第3話 喫茶店
汐斗くんはなんだか宿題が早く終わったときのように満足そうで、嬉しそうな顔をしてこっちを見てくる。
というか……!
「私、そんな食べられません!」
私は汐斗くんに訴えかけるようにそう言う。見た感じ私はどちらかというと細身だというのは汐斗くんにも分かるだろうし、お弁当も皆が使ってるものが同じぐらいってこともお昼を食べている場所が近いからそも知ってるはずだ。なのに、この
「ふふっ。わざと沢山頼んじゃった」
汐斗くんは笑っているが、そういう問題ではない。こんなに食べられそうにないのに、なぜこんなにも汐斗くんは頼んでしまったんだろうか。もしかしたら、私に恨みとかでもあるんだろうか。
「いや、でも、心葉がこんな訴えてくるなんて思わなかったなー」
「えっ……?」
私は遊ばれているんだろうか。
でも、たしかに私はあまりクラスの中でも目立つタイプではないし、けっこう無理難題なものも私の性格的に引き受けてしまうことが多い。だから、普段なら私はそのまま何も言うことはなかったはずなのに、なぜだか言ってしまった。素直な気持ちを伝えてしまった。
なんでかは私には分からない。
「まあ、もう頼んじゃったんだし、少しでも楽しんでよ」
「うん、分かった」
確かにもう頼んでしまったものをキャンセルするわけにもいかないし、だったら楽しむしかない。でも、なんでこの人は本当にこういうことをしたんだろうか。
「じゃあ、来るまでの間、ちょっと話してもいい? 2年の最初に自己紹介した内容を少し覚えてるぐらいであまり心葉のこと知らないから」
「別にいいけど……」
自分から話すのはあまり得意ではないけれど、誰かと沢山話したりしたいという気持ちはあるので、特に迷うことなくそう言う。
「ありがとう。じゃあ、中学時代はどんなことしてた? なんかいつも心葉って勉強してるイメージだけど、中学校の時もそうなのかなーって単純に気になって」
確かに私は高校生では休み時間でもほとんど参考書を見たりして勉強しているので、そのイメージが汐斗くんにもついてしまってるかもしれない。でも、中学のときは――。これを言ったら私に対するイメージが変わってしまうんじゃないかとも思ったけれど、この優しい汐斗くんなら今から言うこともしっかりと受け止めてくれるだろうそう思ってそれを言う。
「中3の始めぐらいからはほとんど勉強に費やしたけど、その前はそんなことなくてあんまり勉強してなかったから成績はそこそこだったかな。もしかしたら、勉強少女とか思われてるかもしれないけど、昔はどこにでもいそうなただの中学生だったよ。これは本当に。だって、普通に友達と近くのショッピングモールでお買い物したり、どこかにご飯を食べに行ったり……そんな感じだったもん」
もしかしたら、私に対する見方が変わって、汐斗くんは何か態度を変えてくるかもしれないと言い終わって思ったが、そんなことはなく、そうなんだと相槌を打ってくれた。やっぱり彼は優しく受け止めてくれた。
「なんでそこまで勉強を頑張るのかはなんか理由があるんだろうけど、たまには休むことも大切だよ」
汐斗くんの言葉の言う通りだ。それを私も分かってるし、そうしたい。でも、私にはそれができない。だけど、私は言い返すことはできない。
「じゃあ、心葉って兄弟とかいる?」
「兄弟はいないかな。私とお母さんとお父さんの3人暮らし。お母さんとお父さんはホテル関係で働いてるんだけど、ちょっと人手が足りないところに行ってて数日前から1ヶ月ぐらい遠くにいることになったんだ。だから、今は実質1人暮らしかな」
「えっ、そうなの? 今は一人ってことか。大変だったりする?」
「いや、別に家事とかは困ってないから……特には大丈夫かな」
「それならよかった」
特に嘘をついたりとか隠すことなく、自分の家の家族構成を伝えた。今言ったように親がどちらも出張中なので今は実質1人ぐらしの状態だけど、元々家事とかは好きだったりするのでだいたいのことはできるから別に困ることも特にはない。ただそれにより勉強時間がなくなることが少し困るぐらい。
「おー、来たよ!」
汐斗くんと話していると、いつの間にか汐斗くんが勝手に頼んでしまったパフェやパンケーキ、サンドイッチなどがテーブルに並べられた。まるで誰かの誕生日パーティーかのようだ。一体これ全部合わせると野口英世が何枚いるんだろうか。その前に、やっぱこの量を見てしまっては全部食べきれるか心配だ。でも、来てしまったものをもうキャンセルすることはできないし、それにこれは汐斗くんの奢りなので、残すことはできない。
「少しだけテンション上がってない?」
ちょこんと突くような質問に私は少し動じてしまう。
「実は食べられないかもとかは思ってるけど、お恥ずかしながら少しテンションが上がってるかも……」
こんなにもお姫様とかそういう身分の高い人ぐらいしかお目にかかれない宝石のような輝きを見てしまったら、テンションが少なからず上がってしまうのは当たり前なのではないか。
だからと言って、今日やろうと実行していたことをやめようとは思わない。だって、あくまで一瞬少し楽しかったというだけで、この楽しさが長く続くわけでもない。また、生きていても明日からは勉強に縛られるだけだ。だったら、あっちの世界に行ったほうがましだ。たぶんこれが私にとって最後の晩餐になるのかもしれない。最後の晩餐がこんなにも豪華なのは少しずるいかもしれないけど。
「じゃあ、好きに食べていいよ。食べられなかった分は僕が全部食べておくから」
「じゃあ、いただきます」
きちんと手を合わせていただきますをしてから、まずメロンパフェから食べ始める。普段はここまで丁寧にいただきますなんてしないけれど、今回は汐斗くんのおごりなので、失礼にならないようにそうした。
「どう?」
……。
……。
ちょっとやばいかもしれない。これは、これは……。
「おいしい……!」
普通に美味しい。なんか素直に美味しい。本当に最後の晩餐がこれでよかったかもしれない。汐斗くんがもう一日だけ私を生きさせてくれてよかったかもしれない。
――パシャ
何の音? と思って汐斗くんの方を見ると、私が食べているところの写真を堂々と撮っていたのだ。
「ふふ、心葉の笑った顔。インスタにあげていい? 俺のフォロワー、まだ全然いないからそんな見られないよ」
「いや、もちろんだめ!」
私は汐斗くんの質問に即興で断った。私の顔なんて需要ないだろうし、そもそもフォロワーの数に関係なく誰かに見られるのが恥ずかしい。
「それぐらい分かってるよ。でも、少し幸せそうな顔が見られてよかった」
でも、今、私、そんなに幸せそうな顔をしてたんだろうか。そんなに、満ち足りてるような顔をしてたんだろうか。自分ではもちろん自分の顔を見ることはできない。だけど、今、私の顔を見ることのできる汐斗くんは私の顔を『幸せそうな顔』と言った。もしかしたら、自分では気づいていないだけで、今、そんな気持ちなのかもしれない。
確かに、今、私はさっきまでなら今すぐにでも人生を終わらせたいとか思っていたけれど、もう少し――数日ぐらいならまだ生きていてもいいかもと思えてきてるような気もする。
「もう心葉を映した写真は撮らないから、自由に食べて」
「うん、じゃあ」
なんだろう、この気持ち。
なんだろう、今までに感じたことのない感じ。
私の世界がほんの少しだけ開かれたような……そんな感じがする。
私の食べる手が早くなっていく。
なんか心が少しだけ柔らかくなっている気がする。
何かが私のもとで起きてるんだろう。
でも、それが何かは分からない。
だけど、言えることがあるんだとしたら、汐斗くんにほんの少しだけだけど、私を締めている紐がゆるくなったよ……そう言いたい。
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