一席/饅頭怖い

歌楽「この度は私のお噺にお付き合い頂き、誠に有り難く、御礼を申し上げます。の〜んびりとお噺をさせて頂きますので皆様もぜひ肩の力を抜いて、ごゆるりとお付き合い頂けましたら幸いで御座います。あと、できましたら「どれ、この者はどれほどのものか」と目利はなさらないで下さい、目利きされるほどの者ではございませんから、ふふ。なんですか、ぼちぼちね、気楽にやって参りますのでなにとぞよろしくおねがいいたします。

 つい先週の事なのでご座いますが、私の友人にホラー映画が好きな者がおりまして、まったく信じられませんよねぇ〜人が化け物に襲われているのを観て「きゃっきゃきゃっきゃ」と笑っているのですよ。私は、もしやこいつ…人の皮をかぶった化け物なんじゃないかだなんて思ってしまいましたよぉ。まぁ、その友人と云いますのはぁ、ずいぶん前に居酒屋で飲んだ酒代についてレシートを引っ張り出して、「あと数百円、数十円借りだてしたままだ」なんてよく声を大きくして言うお金お金お化けに間違いはないのですがねぇ。私はお化けではありませんよ!なにせ、いつも奢ってもらう側の人間ですから、へへっ。冗談はさておき、世の中には十人よれば気は十色と云いますように、本当に色々なものを好き、そして、怖がる者がいるものですねぇ」

歌楽/順平「(遠くから呼ぶように)なぁおぅい、高!高よぉ!」

歌楽/高田「なんだよ、平さん。朝っぱらから大きな声なんか出しちまってよぅ」

歌楽/順平「(両手を前で組み、困った様子で)いやねぇ、この前本屋で一冊本を買ったんだがよ、俺ぁそん時うっかりしちまってよ、その買った本がもう家に一冊あることをすっかり忘れちまってたんだ。たしかお前、本とか好きだったよな?よかったら一冊どうだい?」

歌楽/高田「その本ってのは漫画かい?」

歌楽/順平「いや、長編の小説なんだがね」

歌楽/高田「小説かぁ、だったら俺は遠慮しとくよ。どうも小説は嫌いでなぁ…それに、本が好きなのは辰のやつだぜ」

歌楽/順平「(首を傾げながら)おぅ、そうだったのか。だが、いったいどうしてお前さんは小説が嫌いなんだい?」

歌楽/高田「(顔をしかめながら)だってよぅ、小説って云ったら文章がずらぁ〜〜〜〜〜っと書き詰められているじゃねぇか。あの黒くてちっちぇえ字がびっしぃーーと敷き詰められた紙面を見たらどうも目が回ってかなわなくってなぁ〜もう怖いと云ってもいいぐらいでよぉ、それにその小説は長編だろぅ?そりゃぁインテリが好き好んで読むもんだぜ」

歌楽/順平「(呆れた様子で)そうかいそうかい、それじゃ俺はさしずめインテリってわけだ。おっ!話しをしてたら、あそこに辰が歩いてるじゃねぇかぁ!おぅい、辰!辰よぉ!」

歌楽/辰樹「なんだよ、順平。朝っぱらから大きな声なんか出しちまってよぅ」

歌楽/順平「(眉をひそめ、不思議そうに)なぁんか…どっかで聞いたことのある台詞だなぁ〜〜まぁいいや。そんなことよりよぅ、どうだい、長編の小説はいらないかい?」

歌楽/辰樹「(前のめりで興味深そうに)おぅ、小説かぁ〜それも長編の!しかも、ちょうど俺が欲しかったやつじゃねぇか!本当にもらっちまってもいいのか?」

歌楽/順平「あぁ、高は小説が怖いみたいでよ」

歌楽/辰樹「(たいそう驚いた様子で)へぇっ!怖い?小説がぁ?そりゃしんじられねぇやぁ、俺なんか長編の小説なんかじゃ読み足りなくて六法全書まで読んじまうぜ」

歌楽/高田「(腕を組んで、首を傾げながら)六法全書って、ありゃ読むもんじゃなくないかぁ?」

歌楽/順平「そんじゃあよう、あれはどうだい?」

歌楽/辰樹「あれってぇ、なんだい?」

歌楽/順平「あれだよあれぇ…………………そうだ、蛇だぁっ!」

歌楽/辰樹「(呆れた様子で)お前さん、蛇がそんなすって出てこなかったのかい」

歌楽/順平「わるかったなぁ〜俺は昔からどうも蛇が怖くてなぁ、手足がないのに這い動くあの姿といったら…想像しただけでゾッとするぜ」

歌楽/辰樹「(呆れた様子で)何がゾッとするだよみっともない、あんなのただの動くうどんやそばみてぇなもんじゃねぇか。どんぶりと汁さえありゃぁ、あんなのいくらだって食えるぜぇ俺ぁ」

歌楽/順平「そうかいそうかい、蛇が食えるんだったら何でも食えるんじゃねぇか?」

歌楽/辰樹「あぁ、何だって食えるぜ!だが、こたつやぐら、あれはだめだ、もんは食わねぇって決めてんだ」

歌楽/順平「なんだい、突然落とし噺をしやがって。にしても強いなぁ、お前さんに怖いもんはないのかい?」

歌楽/辰樹「(最初は大きな声、徐々に脅えてゆく)あったりめぇよ!俺に怖いもんなんざ……あるわけ…ねぇ、じゃねぇか……」

歌楽/高田「(疑う様子で)ん?なんだい、みるみる様子がおかしくなっていくじゃねぇかぁ…さてはお前さん、本当は怖いもんあるんじゃねぇかぁ?」

歌楽/辰樹「(渋った様子で)まっ…まぁ……ない…こともないがな…」

歌楽/順平「(身を乗り出して面白そうに)ほぉ、そいつは気になるや、いったいなんなんだい?」

歌楽/辰樹「そんなん云えるわけねぇだろ、云ったら末代までねちねちと云われ続けるんだ」

歌楽/高田「それはおおげさってもんだぜ」

歌楽/辰樹「絶対に言いふらさねぇか?」

歌楽/順平「(両手を合わせ、頼み込むように)言いふらしやしねぇよ〜、だから頼む!教えてくれよ、なっ!なっ!」

歌楽/辰樹「(小さな声で)わっ分かった分かった、云うよ、云えばいぃんだろぅ……まん…にゅう………」

歌楽/順平「へぇ?…まんにゅう?」

歌楽/辰樹「(小さな声で)まっ……まんひゅう…だよ………」

歌楽/順平「ふぇ?…まんひゅう?なんじゃそりゃぁ、知ってるか?」

歌楽/高田「いやぁ〜知らねぇなぁ、まんひゅうってのは…焼酎(しょうちゅう)かなにかかい?」

歌楽/辰樹「(大きな声で)饅頭(まんじゅう)だよ!…なんども云わせるなよ、全くよぉ〜!」

歌楽/高田「(驚いた様子で)へぇ?饅頭!?」

歌楽/辰樹「あぁ、そうだよ…饅頭だよぉ……」

歌楽/高田「どうして饅頭なんかが怖いんだい?」

歌楽/辰樹「(大きな声で)饅頭なんかぁ!?ありゃぁ〜なんかですませられるようなもんじゃないぜ!とくに高い饅頭…あれが俺を苦しめるんだ……あぁ、饅頭の話しをしてるだけで頭が痛くなってきちまったぁ…」

歌楽/順平「おぅ、そうかいそうかい、そんなにかい…ちょっと向こうのベンチで休んできたらどうだい?」

歌楽/辰樹「(弱々しく、脅えた様子で)あぁ、ちょいとそうさせてもらうよ…あぁ〜饅頭怖い、饅頭怖い……」

歌楽/順平「ありゃぁ相当だなぁ〜…見てみろよ、ぐだぁーと寝込んじまったぜ」

歌楽/高田「(企んでいる表情で)あぁ………なぁ、こいつは使えるんじゃねぇか?」

歌楽/順平「(眉をひそめ、不思議そうに)使えるぅ?…なににぃ?」

歌楽/高田「饅頭を俺達で用意して、辰のやつをぎゃふんと脅かしてやるんだよ」

歌楽/順平「(手のひらを返すように)そんなっ!ひでぇことを……………面白そうだなぁ〜!」

歌楽/高田「だろぅ、いつも俺達に向かって威張ってるんだ、たまには仕返しさせてもらわねぇと」

歌楽/順平「たしかに、それも一興かもしれねぇな。だが、話しをするだけでも寝込んじまうんだ、実物を見たら死んじまうんじゃねぇか?」

歌楽/高田「(悪そうに)別にいいよぅ死んだってぇ、たいして国家のやくにたいしてたっているわけじゃねぇんだから」

歌楽/順平「だがなぁ、饅頭で殺したら暗(餡)殺になっちまうぜぇ」

歌楽/高田「(乾いた笑顔で)へっ、云うと思ったぜ、そんなしゃれ云ってないではやく俺達で饅頭を買ってこようぜ」

歌楽「かくして、順平と高田は各々店をまわって饅頭を買ってくるのでありますが。この二人、おっかないですよねぇ…この仏さんは饅頭で死にました、だなんて知ったらお医者さんもあん(餡)ぐりですよ。さて、ずっと云いたかったしゃれも云えました所で、噺を戻しまして」

歌楽/高田「どうだい平さん、なにか買えたかい?」

歌楽/順平「まぁ、ぼちぼちな。先ず最初にそば饅頭だろ…」

歌楽/高田「そば饅頭、あのそばの風味と餡が美味いんだよなぁ」

歌楽/順平「あとはぁ…………………………………ねぇ」

歌楽/高田「ないのかい、ずいぶんとためた割には何も出てこなかったねぇ」

歌楽/順平「そう云うお前さんは何を買ってきたんだい?」

歌楽/高田「俺かい?俺は温泉饅頭だろ、それに酒饅頭、栗饅頭、中華饅頭、唐饅頭」

歌楽/順平「(たまげた様子で)おうおうおう、饅頭がとまらねぇなぁ!」

歌楽/高田「そりゃあ張り切って買い集めてきたからよ。さぁ、買ってきた饅頭は辰の目の前に置いて…おっとっと、音を立てちゃいけないよ、ゆっくりゆっくり慎重に…よし、後は俺らがどっかに隠れて起こすだけだ」

歌楽/順平「(遠くの方を指を差して)なぁなあ、あの大きな木の裏なんてのはどうだい、丁度いい具合に離れていて饅頭に慌てふためく辰の様子が見れるんじゃないか」

歌楽/高田「おう、そうだな…それじゃあいいかい、おこすよ……辰、辰よ…ちょいとおきてごらんよ」

歌楽/辰樹「(最初は弱々しく、後から叫びながら脅える)あぁ、寝込んじまってたかぁ。まだ饅頭を思うと頭が……うわぁっ!うわーー!!!饅頭!饅頭だぁ!誰か助けてくれぇ!!!」

歌楽/高田「(しめしめと楽しそうに)おいおい、いい反応じゃねぇか!こりゃぁ、やったかいがあるってもんだねぇ!」

歌楽/順平「あぁ、こりゃ気持ちがいいなぁ!」

歌楽/辰樹「饅頭怖い饅頭怖い、はやく消さなきゃはやく消さなきゃ、その為には……食っちまえばいいか。胃袋のなかに入っちまえば怖くも何ともねぇやな……そば饅頭…中はこし餡かぁ〜、粒餡の方が好きなんだけどなぁ〜…最初にそば饅頭を知ったときはそばなのか饅頭なのかわかんなくって困惑したもんだぜ…温泉饅頭…こりゃ箱根のだなぁ、おっ!こいつは一回食ったことがあるんだよ〜酒饅頭、それに唐饅頭…唐饅頭!唐饅頭は食ったことなかったなぁ〜…うん、やっぱうめぇやぁ、こりゃはやく消しちまわねぇとな、うぅ〜怖いよぅ〜饅頭怖いよぅ〜〜」

歌楽/高田「(不思議そうに)なあ、なんかぁ…辰のやつ様子が変じゃねぇか?」

歌楽/順平「(最初は不思議そうに、その後、驚いた様子で)あぁ、饅頭で気でも狂っちまったかぁ?ちょいと覗いて……おい、お前…饅頭食ってるじゃねぇかぁ!」

歌楽/辰樹「(美味しそうに饅頭を食べながら)あぁ〜饅頭怖ぃ〜饅頭怖いよぉう〜」

歌楽/高田「さてはお前、饅頭怖くねぇなぁ!それじゃあ、お前が本当に怖いもんはなんなんだ?」

歌楽/辰樹「(微笑みながら)そうだなぁ〜このへんで、温かいお茶が一杯怖い」

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【落ち語り】 朝詩 久楽 @258654

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