It is no use crying over spilt milk ②
「ミサ隊長の、こと…?」
訝しげに守護者を睨んでしまったが、それは仕方のない事だろう。
今から殺されようとしているのに、呑気に会話を続けようとしてきたのだから。
「そうだ。お前はもう戦線のメンバーじゃない。隠す義理はないだろ?」
「……悪いが、あの人が不利になるような事は何も言えない」
「自分が今、どういう状況か理解しているか?」
「拷問でもしたいなら好きにしろ。戦線の事ならいくらでも話してやる。でも、あの人の事だけは言えない」
「……ミサはついさっき、お前の心臓をぱっくり縦に引き裂いたわけだが、そんな奴を庇い立てするのか?」
「あと十回、心臓を裂かれようと返せないだけの恩と義理がある…私は、死ぬのが怖いし、どんなに拷問されたって慣れなくて、痛いのも苦しいのも嫌いだ。それでも、あの人にだけは通さなくちゃいけない道理がある」
今までの人生で話したこともないほどに、私は自分の本心を、思ったことを、そのまま口に出していた。
あの人に貰ったエールの味。
あれがあったから、ここまで生きてこれた。
ミサ隊長という信じられる人が一人いてくれた、ただそれだけでどれほど救われたか。
そんな私の言葉を聞いて、守護者は諦めたように溜息を吐く。
「はぁ。まぁ、ならいい。ならせめて、戦線について一つ教えろ」
「なんだ?」
「優等遺伝子人間、ってのはなんだ?」
「…なぜ、それを?戦線の機密事項だが…」
「いいから、知っているなら教えてくれ」
どこでその情報を知ったのか、不可解だったが、こちらを見る守護者の目は無感情で、私からの質問など一顧だにしない。
少し逡巡した後、観念して話し出す。
「優等遺伝子人間というのは、特別な才能を持つ人間同士を千年かけ合わせて作った、戦線の主力兵隊だ。人工繁殖で生まれる彼女らは非常に強力なポテンシャルを秘めるが、その分、遺伝子の汚染で寿命が短い」
「どれくらいだ?」
「寿命か?そうだな、大体、十四歳まで生きられれば長生きだと聞いた」
「…その優等遺伝子人間なら、人間でも魔法を扱えたりするのか?」
「いや……ただ、耐性がある。戦線が保有する『極大級』の魔道具を人でありながら扱える。そうして魔法を扱えるようになった者たちを、魔法少女、と呼ぶこともあるが…待て、何の話だ?」
「最後に一つだけ。ミサは今いくつだ?」
「……十三、のはずだが…」
「……なるほど。大体わかった。つまり、あのミサの唯一の弱点は寿命なわけだ」
「なに?どういうことだ…!?」
「知らなかったのか?ミサは、優等遺伝子人間だ」
「いや、え…そん…な……あの人は、Vll隊のリーダーで、Vllの操縦者として作られた、技能士優性人間で……」
それはかつて、ミサ隊長本人が私に説明した事だった。
技能士優性人間は近年始まったばかりの遺伝子改造で、歴史が浅い分、汚染が少なく寿命が長い。
だから四十年は生きられると、私にそう言ったのだ。
実際、彼女は
それらがすべて、遺伝子改造ではなく彼女自身の才能だったと?
「そんな、馬鹿な…あり得ない…」
「ミサは俺に、こう言ったんだ。『私は優等遺伝子人間でもうあまり時間がない。だから私がいなくなった後、フェルトちゃんが平和に暮らせるようにしてほしい』ってな」
「……貴様ッ!!凡そ察していながら、別の話題のように聞き出してッ…!図ったなッ!!」
思わず立ち上がり、守護者の胸倉を掴もうとベットから一歩歩いた瞬間、全身に力が入らず崩れ落ちる。
「よせ。まだ歩けるほど体力が戻っていないだろう」
「…貴様は…!貴様という奴は、それを聞き出すために私を治したのか!?ミサ隊長も、手練手管で騙して…!一瞬でも、貴様が善人だと思いそうになった自分が、馬鹿だった…!」
「最初から俺は善人ぶった覚えはないぜ?お前らが勝手に俺を信用してべらべら喋っただけだ。リミットは一年。一年奴から逃げられる算段が立てば、お前を助ける必要もなく、何なら戦線に突き出してお前とミサの首を手土産に、連中と和解する道もあるってこった。ご苦労だったな、フェルト」
それを聞いた瞬間、自分がどれだけ喋ってはいけないことを話したのかを理解した。
同時に、怒りと、悔しさ。
やはり私は、ミサ隊長に殺されて、そこで終わるべきだった。
そうであれば、こんな邪悪な怪物に利用されることもなかったのに。
涙を浮かべて睨む私をしり目に、守護者は一瞥だけして部屋から去っていった。
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