第5話 約束

「でも、知ってるよ。心葉も辛いこと、そうするまで追い詰められてたこと」


「ごめん……」


 泣いている私に汐斗くんは優しく頭をさすってくれた。こういう私が憎くて、嫌いで、許せないはずだ。でも、彼はなぜだか私に優しくしてくれた。彼はなんでそこまで優しくしてくれるんだろう。私みたいな人をどう思ってるんだろう。こんな姿の私をどう……。確かに私は追い詰められてた。でも、それがこの世界を閉じていい理由になるわけないのに。私はただ言い訳してるだけなのに。


 汐斗くんがそうやってくれて少し経つと、私はなんとか落ち着きを取り戻すことができた。でも、汐斗くんとしっかり目を合わせることができなくなってしまった。なんか、目を見たら私はもっと、もっと……。


「とりあえず、落ち着いたみたでよかった。今から言うことを、正直に答えてほしい。僕はその答えに対して、決して怒ったりとかしないから、安心して自分の素直な気持ちを言ってほしい。今、僕の話を聞いたところで、もう自分から明日を閉じるのは絶対にやらない、やりたくないと思った?」


「正直な気持ちでいいの?」


「うん」


 ここで言う言葉として適しているのなら、汐斗くんのためにも、もう自分から明日を閉じようとなんて思わないとかだろうけど、本当の自分の気持ちを言うのなら、それは少し違うかもしれない。でも、今の気持ちは――


「今は心が落ち着いてたり、汐斗くんの話しを聞いたばかりだからこの場ですぐに明日を閉じようとなんて思わない。でも、残ってる。そういう気持ちが。何日か経ったら私みたいな人間はまた、明日を閉じようって思っちゃうかもしれない。汐斗くんみたいな人がいるのは分かってるけど、でも、自分の辛さだったりの方がいつか勝っちゃう気がする。つまり、どうすればいいのか分からない。また明日を閉じようって思っちゃう時が怖い。だから、私はごめん、汐斗くんたちみたいな明日を見る人たちを裏切ってしまうかも。どうしたらいいか分からない……それが本音」


 こんな本音を、どう汐斗くんは捉えるんだろうか。


 おかしいことしか私は言っていない。


 酷いな、私。


 どうしてこんな言葉しか言えないんだろう。この世界にはたくさんの言葉があるのに。


「……うん、君の気持ちは分かった。僕はそれについて、特に何か否定したりはしないよ」


 汐斗くん以外の明日を見る人にこんなことを言ったら本当に怒られるだろう。でも、汐斗くんは何も怒らかなった上に、何も否定しなかった。私の本当の気持ちに何も釘をささなかった。ただ、私の気持ちを理解してくれただけだった。


「でも、心の中では怒ってるよね……?」


 それを聞くのは怖いなと思いながらも、本心を確かめるために少し勇気を絞って汐斗くんにそう聞く。


「そんなの分からないよ。でも、一つ心葉に言いたいことがある。それはある意味約束でもあるかな。小指出してくれる?」


「うん……」


 私は汐斗くんに促されて小指を出した。


「僕は別に君に自分から明日を閉じるようなことはするなって言わない。でも、1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい」


 1ヶ月だけ待ってくれたら、その後は明日を閉じようが、閉じることをやめようが好きにしていいと汐斗くんは言ってくれた。その汐斗くんが作ってくれる一ヶ月で変われるものなら、変わりたい。でも、私が変わることはできるのか……そういう不安がどうしてもある。


「うん、約束する。でも、こんな私だから変われなかったとしても許してほしい。だけど、変われるようになりたい」


「うん、僕もできるだけ頑張るから」

 

 私はこの瞬間、汐斗くんが私の人生を作ってくれる架け橋のように見えてしまった。出した小指で指切りげんまをした。汐斗くんの体温が温かい。

 

「でも今日はとりあえず、まだ気持ちが不安定な部分があると思うから、またああいう行為に走るかもしれないし、うちに来る? 実質一人暮らしみたいな感じでしょ。もちろん、これは全然断ってくれてもいいやつ」


「でも、迷惑じゃない?」


「あっ、うちは全然迷惑じゃないから、そこら辺は気にしなくていいよ。むしろうちのお母さん、誰か来ると喜ぶし」


「……たしかに、今日は心が不安定かもしれないから、迷惑じゃないならお邪魔しようかな……」


 たしかにと思い、私は汐斗くんの誘いに乗った。


「おう。じゃあ、食べ終わったことだし、そろそろ出るか」


 時計を見たけれど、もうかなりの時間私たちはここのカフェに居座っていたんだなと感じるほど過ぎていた。周りを見渡してみても、最初お店に入ったときにいたお客さんからは様子が変わっていた。


 席を立ち、会計する。ここのカフェ代は私は割り勘でいいよと言ったけれど、最初に汐斗くんが言ってくれた通り、全額汐斗くんが払ってしまった(全部で何円したのかは見せてくれなかった)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る