第6話 夢現の言葉
「ふ〜ん…あっそ。でも私の考えは変わらないよ。私は痴漢をしたような人間が兄だなんて絶対に嫌だから。」
「そこを私が強制したりはできないので、なにも言いません。それよりもご両親はいつ返ってくるのでしょうか?」
俺は翔太の体調のことも考えて、なるべく早く切り上げたいと思っていた。しかし翔太のご両親がいなければ話を始めようにも始められない。
「あ〜お母さんとお父さんね。多分後数分もすれば帰ってくるよ。」
「そうですか。」
俺はそう言って玄関から一度外に出た。どうもあの家の中に居ると気分が悪くなる。気分が悪くなる原因は明らかで、翔太の妹…彼女の言動のせいなのだろうと俺は思っていた。
あんな言葉を1年も言われれば、心は疲弊しているだろう。頭痛もあるようだし、これは一度病院に連れて行ったほうが良いんだろうな…でも俺が勝手に病院に連れて行くのは駄目なんじゃないか?
俺は悩んだ末に、両親の許可を得て合意の上で行うことにした。だが合意をする以前に翔太の両親が帰ってこなければ話をすることもできない。
数分が経った頃だろうか…翔太の母親らしき人がこちらへと向かってきた。家の前に止まっている俺の車に驚き続けて俺に向けて厳しい視線を向けながら話しかけてきた。
「貴方誰?どうしてこんなところにいるの?」
「翔太のお母さんですか?私はこういうものです。」
俺はすぐさま名刺を取り出し、翔太のお母さんらしき人物に手渡した。翔太のお母さんらしき人物は『ご丁寧にどうも』といった後、弁護士であることに驚いている様子を見せた。
「貴方…弁護士なの?」
「えぇ。というか何度かお会いしたことありますよ。わたしの名前覚えがありませんか?」
「魁戸…あぁもしかして小学生の時に案内してくれたあの子?」
「えぇそうです。」
「なんだ〜それならもっと早く言ってくれれば良かったのに‼中に入って‼外にいたら寒いでしょ‼」
俺は再び家の中に入った。先程まで座っていた椅子に再び腰掛け、翔太の母親と話をすることにした。
「それで?急にどうしてここに来たの?」
「翔太くんについてです。俺は翔太の事をたくさん知ってます。あいつが小学生の時から中学を卒業したあの日も全部知ってます。翔太が今回事件に巻き込まれたと知って、正直冤罪だと思っているんです。」
「どうして?貴方は現場に居合わせたってわけじゃないんでしょ?それだったら下手に介入するのはやめたほうが良いわ。それにもうお父さんが慰謝料として払っちゃってるしね。下手に介入しないでほしいわ。」
「…慰謝料ですか?」
「えぇそうよ。まさか翔太があんな事をするような子だったとは思わなかったわ。」
「あなたは翔太の母親なんでしょう?だったら子供の事を信じてあげてくださいよ。翔太は誰にも信用されてないって苦しんでるんですよ?」
「自業自得よ。あの子が悪いのよ。」
俺は小さくため息を付きながらも、話を続けた。
「…あなたは翔太の事どう考えてますか?」
「どうって言われてもねぇ…邪魔とだけ言っておこうかしら?あの子のせいでこんな迷惑を被るようだったら、あんな子いらないわ。」
「貴方はそれでも母親ですか‼子供の事を庇おうとか考えないんですか‼」
「だから、私はあの子がしたって正直思ってるのよ。当事者じゃないのに口を挟まないでくれるかしら?それなら何?貴方があの子のことを庇うって言うの?」
「えぇ庇いますとも‼私にどれだけの被害が出ようとも、彼とは友達です。友達である以前に困っている人は見捨てられないんです‼」
「ふ〜ん…あなたってお人好しなのね。まぁ良いわ。それじゃあ翔太の事を連れてってくれない?」
「翔太のことですか?」
「えぇそうよ。弁護士さんなら知ってると思うけど、未成年者誘拐とかたしかあるでしょう?そういうので訴えたりしないから、一生預かってくんない?」
「…それは本当ですか?」
「えぇ本当よ。もし心配なら誓約書書きましょうか?」
俺は眼の前に居る女性の事をどこか掴めなかった。なんというか闇を感じた。俺は後日誓約書を届けると言って、この場を去ることにした。予想以上に扱いにくい人物だと再度認識することができただけでも幸運だった。
「…それともう1つ…彼を病院に連れて行ってもいいですか?」
「どうぞ好きにしてください。あの子のこともう関わりたくもないから、後は頼んだわ。」
俺はその言葉を聞いてすぐに車へと戻った。しかしここで俺は翔太の異変に気づいた。どこか翔太は怯えているようだった。俺が翔太に声をかけてもなにも反応しない。
「大丈夫か?翔太?」
俺は思わず体を乗り出して、後部座席に座る翔太の事を見た。よくよく見ると服が少し濡れていた。もしかすると俺が家に入った後、ついてきたりしたのだろうか?それで会話の内容を…いやそんなはずはない。ただの見間違いだろう。
この車の中から翔太は出てないと俺は信じることにした。しかし翔太はガタガタと震えながら、たしかにこうつぶやいた。
「父さん…母さん…どうして俺の事を…信じてくれないの?」
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