結婚前の一波乱 ⑧



 その夜、王城でキャンデール子爵一家が拘束された。


 罪状は、第三王子・・・・に媚薬を盛り、既成事実を作ろうと画策した事だった。


 キャンデール子爵、子爵夫人、嫡男ヒクソン、そしてベッドに上がろうとしたところを現行犯で逮捕されたキャロリンの四人は、現在バラバラに貴族牢に入れられ、騎士たちによる尋問が行われていた。ちなみに素っ裸のキャロリンは、シーツでぐるぐる巻きにされている。







「違います! 王子殿下に薬を盛るなど、そんな恐れ多い事をする訳がありません!」


「お前が買収したキッチンメイドから証言が上がっている。配膳用テーブルの左端から三番目のトレイの白ワインに、渡された瓶の中身を滴らせと言われたとな」


「それは・・・その、娘とヨルン令息の恋を成就させる為で」


「メイドにもそう言ったそうだな。伯爵令息と子爵令嬢の秘められた恋を応援する為だと言われ、報酬を貰った。王子殿下を狙っての事だと知らなかったと言っていた」


「そ、それは本当です! 私たちは決して王子殿下に薬を盛るつもりなどなく・・・」


「だが、実際その白ワインを飲まれたのはご歓談中だったトライスルフ第三王子殿下だ。幸い、殿下はひと口飲んで違和感を覚え、すぐにハンカチにワインを吐きだされて事なきを得た。だが、犯人を捕まえる為に敢えて休憩室に行かれ、騎士たちを潜ませてお待ちになったのだ。そこにまんまと現れたのがお前の娘だ。

 騎士たちの報告によると、ヤる気満々で、あっという間に全裸になってベッドに上がって来たらしいが」


「いや、あの、その」


「扉に印を付けた者からの証言もある。頼んできたのはキャンデール子爵、お前だとな」


「あ、ああ・・・ですが、殿下を狙ったのではないのです。私たちは決して王家に仇なすつもりは・・・」


「何と言い訳しようと結果は変わらない。第三王子殿下は媚薬を盛られ、お前の娘が休憩室で殿下に襲いかかろうとしたところを捕えた。お前たちの関与を裏付ける証言は多数で、証拠の媚薬入りの小瓶も押収済み。今は全商会に媚薬の購入記録を照会させている。まあ・・・どうせお前の名前が出てくるだろうがな」










 その頃、ヨルンは王族用の控え室の一つ、第三王子の為に用意された部屋にいた。



「ご協力に感謝します、トライスルフ第三王子殿下」


「よそよそしい敬称は止めてくれよ。これから君は、私の側近になってくれるんだろう?」


「ええ、そういう約束ですからね」



 ヨルンと第三王子は最終学年でクラスメイトだった。ヨルンが飛び級した二年目のクラスで一緒だったのだ。


 優秀なヨルンに目をつけた第三王子は、何度かヨルンに側近の打診をしていた。出世に興味がないヨルンは、普通の文官でいいと断ったのだが、今回キャンデール子爵家がラエラに手を出してきた事で怒り心頭に発し、側近を引き受ける事を交換条件に協力を仰いだ。


 トライスルフはすぐ同意した。


 だって基本的に、ヨルンのすぐ横で歓談していればいいのだ。後はヨルンの付き添いで休憩室に行った後しばらくこもるだけ。もちろん室内には騎士を数名潜ませ、すぐに不埒者を捕えられる状況にした上で。


 あとは一枚、トライスルフのハンカチを貸した事くらいだろうか。



 媚薬入りの白ワインはヨルンに渡されていた。そして、ヨルンはそれを口に含む事なくハンカチに染み込ませた。

 空っぽのワイングラスと媚薬入りワインが染み込んだハンカチを隣にいたトライスルフに持たせれば、『媚薬を盛られた第三王子』の状況証拠の出来上がりだ。


 トライスルフはそれらの証拠品を速やかに近衛騎士に渡し、気分が悪くなったふりをして休憩室の一つに行く。ヨルンによって既にこちら側に引き入れていた、扉に印をつける役目の使用人は、中に残ったのがヨルンでなくても、打ち合わせ通りに扉に印をつけた。


 休憩室のベッドの中で、トライスルフがいかにも『媚薬で苦しんでます』的な呻き声をあげていると、誰かが扉を開いて入って来た。

 せめて誰が寝ているのか確認すればいいものを、侵入者はさっさと服を脱ぎ始めた。そして、ギシ、とベッドに上がってくる。上等なベッドが大きく軋む音を立てる程の重量の持ち主は、嬉しそうに勝利宣言をあげながらデューベイをはぎ取った。



『ぎゃっ、ぎゃあああぁぁぁぁっ!』



 相手を見て叫び声を上げたのは―――キャロリンではなく、トライスルフだった。



 ぷくぷく巨体のご令嬢が、目をギラギラさせ、ニヤつきながら、すっぽんぽんで上から見下ろしているのだ。それなりに女遊びを嗜んでいた第三王子だったが、不覚にも、そう、演技ではなく本気でビビって叫んでしまった。


 もちろん、すぐに潜んでいた騎士たちにより、キャロリンは押さえ込まれたのだが。




「・・・それにしても、意外だったよ。あんなに私の側近として働くのを面倒がっていたヨルンが、たとえ醜悪令嬢とその一家を断罪する為であっても、私に協力を仰ぐとはね。君なら一人で何とかできるだろうに」


「最初はそのつもりでした」



 そう、しつこくヨルンに求婚して来たり、グスタフに声をかけたりした辺りまでは、自分で何とかするつもりだった。その為の計画も立てていたし、それが実行不可能になった訳でもなかったのだ。



 ―――ただ。




「僕のラエラさまに手を出してくれやがりましたからね。速攻で家が潰れる方法に変えたまでです」



 ヨルンが立てていた計画は、令嬢と子爵当主のみに罰が下るものだった。

 そこに後から手に入ったグスタフを処罰要員として投入したとしても、平民のグスタフでは密かに処理されてしまえばそこで終わりで、大したダメージにならない。

 かと言って、今から更に手を回しても、子爵家を弱らせるのに数年かかる。それではヨルンの気がすまないのだ。とにかくすぐにあの家を潰したかった。



「それに、ラエラさまを守るのに力はあるに越した事はないと、今回の件で実感しましたから」



 ヨルンの愛しの人に一体なにをしたのか、詳細を聞かされていないトライスルフ第三王子だが、キャンデール子爵家も馬鹿な事をしたものだと呆れた笑いを浮かべた。













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