされたアラガミ製大剣は確認済みだ。右肩にはホワイト1と同じ20mmガトリングガンを搭載している。腰部にはアサルトライフルの弾倉がラッキングされていた『アーレス』。


「ホワイト3。何時でも良いよ」


 エステルの騎体は、サカキ技研の一世代前の軽量騎『ペイルムーン』をベースに腕部は豊企鵝工業製の射撃精度の高い『TKGーAMー06』に交換し、右腕には55mmアサルトライフル。肩には大物狩り用の105mmスナイパーライフルを持ち替え用にラッキングされている。腰部には用途別弾倉を複数ラッキングしている。


「ホワイト4。リペア剤も在庫は十分。補給物資も搭載完了してるわよ」


 シュシュの機体だけはシルエットが人型ではなかった。カーロフインダストリアル製の積載量が多い重4本の脚部の上にこちらも応急修理用のサブアームが多数装備されている豊企鵝工業製胴部に同じく豊企鵝工業製の精密作業用多関節腕部が接続されている。言って見れば戦闘中の衛生兵だ。右肩には203mm砲を搭載し左肩には砲への自動給弾装置が搭載されている。


「第32機甲騎士中隊へホワイト小隊準備完了」


 ホワイト1から第32機甲騎士中隊への報告を行うと、第32機甲騎士中隊の中隊長騎からの返信が入ってくる。


「こちら第32機甲騎士中隊隊長、テス・トレスプシュ大尉。うちはロクデナシぞろいだが仕事はする。火力支援は任せてくれ」


 ハスキーな声がベルンハルトの鼓膜をくすぐる。テス・トレスプシュ大尉は第32機甲騎士中隊の荒くれ者たちを纏める女傑だという噂を耳にしたことがある。鉄拳制裁は軍紀上禁止されているが、第32機甲騎士中隊のむくつけき隊員達は鉄拳制裁をご褒美と認識してるらしく、別の意味で外部から問題視されてるという噂を思い出した。


「トレスプシュ大尉。第32機甲騎士中隊の精強さはかねがね聞き及んでいます。今回はそれを間近で見る事が出来るのは光栄です」


「そいつは、光栄だ。うちの変態共が役に立つなら存分に使ってやってくれ」


 ベルンハルトとトレスプシュ大尉の挨拶が終わり。いよいよ演習が始まる。


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読んでくださりありがとうございます。次回は演習ですが戦闘回となる予定です。

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