朱雀門をぶっ飛ばせ!~パラレル平安時代に飛ばされたら同僚がチートだったけど私たちは普通のOLです

@ruiyukimura

第1話 会社のエレベーターは異世界への入り口?

 第一話 会社のエレベーターは異世界への入り口?




 その日は、ものすごくいつも通りの、フツーの日だった。


 そう、フツーだったのだ。


 いつも通り会社に行って(ウチはいわゆる中小企業で、印刷関係)、いつもどおりお昼食べて、……ってとこまでははっきり覚えてる。


 いや、まぁその後も覚えてはいるんだけど。


 専務に、地下の倉庫から見本取ってきてって言われて、紙のつまったダンボール箱って結構な重さあるから三人で行こうか、ってなって、同僚のゆう子と紗枝と一緒に、エレベーターに乗って……いや、乗ってないな。


 エレベータの前で待ってたら、去年入社した兵藤が「力仕事なら僕、やりますから」とかなんとか言って、追いかけてきたんだっけ。


 兵藤は私より背がちょっと低くて、目がぎょろっとした、なんか陰気な感じの男の子。ウワサによると、めちゃくちゃ頭良いらしいんだけど、だったらなんでこんな会社に居るんだか疑問。おまけに、力仕事なんて向いてなさそうな青白い顔色だし、更に付け加えると、いつもおどおどした様子で話すので、こっちはイライラする。


 兵藤に手伝ってもらうより、小学校からずっと体育会系(らしい紗枝)と、どん臭いクセに意外と馬鹿力のゆう子の方が頼りになるから、あーいいよいいよ、って断って手を振って。


 到着したエレベータに乗ろうとしたら、兵藤がやけにあわてて追いかけてきて。


 乗った瞬間に、エライこと揺れて。


 暗転。


 


 ……あー、空が綺麗だ。


 って、エレベータに乗ってんのになんで空が見えんのよ。だいたい、仰向けに転がってるのは何でかしら? ぼんやり雲を眺めていると、ゆう子の子供っぽい声が私を必死で呼んでいるのに気づいた。


「ちゃん……木璃ちゃん!」


 視線を声の方向に回すと、膝をすりむいた上に頭もクシャクシャになったゆう子が、泣きそうな顔で私を呼んでいた。


「ゆう子……」


「木璃ちゃん! よかったぁ、気ぃついて」


 舌足らずの大阪弁はゆう子の特徴だ。私はなんとか身体を起こす。


 あらま、制服がヨレヨレだ。目の前のゆう子も、ブラウスの袖が破れている。


 まぁ、破れて惜しいような、可愛い制服ではないのだけど。


「痛い……」


「木璃ちゃん、怪我ない? 大丈夫?」


「怪我はないけど、痛い。どっか打ったなこりゃ」


 泣きそうな目でこちらを見ているゆう子の、ふわふわ巻き髪の頭には枯葉がわんさかついていて、私はそれをひとつずつ取ってやる。


「ところでゆう子、この状況はいったいなんだろねぇ」


「なんやろねぇ……」


 こんなに暢気に会話を交わしている場合ではない。断固として、ない。しかし、頭の働きをニブくしておかないと、パニックに陥りそうな予感がひしひしとせまっている。


「えっと、木璃ちゃんと、紗枝ちゃんと、私でエレベータに乗って。……ここ、どこやろ?」


「地下倉庫でない事は確かよね。ついでに、会社でもない」


 見渡す限り、木と草ばっかりだ。これでもかとゆーくらい、山、である。


 あー山に登ったのなんて何年ぶりかしら。


「ウチのエレベータって、縦だけやなくて、横にも移動するようになってたんやろか」


「まさか。第一、横に移動するにしてもホドがあるでしょ。どう考えても会社の外だしここ」


「そうやんなぁ」


 あはははははは。と、二人で乾いた笑いを一下り発声してみると。


 ゆう子が、すぅ、と息を吸い込んだ。


 そして。


「ここはどこーぉっ!?」


 耳をつんざくような絶叫。あぁあ、ついに現実を認識してしまった。


「木璃ちゃん!」


「何かしらっ!」


「なんで会社のエレベータに乗ったのに、こんな山ン中に放り出されてんの、ウチら!」


「わかりません!」


「てゆーか、何が起こってんの!?」


「それも私にはわかりません!」


「そういえば紗枝ちゃんは!? 一緒にエレベータ乗ったやんな!?」


「さぁどこでしょうねっ」


「ついでに、タイミングによっては兵藤くんも乗ってたかもしれんやんなっ!?」


「どこ行ったんでしょうねっ」


「ここはどこーぉっ?」


 会話が、ゆう子の絶叫に始まり、絶叫に終わる。あぁ、疲れた。なんかもう、びっくりしたのとワケ解らないので、疲れすぎた。もうこのまま寝たいくらい疲れた。


 がっくりと肩を落としていると、急に遠くから、茂みを揺らす音が近づいてくる。


 げ。


 山だもんね、動物いるよね。山犬?狼……は、絶滅したんだっけ。いやいやとにかく。


「木璃ちゃん……なんか来る」


「うん」


「噛まれたらどないしよ」


 気の早いゆう子は、すでに動物に襲われたあとの心配をし出した。


 対処方法がわからずに、私は身を硬くする。


 すると、勢いよく掻き分けられた茂みの間から、見知った顔が飛び出した。


「あ! ゆう子! よかったぁ、見つけた」


「紗枝ちゃん!」


 噂をすればなんとやら。


 出てきたのは、一緒にエレベータに乗った紗枝だった。あぁよかった、山犬じゃなくて。


 紗枝は良く見ると、なにやら灰色の物体を小脇に抱えて……あ、兵藤だ。


「やっぱり一緒に、エレベータ乗ったんやねぇ」


「もう、こいつナニ? 意味わかんないんだけど。足腰立たないみたいだから仕方なく抱えてきたの。なんで私が大のオトコ抱えて歩かなきゃなんないのよ」


 確かに。紗枝は力持ちだが小柄な女の子だ。いくら兵藤でも、紗枝よりは大きい。その、兵藤はというと、灰色のカーディガンに、社内で愛用している紺のサンダルを履いたまま、真っ青な顔をしている。


「すみません……僕、乗り物酔いするタイプで。いつもこうなんです」


 なんとなく、今のセリフで役立たず度が1アップしたよ兵藤。私は心の中でそう付け加えてため息をつく。


「ところで、ここどこ?木璃、ゆう子、心当たりある?」


「ないわぁ」


「全く」


 頭上でひばりが鳴いている。


 のどかな山中に、紺の制服姿のOL三人と、冴えないサラリーマン一人。


 なかなかシュールな光景。


 ついでにこの山がいったいどこの山なのかすら解らない。いや、それ以前に。エレベータに乗ったはずが着いた先は山の中、て。どこでもドアじゃあるまいし。


 このシュールさはダリも真っ青なんじゃなかろうか。


「あの、とりあえず、山をおりませんか?」


 いくらか顔色の回復した兵藤が提案してくる。


「ほら、あそこ見てください。街が見えます」


 彼が指差した先、木の葉の隙間からみえる山の麓には。確かに、街が見える。


 ……でも、なんかちょっとおかしくない?


 私は一瞬、眉を寄せたのだけど。


「理之助くん、さすが鋭いなぁ」


 というゆう子の暢気な声に、疑問を飲み込んでしまう。


 ちなみに、理之助、というのは兵藤の下の名前で、彼のフルネームは兵藤理之助という。


 ゆう子はどこが気に入ったのか、兵藤のことを弟みたいだと可愛がっているのだ。


「じゃあ、とりあえず兵藤の言う様に、人の居るとこを目指そうか。ゆう子、木璃、立てる?」


 紗枝の手を借りて、立ち上がる。自分の身体を見下ろすと、あーあ、制服がほんっとにぼろぼろだ。時計……は、まだちゃんと動いてる。よかった、買ったばっかりだったのよね。ピンクがかった文字盤は私のお気に入りだ。


「あ、あの、僕が先頭行きます。僕、山歩きけっこう慣れてるんで」


 その青白い顔で言われても、全く説得力無いんですけど兵藤くん。


 多分、女子三人は全員がそう思っただろうけど。私たちは兵藤を先頭に山を下り出した。

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