第9話 ロキの決意

片付けを終え、ターニャ先生のハーブティーを入れた。

ラムズはソファに座り、ローテブルの角を挟むようにロキはクッションに座った。


「ハーブティー、甘酸っぱくて良い香りですね。」


なかなか男子寮ではやらないことだ。


「ああ、私もついついコーヒーばかりだから、新鮮だな。」


ラムズもハーブティーに口をつけた。




「ところで、これからの異能開発についてだけど…。」


ラムズがカップを見つめながら話し始めた。

ロキは、姿勢を正した。



「今のロキなら、特殊警備隊の第二部隊には入れる。第二部隊は、異能は無いが戦闘はプロだ。異能のある第一部隊をサポートする。」


第二部隊だって本来狭き門だ。

異能が無い自分にしては良くやった。

嬉しい話のはずだ。



「ロキは、第二部隊に入りたいかい?」


ラムズはロキの目をじっと見て、改めて聞いた。



自分は、父のような戦士になりたかった。

別にそれは警察官でも良いのだ。

自分は本当に、普通で、凡人だ。

そこから第二部隊相当まで力をつけた。

頑張ったじゃないか。



そう考えたが、じわじわと涙が出てきた。


ラムズは黙ってロキを見ている。



「……すみません…。僕にとっては、身に余る話のはずなのに…。」


涙が止まらない。



「どんな形であれ…自分の正義を貫けるなら本当は何でもいいはずなんです。でも…僕は第二部隊と言われて、今、悔しいと思っています。だからと言って、どうしたら異能が出るのか、そもそも異能がないかもしれない…。そういう状況が辛いんです…。」



ラムズはゆっくり話始めた。


「『異能』という言葉は、地球人だから使う言葉なんだ。姜王国では、戦士は皆、訓練で身につけた。異能はただの『技』なんだ。」


「…異能は…訓練でできるようになる…ってことなんですか?」



「そうだ。自覚的に、強化することができる。なぜか地球人はそこの過程が抜けるから、元から持っている力が覚醒したという印象になるんだ。なぜそんな違いが出るかはわからない。だが、単純に発現しただけでは、レベルはたかがしれてる。だから訓練している。順番が違うだけで、やることは同じだよ。」


「それは…僕にもまだ、異能のような技ができる可能性があると、思っていいんでしょうか?」



「そうだ。他の人とは違う訓練になるから、覚悟がいる。それでも、やるかどうかだ。」


それを聞いて、ロキはすかさず言った。



「お願いします!僕は、ここで諦めたくありません!絶対にやり遂げてみせます!」


もう、涙は出ていなかった。



「……多分、ロキが今考えているような訓練の仕方とは違うと思うのだけど…後悔はしないかい…?」


珍しくラムズが複雑な表情をしている。



「なんだってやります!やらない方が、僕は絶対後悔すると思うので!」



父は最後に、自分に合った進路を探すように言った。

戦士になることが合っているかはわからない。

でも、途中であきらめたくない。


そもそも異能が発現していなかったのに、学園に入学できたこと自体が奇跡なのだ。

ラムズ理事がくれたチャンスを無駄にしたくない。


今はラムズ理事も直接協力してくれる。

必要なのは、きっと自分の覚悟だけなんだ。



「強くなりたいんです!僕は父と母を救いたかった!他の人に、僕と同じような目に遭ってほしくないんです!」




ラムズはそのセリフを聞いて、一瞬目を閉じて何かを考えたようだったが、改めてロキの目を見た。


「……その気持ちを…忘れないようにね。」



そう言って、ラムズはロキの方に身を乗り出した。

そしてロキの頭を優しく両手で支え、キスをした。


柔らかくて、温かかった。


なぜ急にそんなことになったのかわからず、思考が停止した。


ラムズはロキの頭に触れたまま、静かに唇を離した。



「真眼を使ってみて。」


「は、はい。」



ロキは言われた通り、集中力を高めて真眼を使った。



ロキの胸元に緑の小さな結晶のようなものが見える。

これは、核だ。

さらにその核には斜めに傷が入っている。



「……見えます…ラムズ理事の体に、"核"と"切れ目"が…。」


今まで、どんな時でもラムズに隙は無かった。

それは、"核"と核を攻撃するのに最も抵抗が少ない"切れ目"が見えないと言うことだ。

ラムズは、それらを敵に知られないように、常にプロテクトしているのだ。



「今、何をしたかというと、私のエネルギーをロキに分けたのだ。訓練してエネルギー量を増やし、使いこなせるようになれば、異能と言われるレベルの技が使えるようになる。ロキの場合、今は真眼が強化され、それに基づく技、『一撃必殺』が自然に洗練されたということになる。」


「エネルギーを増やして、使えるようになるところ…が訓練なんですね。」


自分で言っておいてなんだが、キスは…訓練と言えるのだろうか?



「訓練はもちろんやるのだが、やはり時間がかかる。手っ取り早く結果を出すなら…今のように私からエネルギーをもらい、エネルギーの使い方を教わり、実践し、真似しながら感覚的に覚えていくことだ。実は、今までも身体の接触でエネルギーを送ることはしたが、やはりその程度では影響は無さそうだった。」


今までよく頭を撫でてくれたのは、そのためだったのか。



「エネルギーの授受は身体の接触が必要で、一番流入させやすいのは、マウストゥマウスなんだ。人工呼吸みたいなものだよ。」


今までの話から考えると、特訓自体はある程度剣術修行に近いと思う。

特殊なのは、エネルギーをもらうときの行為、つまりキスだ。



「そういうことだから…やるか、やらないかは、もう少し考えてからでもいいよ。」


ラムズは、ロキの頭から手を離した。

手が離れると、ラムズの核や切れ目は見えなくなった。

今、少しエネルギーをもらっただけで、こんなに力が違うとは…。



ロキは、一度、深呼吸をしてから言った。


「あ、あの…!僕はさっき、絶対にやり遂げると言いました!だから…お願いします!」


ロキは、ラムズに頭を下げた。

ラムズは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して言った。


「…ロキ、決意してくれてありがとう。私もがんばるよ。」


ラムズはまたいつものようにロキの頭を撫でた。

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