二人の仲を名前が隔つ

そうざ

Words Separate the Two of Us

「どう? これ、買ったばかりなの」

 和名子わなこが片足をの字に曲げて指差した。

「お洒落なブ……」

 僕は危うくブーツと言い掛けて飲み込んだ。

「お洒落なだね」

 一ヶ月振りの和名子は、相変わらず美しい。何なら更に垢抜けて見える。俺と会っていない時間に何が起きているのかとつい勘繰ってしまう。

「早速、小試験をしましょうね」

 和名子が含み笑いで帳面ノートを取り出した。

「またか。貴重な時間を小テス……試験なんかで潰したくないよ」

 和名子とは、交友マッチング申請・アプリで知り合ったその瞬間に相思相愛になった。なのに、程なく離れ離れを余儀なくされてしまった。正に僕達は悲劇の恋人同士カップルだ。

「最初の三問は復習よ。先ずはこれ」

 いつものように、和名子が自ら描いた絵がお目見えする。稚拙なタッチの戦車の下、キャタピラの部分に矢印が向けられている。

「無限軌道」

「正解」

「何ヶ月か前に君に叩き込まれたから」

「次はこれ」

かみつづり

「正解」

 ホチキスの絵だった。正式にはステープラーと呼ぶらしいが、この際どうでも良い。

「なぁ、他の話をしようよ」

「じゃ、これは?」

 そう言うと、和名子は上着のボタンを外し、ワイシャツの左胸を指差した。ワイシャツは第三ボタンまで外されていて、胸の谷間だけでなく、派手な下着の存在まで判った。思わずと即答しそうになったが、問われているのはブラジャーではなく、左胸にあるポケットの事らしい。

「……あぁ、えぇと、何だっけ」

「い」

「い? いぃ、い~、いいい……」

「衣嚢」

「そうだった、いのう、いのう」

「復習が行き届いてないわねぇ」

 これまでに和名子から色々と教わった。サッカーは蹴球、ラグビーは闘球、バレーボールは排球、バスケットボールは籠球――この辺りはもう楽に暗唱出来る。他に、チーズは乾酪かんらく、インセンティブは意欲刺激、レタスは萵苣ちしゃ、ビオトープは生物生息空間、ウィスキーは火酒、アジェンダは行動計画、フォークは肉叉にくさ――。

「次は新規の問題よ、先ずは食べ物、三連発」

 皿に盛られたご飯とルー。思わず腹の虫が鳴く。手作りの味に飢えている自分に気付かされる。

「ヒン……何かを」

「辛いわよね」

「うん」

「辛い汁が掛けられているご飯よね」

「うん」

「分かった?」

「う~んとぉ……」

「正解は、辛味入汁掛飯」

「はぁ、成程ね……からみいりしるかけめし、からみいりしるかけめし」

 帳面が捲られると、今度は皿の上に狐色の揚げ物。馬鈴薯ばれいしょ入り、と注釈が記されている。コロッケのようだ。またしても腹の虫が鳴く。僕はまだ和名子の手料理を食べた事がない。

「馬鈴薯入り……小麦粉包み……卵絡め……麦粉付け揚げ?」

「ブーッ。正解は、油揚あぶらあげ肉饅頭にくまんじゅう

 呆気に取られる暇もなく、四角い茶色の物体が提示される。キャラメルのようだった。

「えぇとぉ……砂糖」

「ふんふん、それで?」

「水飴、牛酪ぎゅうらく……えぇと」

「ふんふん、答えは?」

「……煮詰め、固め、立方体切り、甘塊?」

「ブッブーッ。軍粮精ぐんろうせい

 どっと疲れが増しながらも、残り時間の事が気になって仕方がない。

「三連敗よ。今回は特に成績が悪いわねぇ」

「もうめようよ」

「最後の問題!」

 パソコンの絵だった。

「個人用……電子計算機……?」

「惜しいっ。世界規模的情報通信網接続機能内蔵個人用電子計算機」

「分かるかっ!」

「おいっ、大声を出すなっ!」

 天井の拡声器スピーカーから監視員の声が飛んで来た。それが合図であるかのように、面会終了の警報アラームが鳴った。

「また一ヶ月後だけど、今度は塀の外で会えるなっ」

「……あぁ、一ヶ月後に釈放なのね。あっと言う間ね、半年なんて」

「僕には長いよ、長過ぎるよ、君に触れる事が出来ないなんてさぁ」

 思わず手を伸ばしたが、爪先は透明な合成樹脂板アクリル・プレートに遮られるだけだった。

「まだまだ精進が足りないようだけど、社会に出てやって行けそう?」

「大丈夫だよ、君にしっかり鍛えられたからっ」

 和名子は、鼻息の荒い僕に微笑で応えると、そそくさと帳面を仕舞って席を立った。

 あと一ヶ月の辛抱だ。和名子と暮らせるのならば監視社会だろうが何だろうが、こんな場所に拘禁されているよりどれだけ増しか知れない。

 合成樹脂板に取り縋っていると、和名子はドアを開けざまに間髪を入れず僕を振り返った。

「流れ星を言い換えると?」

「……シューティング・スター? あっ」

 警報が鳴り響く。拘禁期間が更に半年延びる事を予期させる音だった。

 和名子が口の動きだけで、シー・ユー・アゲインと言ってほくそ笑んだ。

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