悪魔

* * *


私は儀式の準備をしていた。

鏡はピッカピカに磨き上げた。

お香も炊いた。

さて、始めるとするか……


私は、魔法のおまじないの本に書いてあった通りに儀式を行った。

そして、願った。


「私を迎えに来てくれる、白馬に乗ったステキな王子様に出会えますように……」


すると、鏡の中の私が消えた!


これは……!

私は魔法を使えたのであろうか。


鏡には私の部屋ではない、どこか別の部屋が映っている。

そして、その部屋には一人の男性がいた。


この人が、私の望んだ白馬に乗った王子様なの?


どう見ても、モテなさそうな、しけた感じの男だ。

私は幻滅した。


鏡の中の男は、私にこう言った。


「……あの……悪魔……ですよね?」


悪魔?

いやまぁ、確かに私はそう呼ばれているけど……

初対面の人に言われるとは思っていなかった。


「アンタ、誰? なんで私の名前、知ってんの?」


「え? いや、あの……悪魔召喚の儀式を行った者です……」


「へぇ~、私を呼び出す儀式なんてあるんだ」


悪魔召喚だから、私が召喚された。

なるほど! そういうことか。


ところで、私を呼び出したこの男は、いったい誰なのだろう。


「アンタは誰なの? ひょっとして白馬の王子様? ……って、そんな感じでもなさそうね」


「あの……願いを叶えてほしいんですけど……」


「なんで?」


「あなたは悪魔ですよね?」


私は小さい頃から、悪魔なんだから願いを叶えてくれと、よく言われてきた。

それが本当に苦痛だった。


「なにそれ? つまり私が悪魔だから願いを叶えろと、そう言いたいわけ?」


「……はい、そのつもりですけど」


「……もうねぇ、それ、何度も言われているの。でさ、今回はアンタみたいな知らない人にまでそれを言われるわけ?」


「さっそく、願い事をしていいですか?」


私は腹が立った。

せっかく、白馬に乗った王子様を呼び出そうと儀式をしたのに、鏡にはなんだかよく分からない男が映ったかと思いきや、願い事までしてきた。

これはいったい、どういうこと?


「あのさぁ、私はね、白馬に乗ったステキな王子様と出会いたいの!」


男はなんだかんだ言って願い事をしてきた。

私に願いを叶える力なんてあるわけない。

なので、話だけは聞いてあげた。


この男の名前は、ルキというらしい。

私も、自分の名前が真由美であることを明かした。


結局のところ、白馬の王子様を召喚する魔法の儀式は失敗だったのだ。


* * *


次の日に儀式をやり直してみた。

すると、ルキが鏡に映った。

はぁ……

なんでこうなるの。


こうして、私は毎日毎日、儀式をしてみたが、鏡に映るのはいつもルキだった。


だいたい、悪魔を呼び出して願いを叶えてもらおうとするやつなんて、楽していい思いをしたいってことだから、ろくでもないやつなのよね。

とは言っても、私だって魔法を使って婚活しているんだから、ルキと私は同じようなものかもしれない。



ルキと毎日おしゃべりをするようになり、それはそれでなんだか楽しかった。

ルキと鏡越しに話す時間が、私にとって癒やしの時間になっていた。



ある日、ルキは言った。


「え~っと、3つめの願いを言うよ。『かわいい彼女が欲しい』」


「はははははは……」


私は笑い転げた。

私もルキも、ステキなパートナーが欲しいという願いは同じなのね。

でも、私に向かって「彼女が欲しい」って言うってことは、私を彼女にしたいという気はないのね。

それはそれで、なんだか腹立たしいというか、悲しいというか、複雑な気持ちになった。


3つめの願い、それはあなたと付き合うこと、な~んて気の利いた願い事はしてくれないのかしら。


ん?

これって……

私はルキのこと、好きになっていたのかな?


まぁいいわ。

せっかくの機会だし、この男を育成してやる。


髪型、服装、私は自分の好みを語りまくった。

ルキは私の言うことを素直に聞いてくれた。

すると、ルキの見た目が日に日に変わっていった。


冴えない男だと思っていたルキは、いつの間にかイケメンになっていた。


ほほう……


私の育成スキルもなかなかのものだな。


いや、男は外見だけではだめだ。

中身もしっかり育成しないと。


私は言った。


「いい? 男の人って、なんでもいろいろ教えたがる人が多いけど、聞かれた時にだけ教えてあげるのよ。相手が望んでいないアドバイスは絶対にダメだからね」


「そうなのか。俺、アドバイスしてあげたら、相手は喜んでくれるとばかり思っていた」


「ふふふ……ルキが願い事でお金が欲しいって言ったとき、私、給料のいい仕事をすればいいみたいなこと、言ったよね」


「言ってたな。確かに嫌な気持ちになった」


「あの時はあんなこと言ってごめんね。自分で言っておいてなんだけど、アドバイスなんて言われる側はおもしろくないものなのよ」


「確かに」


「アドバイスは、相手がいいのよ。でもね、頼んでもいないアドバイスは、下に見られている感じがして不愉快なものなのよ」


「じゃあ、どうすれば?」


「共感してあげるの。寄り添ってあげるの。解決策なんて言わなくてもいいの。気持ちをわかってあげること、それがいちばん大事」


ルキは、なるほど~! といった顔で私の話を聞いている。


* * *


次の日も、私はルキの育成を続けた。


「じゃあルキ、問題です。女の子が疲れた、もう何もしたくない、と言いました。あなたは何と言いますか?」


「え~っと、共感するんだから……俺も疲れた、俺も何もしたくないって言う」


「ブブー! 残念でした~! それは共感とはいいません」


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


「疲れたね。代わりに俺がこれをやるよ、って助けてあげるの」


「なるほど~」


ふふふ……

私はルキへの教育を続けていった。


ルキは外見も中身も、だいぶん私好みになってきた。


* * *

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