ムショヅメ

佐々木英治

第1話 アスリー、檻の中に立つ!

 アスリー・シーズ。19歳、女。

 彼女の……アスリーの性癖は。Sっ気が10%、Mっ気が40%、後の半分は優しさでできていた。


 パッと見、外からは綺麗な人に見えるのに。容姿は綺麗なほうだったしスッとした顔立ちである。まあまあのバスト、細い腰、少し大きめのヒップ。

 その黒髪ロングは綺麗で、友人知人からは『一緒に話してると楽しい』と評価を得ていた。まあ『黙っていれば美人なんだけど』という評価もあるが、それは、うん。


 そのアスリーは今、手錠をかけられて連行されていた。

 周囲には4人のスタッフ。2人は私服の警察の男だったが、後の二人は若い女。こちらは制服だけれど警察の制服ではなかった。軍隊の服。

 よほど人手不足なのか。警察には女のスタッフは少ないと聞くし。

 ちょいちょい気にしながら、アスリーは連行されながらも背筋を伸ばしてキリッと歩いていた。少なくともソトヅラは。

 内面は『うおっ! 皆に見られてる! 羞恥プレイじゃん!? すっげー興奮する』とか思っていた。彼女のMっ気はこんな時には便利だ。

 アスリーは快感に少し頬が緩み、軽く笑みを浮かべた。それが視界に入ったから、というわけではないだろうが女性スタッフの一人が言う。

「ミュール准尉。ちょっと管轄外になっちゃうけど今回の件は准尉がメインで当たってちょうだい。警察には女性スタッフが少ないから」

 ビシッと敬礼が決まる。

「はい。わかりましたアルテナ中尉!」

 ミュールと呼ばれた准尉は、手にした書類をペラペラとめくる。

「アスリー・シーズ。19歳、女ね」

「……」


 そのミュール准尉は、脅し文句(?)のようにアスリーに言う。

「ねえ貴方。刑務所にブチ込まれる気分はどう?」

 アスリーはハッと顔を上げた。

「え!? 私!? 刑務所!? 私が行くトコって、留置所じゃないの!?」

「あ、ごめんなさい、最初に行くトコはそうだったわね……」

「刑務所で『謎の病死』は多いけど、留置所ではそういうことはほぼないって聞くよ」

#(ソースなし。イメージです)


「うー。どれくらいがどうとか軍人の私にはわからないけれども」

「でも死なないってことは留置所は比較的安全ってことだよね」

「ん……裁判前に死なれたら困るから」

「へー。裁判後に死なれるぶんにはどうでもいい、と?」

「別にそこまで言ってないでしょ!」


 アスリーは連行されながら(見られてることに多少興奮しながら)、少し天を見上げた。

『なんで逮捕されてるのだろう……』

 だいたいこういうシチュエーションでは『俺は無実だー!』的なことが多いが。アスリーの場合は少し違った。

 思い当たることはいっぱいあった。

 だからその逆。

 何でパクられているかがわからなかった。


 そもそもアスリーが今までやったことは全て軽犯罪や条例違反などだ。ドラッグを売ったり物理的に相手を痛めつけたりしたことは決してない。

 わいせつな本(同人誌)をうっかり描いてしまい、うっかり売ってしまい、うっかり誰かから怒られたとか、そういうの。

 それだって別にカネ目的ではなかった。自分からあふれ出る何かを、同人誌とかを通じて全人類と共有したい……! と言うのは、建前で。やっぱり自分が描きたかったので、ついカッとして描いた。今は反省していた。

 その他はわいせつな官能小説を書いていたら、やっぱりうっかり実名を書いてネタにしてしまい、それをうっかり売ったら名誉毀損で訴えられかけたり(民事)。


 後にアスリーの弟子となるウェインは言う。

『それ、売らなきゃいいんじゃね?』

 ウェインの二番弟子となるモニカも言ったらしい。

『私にヘンな性癖を植え付けたのって、アスリー先生だったんスか……』

 (実家の本屋の手伝いで、同人誌の検品中に性に目覚めたらしい)


 しかし今回は刑事だった。

 刑事事件。

 その名も、


『青少年保護育成条例』

 (この後アスリーはこの条例違反で何度も逮捕され、示談その他で不起訴になるのだがそれはまた別の話)


 そう、アスリーは成人していない男の子が大好きだった(大体の場合は、性的に)。ショタコンってやつである。

 基本は『お姉さんが教えてあ・げ・る☆』系な感じが大好きだった。

 何故か性的な目で見れなかったのは、後の弟子となるウェインくらいのものだったが。


 ともあれ。アスリーは連行されながら軽く周囲を見回す。ジロジロ見てくる野次馬のような人たちがいて彼女は少し性的に興奮してしまったが、冷静になってから考える。

「(ここで涙を流して心証良くしても、野次馬や、警察の下っ端のコイツら相手じゃどうにもならないしなぁ。今ここで切り札を使うべきじゃないな。刑事か、検察か、裁判官を相手に泣こう)」

 ……アスリーはわりと『涙をコントロール』する能力を持っていた。百発百中でもないし、欠点もあるけれど。

 (このへん、完全に涙をコントロールし欠点もないアヤナ隊長は物凄いレベルの模様)

 その他アスリーには『マヨネーズをかければ苦手なセロリを食べられる』能力もあるがこれもあまり使いたくない。だってマズイし。


 そんなことを考えていると。二人の女軍人のうち中尉と言われていたほうが言った。

「私はアルテナ。階級は中尉よ。アスリーさん。私たちは軍隊のアリス隊ってトコからお手伝いに来てるわ」

「はぁ」

「そっちの子はミュール。階級は准尉。新進気鋭のエリートで……いえ、それはこっちの事情か。ねえアスリーさん、私たちがここで警察のお手伝いをしてるのは単純に警察の女性のスタッフが少ないってせいもあるけど、私たちは結構警察と共同で任務に当たることが多いの。だからミュール准尉はその研修みたいな形で、今回アスリーさんに同行する形でお願いするわ」

「別にいいですけど、なんでまた?」

「この後、警察署で取り調べにあたる刑事のスタッフと、留置所を管理する警察スタッフは管轄が違うのよ。生活安全課もね。だから刑事が留置所に来ることはほぼ絶対ない。刑事の取り調べは、留置所からそのたびに連れられてそこで行われるの。そういったコトで融通が効くようにミュール准尉には手配して貰っている」

 ミュール准尉はビシッと敬礼した。

「ハッ、アルテナ中尉! ……アスリーさんもよろしくお願いします!」

 そしてアスリーにも軽く頭を下げる。丁寧な感じだ。そんな二人の軍人、アルテナとミュールに対して、アスリーは好意を持った。

「じゃあさ。ミュールちゃんって呼んでもいーい?」

「ええ。いいわよ。アスリーさん」

 アスリーは(前を行く刑事にはバレないよう)ちょっと大きめの声で言った。


「『さん』をつけろよ、デコすけ野郎!」


「え? え? え? 私、今そう呼んだよね!?」

「ごめんミュールちゃん。勢いでテキトー言った」

「はぁ」

「悪かったな、ミュール准佐」

「私は『准尉』です、ミズ・アスリー」

「(あ。結構ノリいいな……)」

「それでアスリーさん、私は貴方のことを何と呼べば?」

「じゃあ『アスリー先生』と呼んでくれると、お姉ちゃん嬉しい」

「……私、貴方から何も教わってないし。そもそもアスリーさんは先生っぽくないけど」

「じゃあ皆が見ている時だけ『先生』で。普段は『お姉様』って呼んでほしいな」

 ミュールは少し頭を振ると、アスリーの目を見た。

「アスリー先生、と呼ばせていただきます」

「やったぁ!」


 ぴょんぴょん跳ねるアスリー先生。若いのが相手なら、わりとどっちでもイケるっぽい。

 この時点で彼女は『裁判官の前で泣いてみせればいいんっしょ?』くらいのアバウトな考えだった。

 それはそもそも、彼女はSッ気もMッ気もある(M成分かなり多め)。どんな場所でどんな相手を敵にしてもなんとかなる……という不思議な万能感があったからだ。

 そして彼女……アスリー先生の今後の『体験』が、色々とアスリーの性癖を蝕むのだが。


 皆からは『まあアスリー先生だし』みたいな大雑把な評価を受けるだけだった。






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