「それが十か月くらい前でしょうか。リンダもバイツァーもかなり頑丈で、まだ元気にしてますよ。日々医学の進歩に貢献してくれています」


「そ、そうなのね」



 ここ数年、アッシュやリンダの姿を全く見かけないとは思っていたものの、ロンド伯爵邸どころか王都にすらいなかったとは。しかも今はどこかの研究所の一室で寝たきりだと言う。誰も姿を見ていないのは当然だった。



「・・・それで、その、アッシュは?」



 聞くのが少し怖いような気もするが、聞かないままでは、きっとずっと気になってしまうだろう。

 そう思ったラエラが恐る恐る尋ねると、ヨルンは肩を竦めながら言った。



「今も森の家にいます」


「森の家・・・って、開拓をしていたというあの?」


「そうです」



 それが、ロンド伯爵が望んだ罰だった。


 リンダやバイツァーと同じ医療研究用の被検体になるのではなく、あの森の家に一人きり、そう、たった一人で暮らすように伯爵はアッシュに命令した。掃除や炊事洗濯などを受け持っていた使用人たちを、森の家から全員去らせた上で。


 野菜や果物、肉や魚などの食材は週に一回、森の家に届くものの、それ以外の援助は一切なしだ。

 ご飯作りも洗濯も、顔を洗い髪をとかすといった些細な事さえ、アッシュの為にする人はいなくなった。全部全部、アッシュがやらない限り、窓一枚開かないのだ。


 ほんのひと月かふた月で、森の家は汚れ、異臭を放つようになった。アッシュはそこで、薄汚れた服のまま生活している。そのせいか、放蕩の三年で巨漢になった体も、今はかなりスリムになった。


 それでは嫌気がさしたアッシュが森から出てきてしまうのではないか、とラエラは思ったが、見張りの私兵を要所要所に配置していると返答があった。 



「それに、あと一年もしたら兄上も寂しくなくなると思いますよ。父と母もその森に移る予定でいますから」



 現在、その森にもう一軒、アッシュが住む家の近くに建てていると言う。


 18歳になり、ヨルンが法的に爵位を継承できる年齢になったら、ロンド伯爵夫妻はヨルンに爵位を譲った後で、森の家に移る。


 自主的な幽閉―――それが、夫妻が自身に科した罰だった。



「父も母も、とても後悔しているそうですよ。迂闊に人を信じてしまったせいで、ラエラさまを酷く傷つけるような事態に発展させてしまったと」


「そんな・・・わたくしはもう吹っ切れてますわ。それよりヨルンさまです」


「僕?」



 ラエラは、こくりと頷いた。


 伯爵夫妻が自責の念に駆られるのは分かる。彼らは止められる立場にあったのだ。

 当主として、きちんとけじめをつけたいのだろう。


 けれどそれでは、ヨルンはどうなるのだろうか。18歳で伯爵家当主となると同時に、親しい家族が全員周りからいなくなってしまう。それはあまりに心細いのではないかとラエラは思ったのだ。



「・・・わたくしは」



 ラエラが巻き込まれたと言うのなら、ヨルンだってそうだ。彼は最初から最後まで、リンダとは距離を置いていたのだから。



「わたくしは、ヨルンさまが心配ですわ。だって、もしおじさまたちが森に移ってしまわれたら、ヨルンさまはひとりになってしまいます」



 ラエラの言葉を聞いて、ヨルンは驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。



「・・・では、僕があの屋敷でひとりにならないよう、ラエラさまが助けてくれませんか?」





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