決めつけ
「君は強いひとだから、きっと良き妻になってくれると思う」
縁談を申し込んで来たのは、ラエラと同じ時期に学園に通っていた令息だった。名はグスタフ・ケイシー、子爵家の三男だ。
同じ学年でもクラスは違っており、互いに顔と名前を知っている程度の間柄だ。同学年だから、当然グスタフもアッシュやリンダの事を知っていた。
継ぐ爵位がないグスタフは、騎士として身を立てるべく騎士団に入り、今年、騎士見習いから平騎士になっている。
出自は貴族でも本人に爵位がない現状で、普通ならば結婚相手は平民女性から探すところだ。だが、ラエラは貴族令嬢でも経歴に傷があり今も未婚。だから可能性があると考えたのだろう、堂々と申し込んできた。
「ラエラ嬢は、婚約者でない女性を連れ歩くアッシュの前でも常に凛としていた。強い女性だと感心していたんだ。俺は騎士だから、職務上、家を不在にする事が多くなる。でもラエラ嬢のように強いひとなら、妻として俺をしっかり支えてくれると確信している」
『強いひとだから』―――ここでまたその言葉を聞くとは、とラエラは苦笑した。
同じ言葉で婚約が壊れたり申し込まれたりで、なんとも奇妙な気分になる。
きっと誉めてくれているのだろうが、嬉しくないのは既視感ゆえか。
「ラエラ嬢に今のところ結婚の意思がないとは聞いている。だが、どうか一度、俺との事を考えてみてほしいのだ。君も、このまま独身でいたい訳ではないだろう?」
「それは・・・」
ラエラはもうすぐ20歳になる。貴族令嬢の結婚適齢期としては折り返し地点を過ぎてしまった。
確かに、いずれ結婚するつもりでいるのなら、そろそろ決めるべきなのだ。適齢期を過ぎれば過ぎるほど、ますます足元を見られ、条件が悪くなっていくだけだなのから。
―――そうよね。もし、いずれ結婚するつもりでいるのなら・・・
今回の縁談について、ラエラの父は、受けろとも受けなくていいとも言わなかった。以前の約束を違えるつもりはないようで、ラエラの自由だと言うのだ。ただ、縁談の相手がラエラの全く知らない人物ではなかったので、取り敢えず会う事になっただけで。
「俺は今は無爵だが、いずれ手柄を立てて騎士爵を得たいと思っている。職務に専念する為にも、ラエラ嬢のような、安心して家を任せられる妻が居てくれると心強い。どうか縁談を受けてくれ」
―――ここで、不意にラエラの脳裏に、ある人の顔が浮かぶ。
こんな時にどうして、とラエラは思った。
5歳も年下の、もう2年近く言葉も交わしていない人の、あの日ラエラに向けてくれた心配げな顔が、どうして今。
もうそろそろ潮時だと、ラエラも分かっているのに。
今はラエラに職があり、父も理解を示してくれている。でも、それがずっと続くとも限らない。この先の人生を女ひとりで生きていくのは、きっととても大変だ。
だから、頷くべきだ。
家はラエラに任せ自分は仕事に邁進すると、ラエラならひとり家に残しても何の心配もないと言う、
そう、きっと頷くべきなのだ。
「・・・グスタフさま。わたくしのような者を評価してくださり、ありがとうございます」
「ラエラ嬢、では」
「ですが」
承諾しようと思って、けれど続いたのは、ラエラ自身も意識していない言葉だった。
「わたくしの心の中には、未だ忘れられない人がおりますの」
言って自分で驚いた。
だが同時に、これでいいとも安堵した。
他に思う人がありながら別に婚約者を持つ、それではアッシュの不実な行動と変わらない。グスタフにも失礼だ。
―――まずは正直に話して、何かを決めるとしてもそれからだわ。
「ですから、わたくしにはもう少し、気持ちを整理する時間が・・・」
「なるほどな」
不快げに眉を顰めたグスタフが、ラエラの言葉を遮った。
「そういう事か、ラエラ嬢はまだ・・・」
「え・・・?」
「ふん、なんだ、俺の見込み違いか」
グスタフが、ぼそりと吐き捨てるように言った。
「強い女と思っていたが、実はこんなに女々しいとは。失望したよ、縁談はこちらから断らせてもらう」
「・・・っ」
その言い様に、腹が立った。
『強いひとだから』
『強いひとだと思ったのに』
勝手に決めつけて言葉を投げつける態度にうんざりして、ラエラは椅子から立ち上がった。
そしてテーブル越しに、グスタフを見下ろすようにして口を開く。
「そちらから断るも何も・・・そもそも、話をお受けしてもいませんが?」
「なっ」
「それから、わたくしを女々しいと仰いましたが、わたくしは元より女。女々しくて当たり前ですわ。一体なにを勘違いして、そんな事を仰ったのかしら」
―――もういいわ。
何が常識的な行動かなんて、もう気にするのは止めるわ。
だって、わたくしに自由に生きてほしいって、そう
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