第38話:契約

「ではいくつか質問をさせてもらおう。正直に答えてくれるな?」

「当然です。あぁ、もちろん答えられない質問も少しはありますのでご承知おきを」


 こいつ、本当に底が知れない。

 魔力も少なくはない。その立ち振舞いからはかなりの強者であると感じる。ポーンなどという名を受け入れるわりにはビショップくらいの感覚だ。


「一つ目。帰る方法についてだ」

「……それはとある条件を飲んでいただけたら、の話です。いかがしますか?」


 怪しい。条件付きというのは本当に怪しい。何を言うかわかったものではない。知識がある者が言うと尚更。


 俺は皆の顔を見た。その顔には不安が見え隠れしており、「信用して良いのか」と疑問に思っているのが感じ取れる。


「いいだろう。聞くだけ聞くさ」

「それはありがたい。では条件をお教えしましょう。――エブディケート・ジスティア。貴方が今後一切スロングス帝国に対して攻撃を行わない事を誓ってください」


 淡々と、しかし恐ろしさを感じるその言葉。それを聞いていると、俺はとある事に気づいてしまった。


 こいつ、さっきから一回も俺から視線を外していないのだ。俺の事しか眼中にないような態度。「条件」が名指しであり、他の人の名前が出てこなかったことからも、それを理解することが出来る。


 もし国家の安全を望むのであれば、この状況ならバーレイグ王子に言うのがベストなはずだ。きっと不可能でもない。

 それに公爵の子息の権限など程度が知れている。それほど俺の力を認めてくれるのは嬉しいことだがな。


「分かった。俺はスロングスに手を出さない。誓ってもいい」

「ではここに契約コントラクトを結びましょう」

 

 次の瞬間、目の前に魔法陣と数行の文章が描かれた羊皮紙が浮かび上がった。そこにはこう書いてあった。


「スロングス帝国への武力行使並びに何らかの手段を用いることによる悪意のある行動の一切を禁じる、か……これを出してくるって、相当本気なんだな」


 これは「魔術契約書」というものだ。

 ここに書かれた内容は、契約する際に支払う魔力を使うことで、お互いをお互いの魔力で縛り付ける。そのため、契約不履行の場合は定められた罰則が課せられるのだ。


 この契約書に書かれている、俺の違反罰則は――「即時の奴隷化」だ。


「……奴隷化とはまた大きく出たな。そこまでして縛りたいのか?」

「そうですねぇ。我々は貴方が襲ってきた場合には対応することが出来ないでしょうからね。もし本気で来られたならば、一週間と持たずに帝都は陥落し、支配下に置かれると考えています。それくらい重くとも当然、というのはまぁ、勝手な理屈ではあるとは思いますが」


 そう言ってポーンは苦笑してみせた。

 俺の味方のような反応の割にはしっかりと敵の行動なのが、なぜか心を複雑な気分にさせる。


「わかったよ。ならば俺が反逆行為をしない限りはそちらも俺に危害を加えないこと。それでいいな?」

「えぇ」


 確認の意味を込めて問う。

 すると、魔術契約書に俺の言った文言がそのまま転写された。契約内容が更新されたからだ。


「じゃあ問題ないな。《承認》」

「その通りですよ。《承認》」


 互いに「承認」と呟くと、契約書にもその文字が現れた。

 その数秒後、身体から魔力が吸い取られるような感覚に襲われた。術式が作動したようだ。

 そしてある程度の量を吸い取った後、契約書は青白い光を発しながら突如として燃え盛った。しかし灰は出ない。ただゆっくりと、一行一行を噛みしめるかのように消えてゆく。


 そして一分も経てば、契約書は完全に消え去り、それとともに炎も風に流されてしまった。

 俺は生で見るのは始めてであり、かなり美しい光景だったために少し喪失感を覚えてしまうも貴重な物であるために仕方ないと思うことにした。


「さてと。もう用件は終わりか?」

「そうですね。これにて終了です」


 ポーンはまるで一仕事終えたと言わんばかりの態度をとっていた。その姿からは、任務には忠実だが面倒臭がりという印象を受ける。


「では最後に忠告を。これから先は、よく目を凝らしておいてください。お帰りはそこの扉からどうぞ」

「目を凝らす……? どういう意味だ」

「それでは、またいつか」


 俺の質問には見向きもせず、華麗に一礼をして振り向いてしまった。そのまま壁に向かって数歩歩くと、突然その姿が虚空にかき消えた。俺は辺りを見回すも、やはりどこにも見当たらない。

 横にいたラナトルやフィリアに目で「分かるか?」と問いかけるが、見当もつかないといった目をしながら首を横に振った。


「魔力探知にも反応しない、か……だけどこの魔力の動き方、転移だな。さすがというべきか」

「ん? 今なんて言った?」

「いや、なんでもないさ。ほら、扉から帰れるって言ってただろ。もうここに用はない」


 この部屋だって、何かを求めて探したところで何も得られないだろう。敵もいないようだし、さしたる問題もないはずだ。

 

 俺は向きを変え、扉へと歩いていく。そしてガチャリ。

 特に何か起こるわけでもなく、そのまま暗闇の中を進んでいく。


「――あれっ? エブディケートくんじゃないですか。今どこから……?」


 突然景色が変わり、その先にいたのはスティアだった。

 驚き半分、疑問半分なのだと分かる表情をしている。どうやら顔に出やすいようだな。


「あー、それは少し待ってくれないか。まだ来ていないんだ」

「来ていない?」


 自分が出てきたであろう場所を見て、彼女たちが出てくるのを待つ。

 

「よっと……ってあれ。ここは何階なんだろ」

「うんうん、わかんないよね~」

「わかりやすい目印もないから尚更ね」

「少なくともさっきの場所より遠いと思います」


 賑やかに話つつ現れた俺の小隊メンバー。どうやらここにいるのがスティア――つまり公爵家の人間であると気づいていないようだ。真面目な彼女らであれば、気づいた途端に改まった態度になるはずだからだ。

 今のあのフレンドリーさは俺の態度が原因。身分の差をしっかりと認識させる行動をしていればこんなにも打ち解けていないことだろう。


「……えぇ!? 何もないところから人がぁ!?」

「今更かよ……」


 目をパチパチさせ、淡い黄色の髪を大げさに揺らして驚いている。半分あった疑問は全てどこかへと吹っ飛んでしまったようだ。

 見れば彼女の小隊のメンバーは苦笑いを浮かべていた。あまり慣れていないのか、驚きすぎだとでもいいたげだ。

 それにしても驚かないよね。転移――正確にはこれは転移ではないが――は珍しいという次元を超えている代物のはずなんだけど。


「なな、何が起こったんですか!?」

「今それを説明しようとしてたんだよっ」

「あ、すみません……」


 半目でそう告げると、可愛らしくしょんぼりとした顔をして謝罪の言葉を口にした。


「こほん。では気を取り直して。俺たちは廊下を歩いていたんだがな――」


 =====

 連続更新(のつもり)です

 今日中にはいっぱい更新してもとに戻したいと思ってます……すみませんでした。

 詳しくは↓

 https://kakuyomu.jp/users/Xenosx2/news/16818023213266648805

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