一輪の薔薇の花言葉
「びっくりするくらいロンド伯爵家から何も聞こえてこないから、こっちが驚いているのよ。あの二人、あなたにあんな事をしておいて、一体どういうつもりかしら」
親友のアナベラが、祖母である前ラムナスハルト公爵夫人の別邸にラエラを訪ねてきた。
ラエラの休憩を待ってテーブルに着いた二人は、暫くの間、お茶を飲みながら互いの近況を語り合う。やがて、話題はアッシュとリンダへと移っていた。
リンダの妊娠について聞いた時、アナベラもラエラも、あの二人が学園卒業後すぐにでも結婚式を挙げると思っていた。
アッシュはロンド伯爵家の嫡男だ。リンダも伯爵夫妻に気に入られている。なのに二人は、卒業式を欠席して以降、一切
いや、アッシュとリンダというか、ロンド伯爵家そのものが今、社交を控えている状況にある。去年、ヨルンの14歳の誕生日パーティが開かれなかったのも、その一つだったようだ。
と言っても、王城勤めの文官であるロンド伯爵はきちんと毎日登城しているし、15歳になったヨルンは学園に入学している。
ただ伯爵は夫人共々、茶会夜会などは全て欠席している。アッシュに至っては、卒業と同時に文官見習いになる筈が、一度も登城しないままに辞職した。
なにより結婚だ。アッシュは自分の子を妊娠したリンダの為に、ラエラと婚約破棄した筈だ。
なのに。
学園を卒業してから一年と七か月。未だ、二人は結婚式を挙げていない。
「入籍だけひっそりしたのかしら・・・? でもそんな感じでもなさそうなのよね。ラエラは、ロンド家の弟くんから何か聞いていないの?」
「わたくしも知らないのよ。ヨルンさまとも、あれきり連絡を取っていないし」
「そうなの? 家同士の交流は、もう難しいかもしれないけれど、ラエラのお父さまだったら、弟くんとの遣り取りは許してくれるかと思っていたのに。ほら、前も手紙を預かって渡してくれたって言っていたでしょう? だから、誕生日とか新年とかのカードの遣り取りくらいはあるのかと」
「・・・そういう遣り取りもしていないの」
ヨルンに渡せなかった誕生日の贈り物は、今年で二つになってしまった。綺麗な包紙にリボンを付けたそれは、ラエラの机の引き出しの中で、来るかも分からない出番を待っている。
ラエラの誕生日にも、ヨルンから何か送られてくる事はなかった。
少なくとも、彼の名が付されたものとしては。
―――あれがきっとそう・・・だなんて、自惚れも甚だしいかしら。
アナベラの話を聞きながら、ラエラはそっと目を伏せた。
誕生日の日。
ラエラの部屋には、深紅の薔薇が一輪挿しに入れて飾られていた。
芳醇な香りの美しい大輪の薔薇だった。自邸の庭では見た事がない、珍しい品種で。
不思議に思って侍女に尋ねてみれば、今朝がたテンプル伯爵邸に届いたものだという答えが返ってきた。
送り主の名がなく、受け取った使用人がテンプル伯爵のもとへ聞きに行ったところ、ラエラの私室に飾るようにと指示されたのだとか。
父のその対応をラエラは不思議に思うも、深く追求する事はしなかった。したとしても、父は答えてはくれるまい。そうだったら、最初から教えてくれている筈。
だから、あの薔薇の送り主の正体は、ただのラエラの願望だ。
だったらいい、と、胸の奥底で温めているだけの。
―――だって一輪の薔薇の、その花言葉は―――
「ちょっとラエラ、何をぼんやりしているの・・・って、あら? なんだか顔が赤いわよ?」
アナベラに顔を覗きこまれ、ラエラはハッと現実に帰った。
「な、何でもないわ。少し日差しがキツいのかしら。日傘の角度を変えるわ。アナベラは大丈夫?」
「私は平気よ」
立ち上がり、日傘を少し傾けるラエラに、そう言えば、とアナベラが口を開いた。
「私の従兄弟も今年入学だったのだけれどね、あの弟くんの話をしていたわ。入学以来、ずっと首席をキープしてるんですって」
「・・・っ」
先ほど頭から追い出したばかりの人の話題に、ラエラは自分でも驚くほどに動揺した。
―――変化に慣れてきたような、まだまだ慣れていないような。
そんな毎日を過ごしていた時だった。
ラエラに縁談が来たのは。
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