因果応報か、それとも巡り合わせが悪かったのか
被験者バイツァー・コーエンは、開発した強力痛み止めの服用量の確認で試し飲みを続けた結果、意識混濁に陥りその2日後に死亡した。
そんな報告が書かれた紙が送られてきたのは、ヨルンとラエラが結婚して3か月ほど経った頃だった。
「2年と4か月か、かなり保ちましたね」
新しく薬を開発した場合、安全性や使用量の確認の為に、基本的に罪人に試験的に服用させる。
強力な副作用が出たり、使用量の見極めが難しかったりなど、色々な要因で被験要員は命を落とす事が多いからだ。平均生存期間は1年半、最短は2か月で最長記録は4年だ。
ヨルンの言葉の通り、バイツァーはかなり保った方と言える。
森の家でアッシュが監視役を怠った期間、部屋でただ食べてリンダと行為を営むだけだった生活が、バイツァーにはよほど合っていたのかもしれない。
バイツァーは、女がいないと生きていけない性格のようで、投薬や食事や待遇などの文句より、女とヤれない事を嘆いていた。女性職員に手を出そうとした為、罰で酷い目に遭わせたという報告が来た事もある。具体的にどんな目に遭わせたかは、敢えて聞いていない。
だが、リンダも似たような状態だったらしい。ただ彼女の場合、男なら誰でもいいかというとそうではなく、バイツァーとだけヤりたがって騒いだそうだ。
それが理由でリンダとバイツァーの同室は絶対禁止となった為、この2年と4か月の間、二人は一度も顔を合わせていない。
だというのに、一体どこで聞いたのだろう。
リンダは、バイツァーが亡くなった5日後に死亡した。自殺ではない、衰弱死だ。
だが、バイツァー死亡前のリンダは、薬で弱っていたが死ぬ程ではなかったという。原因不明であるが、この刑罰を受けている者の中に突然死が多い事から、リンダもそのケースだろうと結論づけられた。
「あの男のどこがそんなによかったのか・・・あの女の事は最後まで理解出来ませんでしたね」
バイツァーに惚れなければ、リンダはロンド伯爵家で普通に―――いや、好遇を望んで多少の媚びは売っただろうが―――使用人として働いていたかもしれない。少なくとも、アッシュを誘惑する事はなかった筈だ。
そうすれば、予定通りに家族にお金を送って援助し、縁戚だからと少々のお目こぼしをもらいながら快適な環境で働き、更には面倒見のいい前ロンド伯爵夫人が条件のいい縁談を探してくれたかもしれない。
ロンド伯爵家は醜聞にまみれる事はなく、トムソン男爵家が潰れる事もなく、ラエラが泣かされる事もなく。
アッシュが無事に爵位を継承して、ラエラは苦しい思いを経験する事なく結婚できたかもしれない。そしてヨルンは補佐をして、兄夫婦を支えて。
―――もしもリンダがバイツァーと関係を持たなければ。
そこまで考えて、ヨルンはいや、と首を振った。
何がどうなろうと必ず罪を犯す人と、その時その事が起きなければ罪を犯さなかったかもしれない人。その違いは、確かにあるのかもしれない。
バイツァーは必ずやらかす男で、リンダはどう転ぶか読めない女で。
判断が甘い前ロンド伯爵夫妻と流されやすいアッシュはきっと、リンダがいなかったら間違えなかった。
でも結局、そうする事を選んだのは本人なのだ。した事の結果まで理解していたかどうかは別として、その行動を選択したのは紛れもなく本人。
「・・・だから、頑張ってください」
そう呟きながらヨルンが視線を向けたのは、一週間前に届いた私兵からの報告書。
そう、例の森の家で、アッシュの監視と、前ロンド伯爵夫妻の警護を担当している私兵たちからの報告が書かれた紙だった。
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