第37話:救出劇

 叫び声が――断末魔が耳をつんざく。例え目を閉じていても姿が見えてしまうほど、それは苦しみを帯びた声だった。

 だが俺は目を開いている。だから幻影のように三重にブレた身体で顔を押さえ、目を血走らせてのたうち回っている姿がはっきりと見えている。


「居場所を吐けば元に戻してやる。さぁ選べ。言うか、死ぬか」


 俺は嘲笑を浮かべながら問いかける。

 

 さっきまで余裕そうにしていた奴が、こんな無様にもがいているのだ。仕方ないだろう。

 というか、そもそも四人が誘拐されてしまったからこうなっている。何も被害がなければ俺も手出しはしないし、魂を壊すなんて真似もしなかった。それはただの悪行でしかない。俺にはそれが出来ない。権利がない。


「分かっタ! 言う! 助けて!」

「それでいい。で? 場所はどこだ」

「この部屋を出れば監禁場所に繋がっている! 本当だ!!」


 ちらりと左を見ながら――俺もそちらを見れば扉があった。きっとそれのことだろう――そう言ったピエロ。

 あの飄々とした態度からは想像できないほどの慌てぶり。よほど死にたくないのだろう。その気持ちもわかるけどね。なら始めから俺に喧嘩を売らなければよかっただけのこと。


「そうか。じゃあ助けてやるよ――」


 俺がやれやれといった感じで呟くと、その目には希望が宿ったように見えた。もはや煌めきと言っていいくらいだ。


「――もし助ける方法があったなら、な」

「っ!?」


 ははっ、残念だったな。もう声も出ないほどに絶望しているじゃないか。まぁ、ご愁傷さまだね。

 でも少し考えれば分からなかったのだろうか。魂なんて神秘的なもの、壊して元通りに出来るわけがない。それは死者蘇生の更に向こう側だ。


「嘘つき! 死ね! 死ね!」

「もうすぐ死ぬのはお前だろうが。はぁ……恨むなら自分を恨むんだな。俺はただ落とし前をつけただけだ。悪意などどこにもない。合理的なだけだ」


 苦しみ、喜び、怒る。一喜一憂とはこの事を表すのだろう。だからと言って俺を悪魔を見るような目で見なくたっていいじゃないか。俺もちょっと悲しいぞ。


「じゃあな。来世では善人として生きていけばいいさ」

「モウ……シ……ワケ……リオ――」


 そう呟いた次の瞬間、ピエロは幻影ごと塵のように崩れ落ち、どこからか吹いたそよ風に飛ばされて消え去ってしまった。

 光る涙が一粒見えたような気がしたが、きっと気のせいだろう。あいつには血も涙もなかった。


「さてと。ひと仕事追えたわけだが……まだ救出が残ってるな。確かこの部屋を出た先にいるんだったか」


 死体も残っているわけではないし、アイテムが落ちているわけでもない。俺はくるりと向きを変え、少し歩きドアノブに手をかけた。そしてガチャリという音とともに開け、その先の景色を見つめる。


「……なにもない真っ暗?」


 口に出してみたものの、それがおかしいと自分でも気づいている。だって扉は外側に開いているのだ。その時点で「なにもない」訳がない。空間はあることが証明されている。空気も恐らく存在している。ならばただの暗い空間なのか?


「考えてたらキリがない。覚悟を決めて――っ!」


 軽く助走をつけ、いつでも魔術が放てる用意をしながらもそこへ飛び込んでみた。すると、景色はがらっと変わり果ててしまった。


 俺はどうやら、白を基調とした――家具も壁も何もかも白で、縁が青色で装飾されているくらいだ――部屋へと転移したようだ。

 少し右側を見れば、窓が黒い布のカーテンによって覆い隠されており、光源はどこにも存在していなかった。少しだけ開いているその隙間から窓を覗いてみたが、固く閉ざされていて出られそうにはない。魔術で吹き飛ばせば出来るだろうか?


「エブディケート!」


 左から突如聞こえてきたその声は、聞き覚えがあるどころじゃない声だった。


「やっと助けに来てくれたんだなっ!」

「ありがとうございます!」

「助かったわ……!」

「さすがエブディケート様、早いです!」


 薄暗い中ではあるが、その姿ははっきりと目に映った。ラナトルたちだ。見た目、声、魔力ともに完全に一致している。本物で間違いないだろう。


「お待たせ。いやぁ、かなり手こずってしまったよ」

「エブディケートが手こずるなんて相当な相手だったんだな。怪我はしてないのか?」

「大丈夫だよ。さすがに一発は食らったけど、すぐに治療して治したさ」

「攻撃も食らったのか!? ほ、本当に大丈夫か!」


 俺が攻撃を受けてしまったと言うやいなや、驚きと心配が混ざったような表情になり声を荒げるラナトル。

 どうしてそこまで心配してくれるのだろうか。俺が強いことは十分知っているはずなのに。回復だって出来るし、何も問題はないんだがな。


「そ、そんな心配しなくたって大丈夫だぞ。全身を見てみろ。どうもなってない」

「そうだよラナトルちゃん。エブディケートくんが強いのは私たちもよく分かってるし、攻撃を受けたのも驚きだよ。でもそこまでの事なのかな、って」

「あたしはリガルレリアで色々な事を経験した。そのときに見たエブディケートの戦う姿は、あたしが今まで見た人の中で一番強く、攻撃なんて絶対に当たらない人だった。だからちょっと驚いちゃったんだ。さすがに大げさすぎたかも」


 なるほど。俺が強いと十分理解しているからこそ、だったのか。考えが至らないところもあるもんだ。少し反省かな。


「あ、あの……これどうやって帰るんですか」

「確かに、そうだね……」


 タイミングを見計らってか、かなり遠慮がちに声をかけてきたリク。

 その発言は正論もいいところだった。


「ふふふ。ならば帰る方法をこの私めが教えて差し上げましょう」

「誰だ!」


 背後から聞こえてきた、聞き覚えのない声。それに驚いた俺たちは、素早く後ろを振り返る。


「始めましてエブディケート・ジスティア。言うなれば代理人の使者よ」

「……お前はユゴスじゃないな。ということはスロングスの手の者か」

「さすがご明察。そのご指摘どおり、私めは偉大なるスロングス帝国に仕えるただの駒でございます」


 服装はスーツに似た服で、完全に黒の無地だった。ネクタイもしており、それも黒。中のシャツらしきものも黒で、「黒ずくめ」とはこういう意味だったのかと感心してしまいかけるほどに漆黒だった。

 それに合わせてか、顔には黒い仮面を被っており素顔を隠している。


「では、お前のことはポーンと呼ぶことにしよう」

「どうぞお構いなく。どうせ名もなき者ですから」


 どうしてかは分からないが、仮面の下でニヤリと笑っているような気がした。大胆不敵に、奇妙なほどに。 

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