第5話

本日より土曜日20時に更新時間を変更いたしました。よろしくお願いいたします。

次のエピソードに人物紹介を書きました。

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~~鋼と油に塗れた数だけ兵士の生存率は上がるのだ~~


 熱と巨大なガントリークレーンなどの重機械類に使われるオイルの臭いが充満する魔装騎ハンガー。時刻は夕方その日の訓練は全て終了したユウト・サキガワが魔装騎の整備を見る為に訪れた。


 魔装騎の構造と整備に付いての自主勉強として、ハンガーは最適であった。何しろ実機があり、それに精通してる整備士たちが居るのだ。勿論彼らとて暇ではないが、勉強の為と言う事であれば片手間程度には教えてくれる。それに整備士とは可能な限り仲良くなっておくようにと先達であるアエラ・エイトスからのありがたい薫陶もあってのことだ。


 整備士たちももちろん人間だ。仕事の範囲内ではきっちりと整備してくれるだろうが、ちょくちょく顔を合わせそれなりに熱心に話を聞きに来る相手と、顔も併せずに自分の整備に文句を言うだけの相手であれば当然前者の騎体の整備にも熱が入るし、細かい調整の注文も聞いてくれるというものだ。


「おやっさーん。今日もお邪魔させてもらってます」


 機械油が染み着いた繋ぎを着た初老の男性。ギルベルト・シュミットハンマー技術大尉。このコーウェンズ監視基地の整備部門の長老的な存在であり、周りからはおやっさんと呼ばれ、その厳めしい風貌に似合わず親しまれている。


「おー、ユウト・サキガワか。お前も好きだな。邪魔しなけりゃ構わんぞ!」


「はーい。わかってますよ」


 勝手知ったると言うように、整備用通路から眺めるのはアッシュグレーにカラーリングされ、差し色に蒼を入れた俗にいう人類同盟軍カラーの巨体が両腕を外された状態で整備を受けているゲインズ重工が開発した制式採用騎でMKK-16、愛称は『アーレス』。騎体の堅牢性、整備性の高さ、量産性のバランスが良く他企業のパーツとの合わせもしやすい名機だった。今では一世代型落ちとなってしまい、訓練機や比較的優先度の低い監視コーウェンズ監視基地に配備されているが、前線ではその信頼性の高さから未だに使用している部隊もある。


 ずらっとハンガーに並んだ『アーレス』を見ると、胴体は同じだがそれ以外は違うものがいくつもある。


 豊企鵝工業製の多数の関節を備えた精密作業用アーム『TKG-AM-02』を付けたもの。人型ですらなくカーロフインダストリアル四本の脚部『KIーLGー04』不整地戦用の脚部を付けたもの。見比べていくと完全に同じ騎体と言うのは実は少ないのだ。勿論、コーウェンズ監視基地が訓練施設という側面を持っているというのも理由の一つとしてはあるが、同じ部隊でも同一のものが少ないのが魔装騎の特徴だ。


 そもそも魔装騎が同じ姿をしていないのはその前身となった機甲騎士の設計構想まで遡る。機甲騎士は最初は全身一体型のフレームに精々が武器だけを持ち替える構造であったが、場所によっては二足歩行では踏破しづらい地形。人間の形を模した腕部では出来ない作業。場所によって要求されるカメラ性能の違い。機甲騎士が戦う相手と想定されていた魔獣の生息地域や魔獣の生態が多岐に渡っていた。これに対応する為に状況に合わせて各部位を交換するアセンブリ構想が生まれ、第二世代の機甲騎士からパーツの接続部の規格を統一することになった。


「あれー。ユウト・サキガワ君またきてたんですかー?」


 ユウトが魔装騎の歴史を思い出しながら、整備風景を眺めていると金属とオイルの臭いに不釣り合いな蜂蜜のように甘い声が聞こえてくる。


「メアリー・カーソン技術少尉殿。いつもお邪魔しています」


 声が聞こえた方を振り返って敬礼するユウト・サキガワ。


「メアリーで良いっていってるじゃないですかー。相変わらず堅いですね」


 敬礼した先にはオレンジ色の髪をシニヨンに纏めた浅黒い肌を作業着に包んだ女性がトルクレンチを片手に笑いかけていた。


「今日はどの子を見に来たんですか?」


 好奇心旺盛そうなヘーゼルの瞳がくりくりと動かしながら、今日のお目当てを聞いてくる。


「それともわたしに会いにきてくれたんですかね?」


「はい。今日は軽量二脚の基本アセンブリについてなので、どれがおすすめですか?」


「流された―」


 何時もの様にメアリー・カーソン技術少尉の冗談を聞かなかったことにして今日の目的を話すユウト。


 軽量二脚。文字通り軽量なフレーム構成でその出力重量比から快速部隊で使用される騎体構成である。軽量さを維持するために重量級の兵装は持てないため継続打撃能力は低いが、アサルトライフルを搭載し軽騎兵的な運用やパイルバンカーなどの瞬間的な打撃力を持つ兵装を搭載することで敵指令役の眷属に対する斬首戦術などに運用される。


「うーん、じゃあフラウちゃんですね。7番ハンガーに居ますよ」


 機体それぞれに独自の愛称を付ける妙な癖を持つメアリー・カーソン技術少尉に手を引かれて7番ハンガーに案内される。


「というわけで、フラウちゃんでーす。元気にしてたかな?」


 9番ハンガーに立っていたのは『アーレス』に比べ、軽量二脚の名前通り細身の魔装騎だった。サカキ技研の現行騎『セレストムーン』、他の騎体と同じ人類同盟軍カラーで染められているがどことなく女性的なシルエットでこの魔装騎は全て同じパーツで汲み上げられていた。左右のウェポンラックには25mmサブマシンガンや、55mmアサルトライフル、近接格闘用ブレードやパイルバンカーなどが陳列されている。


「仕様書とマニュアルはこれですねー」


 手渡されたタブレットを起動して、中身を読み始めるとメアリー・カーソン技術少尉が覗き込んで説明してくれるが、彼女から鋼とオイルとは別の甘い香りが漂ってくるし何なら腕に柔らかい何かが当たっている。ユウト心拍数が上がり、顔が少し赤くなる。


「メアリーさん。ちょっと近いです」


「あら、照れちゃってかーわいい。そんなかわいい子にはおねーさんサービスしちゃいましょう」


 慌てて距離を取るユウトにニマニマとした揶揄う様な笑みを浮かべ指をワキワキさせながら近付くメアリー・カーソン技術少尉。距離を取るユウトを見て満足したのか、ごついマグカップに入ったコーヒーを差し出してきた。


「集中するのもほどほどにね」


「おーい。メアリー・カーソン技術少尉どこで油売ってやがる。とっとと5番の整備おわらせろや!」


 遠くからギルベルト・シュミットハンマー技術大尉の声が響く。


「あちゃあ、怒られちゃいましたね。仕様書とマニュアルは自由に閲覧して良いですよ。読み終わったらそこの棚にしまっておいてくださいね。マグカップはわたしの私物だから飲み終わったらそこの棚の上に置いておいてね」


 慌てて5番ハンガーに駆けて行くメアリー・カーソン技術少尉を見送った後、手元のタブレットを読み込み始めるユウト・サキガワ。


「純情な青少年を揶揄わないで貰いたいなぁ」


 そんなぼやきがハンガーの作業音にかき消されるのだった。

 メアリー・カーソン技術少尉の脅威も去ったので、手元のタブレットに目を落とす。内容は基本的な設計思想から想定される運用方法。各部位の寸法重量から魔力機関の基本出力や同社のブースターでの基本速度などなどの様々な情報が記載されている。この騎体の本来の設計思想はヒット&アウェイや偵察任務であり、古代の軽騎兵の様な運用を想定されているようだ。


「やっぱり軽二はエステル向けだよな。あいつ観察力とか抜群だし、ヒット&アウェイも熟せるんじゃないかな」


 独り言を呟きながら軽量二脚の特徴と構成を自前のタブレットに纏めていくユウト。タブレット上では様々な文字と数字が踊っている。メアリー・カーソン技術少尉から貰ったコーヒーを口にするとコーヒー豆の甘みがほのかに舌を刺激する。


「おぉ、これ結構いい奴じゃないかな。今度お礼を差し入れしないとな」


 必要と思われる情報を纏め終わったファイルをセーブしてタブレットの別ファイルを呼び出す。


「まぁ、こんなもんか」


「さてさて、今日のお楽しみの時間だぞ」


 魔装騎は以下の構成で成り立っており、同一の接続規格を持ち限界はあるのだが、自由に組み立てる事が出来る。つまり自分専用騎が作れるという事だ。勿論実際にそれを支給されるかと言うと階級が上がるか、それ相応の戦時貨幣、戦貨と呼ばれる人類同盟軍内部でのみ発行される貨幣が必要になってくる。この戦貨は作戦参加者に一定額支払われ、特別な戦果を揚げたものにはボーナスとしてさらに上乗せされるものだ。国家の発行する貨幣とは異なり、軍および関連企業だけで流通している歪な二重経済構造ではあるが、人類同盟圏内で有れば共通貨幣のような役割を持っている。戦貨の存在は賛否両論あり、軍人給金の低減とも観られているが、同盟参加国内での国家予算に対する軍事費の圧迫をある程度抑制する効果があるようだ。


 それはそれとして、専用機というのは心躍る響きがある。男の子であれば欲しくなるのも当然である。ユウトは先程入手した『セレストムーン』のデータを起動したアセンブリアプリに入力し、妄想上の自分の専用騎について考え始める。


「やっぱり脚部はそれなりの積載量と機動力を両立させたいから『テミス』だよなぁ。耐衝撃バランスも良いし、逆関節の跳躍も癖は強いけど上をとれるから悩ましいよな。逆関節で良いのあったかな」


 アプリを起動したタブレットを覗き込みながらブツブツと独り言を呟き、理想のアセンブリを求めて、タブレットにのめり込んでいくユウトだった。


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ここまで読んでいただいてありがとうございます。

というわけで、メカニックの説明回となりました。ACいいですよね。

★や応援など頂けるとこれに勝る喜びはありません。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

毎週土曜日23時55分から@kyouya_hazakiのスペースにてTRPG制作の進捗や小説の執筆進捗の報告配信をしております。よろしければご視聴ください。

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