ほっこりスローライフIN縄文村ー転生したら古代人が優しすぎて、ここで生きるッ!ー

本埜 詩織

幼年編

第1話・転生したら日本語っぽい謎言語種族と出会った。

 こんな人生に意味が有るなら教えて欲しい。軋む音がこの体から出ているのか、ベッドから出ているのかすらわからない。


 小さな絶望は積み重なり、淀み溜まって大きな絶望になる。大きな絶望が訪れる頃には、安全という言葉が消えていく。孤独という毒はまるで、死神の笑い声だ。


 ここでは無いどこかへ、その死神の目の届かないどこかへ、そう思ったのはもう何度目だろう。いつも眠ろうとするたびに思う。そして、思い出してしまう。苦しい記憶ばっかり。


 静寂のせいで、その音が頭の中で鳴り響くのか、耳で聞いているのかを曖昧にする。あぁ、死神の声が聞こえるかのようだ……。


『おい! 何度言ったらわかるんだ!? この無能が!』


 なんで、どうしてこんなに怒鳴られなきゃいけないんだろう。幻聴だと叫ぶのは俺の思考だけ、それをどうやって信じたらいい。

 わかってる、またおんなじ失敗だ。わかってる、なのになんでだろう、どうしてもその時に思い出せないんだ。

 伝え忘れ、言い忘れ。それを治すことすらできない、無能の思考を……。


『すみません……』


 わかってる、忘れたほうがいい。怒られた記憶なんて。

 でも忘れられないんだ。目を閉じるたび、頭の中で鳴り響く怒鳴り声。

 苦しい、苦しい……。


 俺がおかしい。生まれてこなきゃよかった。こんな時代になんて……なんで、なんで……。

 いや、なんでだよ。多様化の時代じゃ無いか。なんでだよ、誰もが活躍できる社会をめざすんだろ。


 わかってくれよ、わかれよ。いうなんて発想がないんだ。何か言われる時は怒られる時、近づく時は怒られる時じゃないか。

 あぁ、あぁ……もう嫌だ。

 もう嫌だ……。

 目を閉じてまでなんで怒鳴られなきゃいけないんだ。なんで、逃げられないんだ。


 目尻から涙が流れてそれが髪に吸われるのを感じる。顎がぐっとなって、不思議と歯ががっちりと噛み合って。

 俺が悪いんだよ。そう思う常識とは真逆に、心は叫ぶんだ。俺は悪くない、社会が悪いんだ。


 すると常識はこう言うんだ。人のせいにして逃げて、わがままなクズめ。そう、俺自身を罵倒するんだ。

 いつもそうだ。心と常識が戦うような脳内会議、いつだってそれのせいで目をつぶっても眠れない。


『お前が悪い!』

『嫌だ! 時代のせいだ!』


 ついにとうとう、耳で音を感じている気がしてきた。なんでなんだよ、なんで眠ろうとしてもこんなことにならなきゃいけないんだ。

 目を閉じてるのに、おかげでずっと寝不足だ。何時間眠れているのかわからない。

 誰か、誰でもいいから助けてくれよ。頼むから……。お願いだから……。


『甘ったれめ!』


 誰もいないはずだろ。なんで責められなきゃならない。同情してくれる人の一人くらい居たっていいいじゃないか。俺がであってきた人たちの中で……。

 あぁ、幻聴め。消えてくれ。頼むから消えてくれ。俺は眠りたいんだ。疲れてるんだよ。本当に、まともに眠れてないんだ。


 なのにこれを言ったらどうだ。寝てないアピール、お得意の意識高い系扱い。もういっそ、死んでしまいたいんだよ。

 俺は何のために生きている。悔しい。悔しい。


『お前だけだと思ってんのか!?』


 的確に、これでもかというほど幻聴が心を追い詰める。何か聞きながら休めばいいんだろうけど、でも何を聞いたらいいのかもう分からないんだ。何を楽しいと思うのかもう分からないんだ。

 教えてくれ、楽しさの定義は何だ。幸せってどんな感覚なんだ。ストレスって何なんだ。


『甘ったれるな!』


 頭の中で否定するんだ。これがストレスだっていうことを否定するんだ。

 聞こえてるって言ってるのに、医者は薬の一つもくれない。詐病が多いのもわかってる、だから何度も通った。いつになったら、この声を止めてくれる薬をくれるんだ。

 あぁ、途絶えてくれ、意識よ……。 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 気づくと、水の底から引き上げられたみたいな感じがした。

 あぁ、なんだろう。ほろほろする。

 意味がわからないけど、そんな言葉しか浮かばない気持ちだ。脇の下に手を入れられて、空に向けて掲げられている。


『そこで生きてみなさい』


 そんな声が聞こえた気がした。

 あの幻聴……とは違う気がした。だって生きてみなさいだって。否定されてない。いつもの荒い口調じゃない。

 背中に太陽の光の暖かさを感じる。


「アタラシナァ……ヤマワラビメ!」


 太陽の光に当たるのなんていつぶりなのだろう。

 いや、待て……。息をしてない。それどころかなんだこの不快感は。

 まるで、飲み込むのを失敗してむせ返るような……。


「ゲホッ、ゲホッ……」


 なんでだ。胸がギュッとなる。顎がゆがゆがして、全部ぼやけて……。

 あぁ、泣いているのか俺は。ガキみたいに……。


「オギャァ……オギャァ……」


 赤ん坊の声、俺の口から出てる……。

 なんだこれは。なんなんだ。

 意味がわからない。何もかもわからない。

 体が重い。とにかく重い。筋肉痛確定だ。


「オーオー! ヨシヨシ! イネダ! イ・ネ!」


 なんだこの言葉は。日本語のような、そうじゃないような。あぁ、わからない。

 なんだ、本当になんなのだ。ここはどこだ。目がぼやけてなにも見えない。

 この脇の下の手の主が、イネなのか。


 いや、そもそも俺はこんなに柔軟な発想をできたのか。イネ、それが名詞なのか動詞なのか形容詞なのかわからないのに。そもそもなにも見えていないのに……。

 まるで、生まれ変わったみたいな気分だ。


「オーオー! アタラシ! アタラシ!」


 その声のなんと嬉しそうなことだろう。分からない。


「オギャァ……オギャァ……」


 涙が止まらないじゃないか。なのになんでだ、なんで気持ちがいいんだ……。

 思いっきり泣いて、ぼやぼやの視界で何かが見えて。緑色と茶色で、きっと大地と草木で。


「ハハハハ! ワタボツィヒコダ! ナーガワタボツィヒコダ!」


 言葉なんてひとつも分からない。日本語もどきの奇妙な言語にしか聞こえない。だけど、その声を聞くだけで涙が止まらないんだ。なんでなんだ。

 分からない、わからないけど、あぁ生きてる……。

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