結婚前の一波乱 ⑦



「グスタフと連絡が取れないって、どういう事ですか?」


「そのままの意味だ。7日前に連絡が途絶えた。騎士団も欠勤しているそうだ」


「家は」


「見に行かせたが、もぬけの殻だった」



 深夜の人払いをした執務室。


 二人きりでヒソヒソと話をしているのは、この屋敷の当主であるキャンデール子爵とその息子ヒクソンだ。


 グスタフにラエラを襲うよう指示した当人であるこの二人は、成功の知らせを今か今かと待っていたが、指示してからひと月後、未だ何の知らせもない事に焦っていた。それでグスタフの動向を調べてみたら、行方不明になっていたのだ。



「失敗したのでは? 我々の事を話されたら厄介ではありませんか?」


「平民の証言だけでは貴族を裁けない。それよりヒクソン、他の手を考えるぞ」



 父子爵の言葉に、ヒクソンは悩む素振りを見せた。ヒクソンの妹が次期ロンド伯爵、つまりヨルンに懸想し結婚を熱望しているが、ヒクソンは父親ほど妹を溺愛していない。そろそろ引く頃合いではないかと思ったのだ。



「キャロリンには諦めるよう言い含めた方がいいのではないですか? 仕事面の融通だったら、同業のゴードン男爵家と縁を繋いで共同事業にしてもいい訳ですし」


「それではキャロが可哀想だろう。食事が喉を通らないほど悲しんでいるんだぞ」


「その分、菓子を食べてますよ」


「薄情な事を言うな。いつもなら菓子も食事も平らげてるじゃないか」



 愛娘のふっくらコロコロ加減をこよなく愛しているキャンデール子爵は、嫡男の提案を一蹴した。

 キャンデール子爵家がヨルンに狙いを定めているのは、彼が娘の想い人である事と、現ロンド伯爵の役職に理由があった。


 財務管理部に勤める伯爵と縁つながりになる事で、税務上の優遇を受けるつもりなのだ。要は脱税、つまり不正である。


 ロンド伯爵がそれをすんなり引き受けるような人物ではない事も、爵位をヨルンに引き継いだ後は森の家に自主的に幽閉されるつもりでいる事も知らないキャンデール子爵の馬鹿で独りよがりな計画だった。



 もし、この時点で引き返していたら。


 当人たちの罰だけで、子爵家そのものは無事だったかもしれない。


 けれど、キャンデール子爵は止まらなかった。ヒクソンも最後には父の計画に同意した。


 なにしろヨルンとラエラの結婚式はふた月後に迫っていたのだ。立ち止まってゆっくり思考する時間など、子爵たちにはなかった。








 この時から半月後、王城での夜会で事件は起こった。



「いいか、キャロ。ヨルン殿の飲み物に媚薬を盛った。使用人が案内した部屋の扉に印を付けさせたから、今から行って既成事実を作って来なさい。そうしたら愛する人はお前のものだ」


「分かりましたわ!」


「頑張っておいで」



 キャロリンは、喜びと期待に胸を膨らませ、小さな印が付けられている扉をそっと開けた。


 灯りが落とされた室内の奥、膨らんだベッドの中から苦しそうな声が聞こえる。



 媚薬で辛い思いをしているのだろう、早くこの体で慰めてあげなくては、そう思ったキャロリンは、足早に奥のベッドに向かうとドレスを脱いだ。今夜のこの計画の為に、前ボタンを外せば簡単に脱げるドレスを着てここに来ている。準備は完璧で、全てが計画通りだった。



「最初から素直に私の求婚に頷いてくれたらよかったのに、余計な遠回りをしてしまったわ。けど、これで元通りね」



 ドレスも下着も全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿になったキャロリンは、嬉しそうに笑いながらデューベイをめくった。










 ~~~

 一波乱とか言って、ぜんぜん一つじゃない・・・(-。-;




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