第3話 ロキの過去

ロキは夢を見た。



12歳の夏休み。

母親の実家に遊びに行くところだ。

父親が車を運転し、母親が助手席に乗っている。


『強盗事件を起こした3名のうち、1名は異能者と見られ、特殊警備隊が出動する事態となりました。』


車のラジオニュースだ。



「最近は、異能者の犯罪も、クリーチャーとかいう化け物の出現も増えてる。物騒な世の中だよな。」


父は警察官だ。



「特殊警備隊って何なの?」


父に憧れていたロキは、特殊警備隊にも興味があった。



「特殊警備隊は自分たちも異能者なんだ。異能者とクリーチャーに関わる事件にあたるんだよ。」


「異能がないと、だめなんだ。僕は無理だね。」


あっという間に可能性が消えた。


ため息をついて、車の窓の外を見る。

左は山の斜面で、右は崖になっている。

空は晴れていて向こうの山並みがきれいだ。

崖の下には森が広がっている。



「じゃあ、警察官になるか?」


「…うん…憧れはあるよ。」


ロキは同級生に比べると体が小さい。

異能があれば身体の条件は不要だが、このまま体格が小さければ警察官に応募すらできない。

ロキはそのこともわかっていた。



「警察官の仕事もだいぶ危険になったからな…。なかなか簡単に勧められる職業でなくなったよ。相手が異能者やクリーチャーじゃ、警察官はいくら重装備をしても敵わないんだよな。」



母が口を開いた。


「でも市民からしたら、身近なのはやっぱりお巡りさんよね。」


「そうだな。特殊警備隊員は数が少ないから、通報でまず先に駆けつけるのは警察官だ。」



もし、父さんがそんな大変な現場に急行することになったら嫌だな…。


正義感よりも、家族の身を心配する自分は、やっぱり警察官には向いていないかもしれない。



「……ロキ、俺はこの仕事で俺自身が救われたことが何度もある。だから続けているんだ。お前にはお前にふさわしい進路がきっとある。警察官や警備隊にこだわらず、もっと色々見てみなさい。」


(父さんも、僕には向いてないって思ってそう言ってるんだ…。)


そう思って、なんだか寂しい気持ちになった。


その時だった。




「危ない!」


父がそう叫んで、急ブレーキを踏んだ。

シートベルトで体が押さえつけられた。



「早く!外に出て逃げろ!」


わけも分からず車の外に出ると、車の列の先頭に、大きな球体がいた。

亀の甲羅のようなもので覆われている。

何台かの車がすでに下敷きになっていた。



父は携帯してる警報および通報機を使った。

警報機から大音量でアナウンスが流れる。



『クリーチャーが出現しました。直ちに避難してください。レベル…A級。繰り返します、クリーチャーが…』



警報を聞いた人たちが、次々に車から出て逃げ始めた。



「ロキは母さんを連れて逃げろ!」


ロキは母の手を引いて走った。



A級なんて聞いたことがない。

今までニュースで聞いたことがあるのは、D級かせいぜいC級だ。

A級なんて、どれだけ恐ろしい化け物なんだろう。



振り向くと、球体の甲羅に切れ目が入り、その切れ目から人間が次々に出てくる。

全身真っ赤だ。

赤い人間は、逃げる人々を追いかけ、飛びかかり、襲い始めた。


噛みついて、肉を引きちぎり、食っている。



血が吹き出し、ちぎられた肉片があたりに飛び散る。

ロキは吐きそうになり、口元を押さえた。



持病のある母はそんなに走れない。

一体の赤い人間がロキたちに追いついてきた。



ロキの肩に赤い人間の手がかかった。

指が食い込み、肉がちぎられそうになる。


(僕らも、あんな風に食われてしまう…!)


そう思ったときだった。

肩を掴んでいた赤い人間の頭が破裂した。

赤い人間は、形が崩れ、ドロドロになって溶けた。



すぐ脇をバイクが一台走り抜けていく。

バイクの男はレーザーガンで赤い人間の頭を撃ちながら球体に近づいていった。


ある距離まで近づくと、バイクを乗り捨て、レーザーソードを取り出して構えた。


そして、一瞬で姿が消えた。



『ギャァああアァあァアアアァあア‼︎』



クリーチャーの断末魔の叫びが響き渡った。


球体の化け物が甲羅ごと真っ二つになり、血が噴水のように吹き出ている。

さっきの男が斬ったのだ。


球体がやられると、赤い人間たちは一斉にドロドロになって溶けた。



ロキと母はその場でへたりこんでいたが、ロキは立ち上がり、ふらふらと歩きながら父を探しに行った。



球体の残骸の近くで、泣いている男の人がいた。



「この、お巡りさんが、俺を助けるために…。」



血溜まりの中に、ロキの父は仰向けに倒れていた。

腕と首を噛みちぎられていた。

落ちていた手には、しっかりとレーザーガンが握られたままだった。



「お父さん……。」



ロキは、父の横に座った。


さっきの男、クロフィード・ラムズが近づいてきて、ロキの横にひざまづいた。



「君の、お父さんかい?」


ロキはうなずいた。

うなずいたが、自分でも信じられなかった。



「助けてやれなくて、すまなかった。」



ラムズは、父のまぶたに手を置いてそっと目を閉じさせた。



「通報があって、たまたま近くにいた私が急行できた。君のお父さんは、最後まで市民のために戦ったんだね。本当に立派な戦士だ。」



戦士…。


父は、絶対に勝てない相手にも立ち向かい、職務を果たした。


ロキは、ようやく涙が出た。


さっきまで普通に話していたのに。

どうしてこんなことに。



ラムズはロキの頭を撫でた。



----------


母はこの事件のショックで持病が悪化し、間もなく亡くなってしまった。


ラムズは、父の葬儀も母の葬儀にも来た。


そして、ロキに異能の可能性があると言って、ドゥルゴリー学園に推薦した。



戦士になりたい。

最後まで戦った父のように…。



ロキはそう思って学園の門をくぐった。

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