It is no use crying over spilt milk ①




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 本当はわかっていた。


 あの002と名乗った少女が、悪ではないのだと。


 村人を治療したのも、冒険者を助けたのも。

 きっと、それこそが彼女の本質で、あの時守護者はコアであるライアを救い出そうとしていた。


 あの時、私は守護者が魔物と戦っているのを見届け、コアを守るシールドが剝がれるのを確認してから守護者に戦いを挑んだ。

 すべては任務を果たすため。

 コアに意思がある事など考えもせず、コアを失った迷宮がどうなるかなぞ理解していながら無視をして、満身創痍の守護者を刈り取ろうとした。

 だから、あの時もしもどちらかを区別するのなら、悪だったのはきっと、私。


 戦線を忌み嫌い、シウバのようなテロリストを憎悪していたにもかかわらず、いつしか私も似たような存在に変わっていたのだ。


 けれど、それを受け入れることはできなくて。

 だから逃げたのだ。

 守護者のせい。

 人類解放戦線のせい。

 ミサ隊長のせい。

 だれかのせいにして、逃げた先で殺されて、今際の際でやっと、自分もまた世間からすれば人類解放戦線というテロリストのメンバーなのだと自覚した。


 改悛して、来世を望み、しかしきっと行く先は地獄で終わりなのだと絶望に落ちた瞼を、今、私は開けていた。


「……」


 どうして、まだ息があるのか。

 己の胸をまさぐって、心臓に空いた穴が塞がっていることに気づく。

 だが、少し触るだけではっきりとわかるほどの傷跡は、決して殺されたことが夢などではないのだと教えてくれる。


 木造の天井を眺めていると、近くで聞こえた物音の正体を確かめるべく、反射で瞳が動いて室内を映し出す。


 すぐに理解した。


 心臓をふさぐ。

 そんな事ができる人物を、私は一人しか知らない。


 絶望に瞼が落ちきる寸前、私の胸部を抑えて暖かな温もりを分け与えていてくれた人物は──


「……守護者」


 椅子に腰かけて、足を組んだまま窓の外を眺めていたのは、漆黒の少女だった。


「起きたか、フェルト」


 繕った声や態度ではない。

 それは迷宮の深層で戦った時と同じ態度。

 つまり、守護者は私が誰なのか、知ったのだ。


 これが奴の素で、ならば、私も冒険者を演じる必要はないだろう。


「……何が、あった?なぜ、私を助けた?」


「へぇ。飲み込みが早いな。その様子じゃ、俺がお前の正体に気づいたこと、お前の隊長と話したこと、俺がお前を復活させたこと、この辺りは理解しているようだな?」


「……あぁ。だが、礼を言うつもりはないぞ」


「いいさ。俺が蒔いた種だしな」


「それで……?」


「お前を助けた理由か?単純だ。お前んとこの隊長、ミサと取引をした」


「どんな?」


「戦線がもう俺を追わず、見逃してもらうかわりに、俺がお前を守る」


 聞いた瞬間、思わず失笑が漏れる。


「はっ。なんだそれは」


 ベットから起き上がりながら守護者へ体を向けると、少女は丸まったスクロールをこちらに投げてよこした。


「これは?」


「お前の除名通知書と、処刑執行許可書」


「…これを、ミサ隊長が?」


「あぁ。お前はもう戦線メンバーじゃないし、ミサはお前を処刑した事にして、上に報告するそうだ」


「……そうか」


 広げたスクロールに書かれた端的で簡素な文言は、十年間という時間と命を捧げてきたにしてはそっけない。

 しかし、それこそが戦線にとっての私の命、その価値を示されているかのようだった。


「だが、フェルト、お前はまだ生きている。この事が戦線に知られれば、今度はミサが処刑対象に変わっちまう。だから、お前がバレない様に守ってほしいって、そういう取引だ」


「…不可能だ。戦線の目は世界中にある。それに、お前には私を守る義理も情もないだろう。ミサ隊長が帰った後、つまり今、私を殺して死体を燃やしてしまえば、それで終わり。お前にとっての厄介ごとは今日限りでキリがつく。違うか?」


「その通りだ。ぶっちゃけ俺はミサを一時的に凌げればそれでよかった。一生お前を守るなんざ、そんな面倒を請け負う気はサラサラない」


「だろうな」


 再び失笑し、私は力なく守護者を見る。


「ならば早く殺れ。時間の無駄だ」


「……その前に一つ。ミサについて、知っていることを話せ」


 その言葉に顔をあげると、酷く冷たい、赤い瞳と目が合った。




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