第5話 『官弁』ッ!食べずにはいられないッ!
取り調べは続く。
と言っても何故かミュールちゃん(准尉。警察ではなく軍隊の人。しかも未成年だ)が調べているのだけれども。
アルテナ中尉は補助官の位置で書類をまとめている。
今の取り調べは事実誤認かないかどうかを確かめるものだった。
「じゃあアスリー先生。貴方はショタと関係を持った、ということで間違いはないわね?」
「そりゃそうですけど……双方合意の上だったんで。だから許して欲しいんだけど」
「そう調書には書いておくけど、そういうことは検察や裁判官の前で言ってね」
「ちょッ! それ酷くない!?」
「警察は取り調べをするだけで、別に犯罪を裁く機関ではないので」
「でもでも、その調書をもとに検察や裁判所に送られるわけでしょ?」
「ええ。だからアスリー先生。ムショ(刑務所)暮らし、頑張ってね」
クスクス笑うミュール准尉。余程ムショが好きらしい。
……これはこれで、この子、人間性に問題あるんじゃないかと思ったが。話がこじれそうなのでアスリーは黙っていた。
アルテナ中尉だけがこちらに目線で謝っている。
(ごめんなさい、アスリーさん! この子がこんなにムショ好きだとは知らず……!)
と、警察署内にチャイムがなった。
きーんこーんかーんこーん……
アスリーは慌てる。
「何このチャイム?」
ミュールは軽く肯く。
「四時間目が終わったので。給食の時間よ」
「四時間目!? 給食!?」
「あら。給食は四時間目が終わってからと相場は決まってるでしょ?」
#普通はチャイムなど鳴りません。
ミュールは言った。
「ま、本来はアスリー先生は捜査員の邪魔になるから、とりあえず留置所に護送されてそこでお昼を食べるのだけど……まだ捜査が進んでないし、留置所に送るかどうかも正式には決まってないんで。特例だけど安心して。ここで昼食よ」
アスリーはグッと拳を握った。
「やったぁ! これでカツ丼が食べられるんだね」
ミュール准尉はフルフルと首を振る。
「残念だけど、カツ丼は出ないわよ?」
「え」
「犯人への利益供与だか、誘導だとか、そういう名目みたい」
「そうなの!? でもでも、じゃあ何が出るの!?」
「お弁当」
「暖かい?」
「冷たい」
アスリーは身悶えた。
「ちょっ、そんなの聞いてないわ!」
「まあ誰も言わないでしょうしね……とにかく文句を言わずお弁当を食べなさい。ってゆーかぶっちゃけ、警察はアスリー先生がお弁当を食べようが食べまいがどうでもいいみたいだし。餓死さえしなければ、だけど」
「何それー」
「警察は自分の管轄外で死なれる分には割とどうでもいいみたい」
アスリーは身もだえしつつも、拳を握った。
「じゃあ食べるわよお弁当! 絶対に生きてココから出るんだから!(もう一度かわいいショタを抱きしめたいし)」
と、警察のスタッフからお弁当が運ばれてくる。
本来はアルテナ中尉&ミュール准尉は出前とか、適当に良いモノを食べるのだろうけれども。どうもアスリーに合わしてくれるらしい。
そんな二人の思いに感謝しつつお弁当のフタを開けると……。
ご飯の量は少し足りないくらい。
漬物が申し訳程度。
しなびた野菜っぽいのがわずか。
そしてメインデュッシュに……コロッケが一つ。
ソースの類はついていない。
ぬるくなったお茶が少々。
アスリーは片手をぶんぶん振った。
「ちょっとちょっと! 私、こんなに質素なお弁当食べたことがないんだけど! おかずがコロッケ一つじゃん!」
ミュール准尉は少し笑顔だ。
「なら初体験、ってコトじゃないかしら」
「卑猥なコト言って誤魔化すなってば! コレからずっと、こんな食事なの?」
「いいえ。ムショに行けばもう少しまともな食事がでる(と思う)から」
「こんなの、コンバット・レーション(軍人が作戦行動中に食べるメシのこと)より味も量も栄養もないんじゃない!?……」
「そうね、留置所よりもムショのほうが良い暮らしできるかも。あそこ(ムショ)は『(かなり窮屈な)生活をする場』だけど、留置所はただの仮置きだから」
「えぇ……」
「だから犯罪者はみんなムショに行くべきなのよ!」
「(あー。この子、やっぱりヤバいわー)」
「でもムショとは違って、留置所にいる期間は長くないから。まあ死なない程度にってだけなのよ。我慢して」
仕方なくお弁当を食べ始めるアスリー。
「ねえ。これダイエット中の女子弁レベルじゃん……」
「先生は女子だし、いいんじゃない?」
「それにしても内容酷すぎるでしょ」
ミュール准尉は顎に手をやった。
「そうねぇ。前より少しレベルは落ちてるかも。それに留置所内ならともかく、まだ留置されるかどうかの人にはもう少し豪華だった気がするけど」
そこに(珍しく)アルテナ中尉の声がかかった。……この人は年齢も階級も上なのに、どうもミュール准尉に怯えているフシがある。
「コスト削減の波が来てるらしいわ。あと、もともと給食を作るお弁当センターなんかが頑張ってくれていたんだけど……安物を納品するんで単純に単価も安く、儲からないからって一部は撤退されたって聞いたわ。お弁当会社からすれば実入りが良くないのは確かだろうし」
「ふえぇ。頑張ってよお弁当センター……」
「そうそうアスリー先生。この差し出しのお弁当は『官弁』なんて呼ばれるわね。もちろん量も足りないし美味しくもないんだけど」
「『官弁』スか。なんか正式名称は『臭い飯』かと思ってた」
「普通のお弁当だからね。まあ……普通は臭くないわ」
「へぇ……一つ勉強になった。『官弁』は臭くない。つまり留置所のメシは臭くないってことか」
だがそこで、ミュール准尉はクスクス笑う。……彼女のこんな笑みは、決まってヒドいことだとアスリーもアルテナ中尉もわかっていたが。
「ところがね、アスリー先生。留置所のメシは、やっぱり『臭い』のよ……」
「え! なんで!?」
「トイレが近くにあって、そしてそこは密室じゃないからね。自然と臭くなる」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ! 何かそれに対策はないの!?」
「あるわ」
「おお、そうなの!? 明日はホームランや! で、どうすればいいのミュールちゃん」
「『濾過』……」
「……はい?」
「匂いが出るなら、あらかじめそれを一杯吸い込んで、肺で濾過すれば多少はマシになるんじゃないかしら」
サラッと鬼のように酷いことを言うミュールちゃんである……(そして彼女は、その発言をたいして酷いとは思ってない様子。イヤな天然系だ)。
「そ、そんな……! 食事を奪われたなら、娯楽は『火照るんです』 (ほてるんです。強力な媚薬)を使って妄想したり、お姫様ごっこするしかなくなるじゃんか」
アルテナ中尉はなんとなく思っていた。
「(アスリー先生って、どこででも生きていけそう……)」
アスリーは言う。
「でもでも。食事が質素だとヤバくない? 生きる気力に支障がでるし」
そこでアルテナ中尉が助け船を出した。
「そうそう。アスリー先生。留置所(刑務所)が提供する『官弁』だけど。それとは別に……注文すればある程度融通は利くわよ」
「融通!?」
「『官弁』に対して『自弁』って言うんだけど。まあ……刑務所なら少ないかな。でも留置所ならそこの決まりによって、おカネを出せば自分で好きな食事を出してもらえるわ。メニューは少ないけど、でもジュースとか、甘いモノ……あんぱんとかも」
アスリーは吠えた。
「やった! 融通が利くね、留置所!」
「『自弁』も暖かくはないんだけどね……時間経ってるから」
「それでも上等でしょ! あの貧相なお弁当に比べれば!」
アルテナ中尉は、そこで少し声を落とす。
「でも『自弁』を買うには、そもそもお金が掛かるんだけど……」
「あぁ、大丈夫アルテナさん! 警察に朝早くから連れられてきたから今は財布は持ってないんだけど、私、割と金融資産なら持ってるんだよ。株かファンドとかを少し崩せば、かなりの大金でも工面できる……!」
だがミュール准尉は、アスリーにとって絶望的なことを言う。
「……キャッシュのみよ」
「え」
「だからキャッシュのみ。先生がいくら持ってようが関係ないわ。留置所内ではキャッシュしか使えないの。クレジットカードもキャッシュカードもダメ。現ナマのみ」
一瞬の静寂の後。
「え!? ちょっと、何その決まり!」
「無一文でムショやら留置所に入ると、それはそれで苦労するのよね。まあ知らない人のほうが多いわ」
くっくっく、と喉を鳴らすミュール准尉。
「いやミュールちゃん、そんなの知らなくて当たり前でしょ! ムショに入る人なんてそうそう居ないんだから!」
「そうよ。だからムショのことは、もっと義務教育で教えたほうがいいと思うの」
ダメだコイツ。ムショが好きすぎる……
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