第2話 刑務所までは何マイル?

 アスリーは刑事二人、女の軍人二人(アルテナ&ミュール)に囲まれて連行されている。彼女はミュールに聞いた。

「ねえミュールちゃん。私、これからまずドコ行くの?」

「最初は警察署ね。そしてムショに行く」

「えー……それ端折りすぎじゃない? だから私が最初に行くのはムショ(刑務所)じゃなく留置所じゃないかって、さっき言ったじゃん?」

「え? ああ、そうね。早くムショに行ってほしいけど、残念ながらムショの前に色々あるわ」

 アルテナはこっそり思ってしまった。

「(ミュールって、やたらムショが好きよね……)」


 そのミュールはコホンと咳払いをする。

「ええとね。まずアスリー先生は警察署に行って、刑事さんの取り調べをうける。そこで『更に取り調べが必要』ってなると、一時的に身柄を勾留される。そこが留置所」

「私、(刑事事件は)初めてだから、よくわかんない」

 #(民事の経験はある模様)

「まず刑事の取り調べで調書が作られるわ。被害者や、もちろん他の第三者とかの情報を突き合わせて、まとめて、検察に送られる。検察はそれを見て起訴か不起訴かを判断し、そこで起訴なら、裁判所へ送られて裁判が行われる」

 アスリーは少し考え込んだ。

「ええと。すると、裁判所に送るかどうかは検察が決めるわけ?」

「ええ、そうよ。ちなみに某国の某時代だと、裁判所に送られると9割以上で有罪判決が出る。だから検察の起訴・不起訴は物凄く重要になるの。例えば不起訴だと、無罪よりも軽い感じで履歴書の『賞罰』のとこに書かなくていいし(そもそも裁判するまでもない、的な意味)。だからアスリー先生も不起訴をゲットできるように頑張って」

「……」

「どうしたの? アスリー先生」

「つまりどこぞの国では。検察が起訴すると、ほぼほぼ有罪で。検察が起訴しないと、無罪より軽い、的な?」

「まあそんなカンジだけど」

「……」

「だから何なのよ、アスリー先生」


「検察の権力、強 す ぎ じゃ ね ?」


「そっ! そんなの、私に言われても!」

 #あくまで一例です。


「つまり裁判官に対して涙を見せる時点で、もうヤバい状況ってことか」

「まあ、そうなるわね……」

 #あくまで一例です。


 ぼんやりと『じゃあ裁判官って別にいらなくね?』(失言)とか思っているアスリーに対し、ミュールは改めて仕切り直す。

「検察に起訴されると、まず地裁(地方裁判所)で裁判があって、そこで裁かれて。次に高裁(高等裁判所)で裁判があって、そこで裁かれて。最後に最高裁(最高裁判所)に行って、そこで裁かれて。最後にムショへ行く」

 アルテナは、やっぱり思っていた。

「(この子、やっぱりムショが好きすぎよね……)」

 ミュールは続けた。

「まあ最高裁はもとより、高裁へ行かない事件がほとんどよ。かなりの凶悪犯とか社会的に重大な事件じゃないと上には行かない(行けない)から大丈夫」

 アルテナも部下の言葉に肯いて、そして思っていた。

「(アスリー先生はショタと一回ヤッただけの『青少年保護育成条例』違反だものね。高裁どころか地裁でテキトーに判決受けるだけだろうし、そもそも起訴されないで不起訴でしょ)」

 するとアスリーが片手を上げた(手錠がかかっているのに器用な人である)。

「でもアルテナさん! 私、一回だけじゃなく結構いっぱいやっちゃってるんだけど!?」

「ちょっ、アスリーさん!? なに私の心を読んでるのよ!」

 ミュールは口元に手をやった。

「(あれ? 今、アスリーさんが余罪をゲロッた気がするんだけど……)」


 考えをまとめてから、そのアスリーは言う。

「検察の重要さはわかったけどさ、ミュールちゃん。じゃあ検察が起訴・不起訴を決める線引きって何? 判断基準と言うか。それ知ると知らないのとじゃ全然違うよね?」

 ミュールは多少うつむく。

「……(どこぞの国のどこぞの時代の)検察官は、起訴して有罪にできる見込みがあれば起訴する。そうじゃない場合は起訴しないことがほとんど」

「だからその基準は?」


「……人による」


「は!?」

「時と場合による」

「!?」

 そこでミュールは満面の笑みを見せた。

「うっそでーす! 決して公にはされないけど、高度な判断によって行われるので、一般人も安心して大丈夫よ☆」

「やったぁ! 明日はホームランや!」

 アルテナは思った。ミュールって自他ともに認めるクールビューティだったはずの気がしたが……部下に対する評価を多少改めねばならないようだ。今度から『適度にノリがいい』くらいの認識でいいだろう。


 アスリーは思い出したように聞く。

「でもミュールちゃん。実際に裁判で無罪にはならないの? ほら、よく心神喪失で無罪とか聞くよ。だったら私も心神喪失にならないかな? ついカッとなってヤッた、みたいにさ。ついムラッときてヤッた、とか」


「心神喪失なめんな!!」


 アルテナがミュールの肩を叩く。

「まあまあミュール准尉。心神喪失で無罪って、大抵どうなるかアスリーさんに教えてあげなさい」

「はいアルテナ中尉。えーとねアスリー先生。心神喪失で無罪になっても、すぐ釈放ってなるわけじゃないわ」

「そうなん?」

「『措置入院』って言って、隔離された病棟に身柄を送られる。そこで医者たちがOKを出すまで釈放されないから、実質的に懲役とか終身刑の場合が多いかな」

「こっわ!」


「そんなことになるより、ムショに行ったほうがいいわよね?」


 何故か嬉しそうにクスクス笑うミュールだ。アスリーとアルテナはアイコンタクトで通じ合った。

「(アルテナさん、何でこの子そんなにムショが好きなんスか?)」

「(ごめんなさい。私も部下の全てを把握しているわけじゃ……)」


 そこで思い立ち、アスリーは不思議そうな顔で訊ねてみた。

「ねえねえ。ところでミュールちゃん。色んな国や色んな時代の、罪の最高刑って、やっぱりムショなの?」

「ええ。大体の場合においてムショが最高刑ね。色んな国じゃ『刑が合算』されるので、懲役200年とか300年とかもあるかな」

「じゃあ(どこぞの)国で極刑(絞首刑)があるトコって、諸外国で言われているように野蛮なん? 人権団体とかうるさそうだし。わざわざ極刑にしなくても、無期懲役が最高刑でいいんじゃない? ムショ的にはミュールちゃんもそれで良さそうだし」

 ミュールはフルフル首を振る。

「まずね。色んなとこじゃ犯人を『その場でやむなく射殺』とか『ついうっかり射殺』してしまい、逮捕すらしない……失礼、逮捕できないことも多い。人種差別が絡んでることも多いし」

「こわー。一発だけなら誤射かも……じゃなくて、拳銃使用が適切かどうかなんていちいち発表する国のほうがおかしいのかな」

「別におかしいってわけじゃないけれど……拳銃どころかせいぜい刃物を相手にする場合に射殺は流石にちょっとって感じだし。逆に警官は防刃のベスト着てたり柔道か剣道必須だったり、二人一組以上だったりで、警官の方が単純な戦闘力で勝っている……という事情の国があれば別モノでしょうから」

「ふーん」

 ミュールは指をくるくるさせた。

「後はさっきアスリー先生が言ったように、色んな国とかじゃ『獄中で謎の死』が多いって理由があるかも」

「それって何でさ? その『他国』でも、ずっとムショ暮らしをさせとけばいいじゃん? わざわざ殺さなくても」

 ミュールは、やれやれだぜと承るように両腕を広げる。

「ふぅ。アスリー先生。貴方はあまりムショのことを知らないようね」

「(ムショについて詳しい人のほうが稀な気がするけど……)」

「いーい? アスリー先生。ムショで人を管理するにはね。居住費(家賃)、人件費(看守)、設備費(檻とか建物とか)、食費、色々かかるでしょ? その負担は国が負うことになり、それは国民の税金から支払われるわけで。だから更生の見込みがないとか、あとはかなりヤバいヤツにはできるだけ早く物理的に消えてほしいってのが、色んな国の本音(かもしれない)。だってムショには税金……カネがかかってるんだから」

 またもクスクスと謎の笑いをするミュールだ。アルテナ中尉もアスリーも、年下のこの子に少し怯えていた。

 二人は再びアイ・コンタクト。

「(アルテナさん! アルテナさん! やっぱりこの子ヤベーっすよ!)」

「(ごめんなさい、ごめんなさい……!)」

「(この子と一緒に留置所とかムショに行くって、ちょっと怖いんですけど)」

「(それなら、ミュール准尉だってアスリーさんの性癖とかを怖がってるから。多分、互角よ。きっと)」

「(そうかなぁ)」


 まだまだクスクス笑いながら、ミュールは半ば叫ぶように力強い口調で言う。

「くっくっく……! アーッハハハハ! 留置所に行っても、ムショ(刑務所)に行っても、もうアスリー先生は逃げられないわ! 常に監視がついて、閉じ込められるのよ! アーッハハッハハッ!」


 アスリーは少し考え込んでから、言う。

「ミュールちゃん。それって一人部屋? それとも何人かと一緒?」

「そりゃ模範囚とかなら共同でしょうけど。問題ある人は一人部屋じゃないかしら」

「……。だったら『囚われのお姫様ごっこ』できるやん!」

「えぇ……」

 ドン引きのミュールだ。アルテナもこっそり思っている。

「(この歳になって、そんなごっこ遊びで嬉しくなるかなぁ)」


 ……。


 ……。


 まだムショ(刑務所)どころか、留置所どころか、所轄の警察署にすら到着していないけれども。

 これはそう言うアレなお話(のはず)です……。



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