舞踏会が終わるその前に

鬼郷椿

舞踏会が終わるその前に

リンショウ帝国の皇女、セレナ。月の女神のような美しさを持つと言われる少女だ。

私がその帝国一の美少女だ。


だが、それは嘘だ。実は、姉の噂が間違えて私として伝わってしまったらしいのだ。おかげで、セレナと名乗ると、幻滅される。これで、何度私の恋が潰えたことか。

「セレナ。朝食よ。」

こちらが、正しい帝国一の美女であり姉のリイナだ。

「はい、姉様。」

関係は良好。ただ、少し溝を感じる部分もある。

「セレナよ。お前、皇女としての自覚はあるのか?パーティーにも参加しません、体調不良です。ばかりではないか。お前かリイナの夫が次代の皇帝となるのだ。真面目に婿探しをせぬか。」

「申し訳ありません、父帝陛下。」

私は、母譲りの紫の瞳に影を落とす。


リイナとは、腹違いの姉妹だ。他に兄弟はいない。

リイナは、皇后の娘で、母親譲りの輝くような黄金の髪と父親譲りの藍色の瞳を持つ絶世の美女だった。本当に、月の女神はこのくらい美しいのだろう。

対する私は、下から三番目くらいの側室の娘で、母親譲りの銀色の髪と紫の瞳だ。父親から受け継がれたものは何もない。似ていないね、と言われることは多かった。実際、私を軽んじている人しかいないのは明白だ。

「これだから、側室の娘は。」

皇后、じゃなかった。母后陛下の口癖だ。

「申し訳ありません。」

「なんでも謝れば済むと思っているのかしら?やはり、母親譲りの頭の悪さね。あなたの母親も、何か言えば決まってごめんなさい、申し訳ありませんって。不愉快だわ。」

「申し訳ありません。」

「あなたはそれしか言えないの?」

ここには、私を庇ってくれる人はいない。

「落ち着け、カルラ。とにかく、明日の舞踏会には参加しろ。ただし、お前が踊っていいのは爵位を持つものだけだ。わかったな?」

「承知しました、父帝陛下。」


私は、晩餐に出る料理の味を感じたことがない。

いつも、罵倒を浴びせられながら食べているから。

結局、その後もひたすら沈黙が続いた。私がいなければ、と思うことは多い。明日はきっと、笑顔あふれる賑やかな食卓になることだろう。


そして次の日、私は舞踏会に参加した。

「第二皇女セレナ様のおな〜り〜。」

これが嫌なのだ。次はいっそ仮面舞踏会にしようか。

みんなの視線が集まる。そして___。

「あれがセレナ様?月の女神もかくやという?」

「まるで皇帝陛下に似ていないな。」

「不義の子なのでは?」

「なんていうか、地味ね。正直、期待外れ。」

という声が集まる。ひどい。全部聞こえているのに。

「皇女殿下、本日もご機嫌麗しゅう。」

ジェリス。この間リイナにふられた奴。宰相の息子。

「ご機嫌よう、ジェリスさん。」

そっけない対応だとは思う。でも、好みではないのだ。

「それでは、失礼します。」

無言で頷く。

攻略できる気配なし、と言ったところか。要するに、女を金づるとしか見ていない奴なのだ。ろくでなし、遊び人と言われるのも納得できる。

せめて、まともな人と結婚したい。

とにかく、誰も話しかけてくる気配がないので、今日も壁の花を貫くとしようか。いつもそうだし。


「あの、セレナ皇女殿下、ですよね。」

話しかけてきたのは、いかにもデビューしたてという感じの子だった。

確か、ルバートという少年だ。グランツ伯爵のご子息で、先日辺境伯の位を賜っている。

「はい、私が第二皇女セレナですが。」

「あの、俺と、踊っていただけませんか?」

正気じゃない。この私と踊るなんて。

「私は構いませんが、その、あなたはいいんですか?」

正直言って、とても眉目秀麗な人だ。私なんかより、よっぽど似合う人がいるだろう。

事実、多くの女性が彼に目を奪われている。

「えぇ。ぜひ、あなたのような麗しい方にご一緒していただきたい。皆が口を揃えて期待外れだ、とか言っているが、理解できないな。私は、リイナ殿よりあなたの方が断然好みだ。」

いや、本人の前で言うなよ。胡散臭いな。

「私も、あなたのような綺麗な人とご一緒できれば嬉しいですわ。」

正直、人前で踊るのは久しぶりだ。胸が高鳴る。

ちょうど、流れていた曲が終わる。

「ちょうどいいですね。踊りましょうか。」


次の曲は、ワルツだった。彼とステップを踏む。

彼の顔が間近に迫っている。本当に、作り物のような美しさだ、と思う。白い肌に、銀色に煌めく少し長めの髪を後ろで一つにまとめたもの。そして、まるで地に堕ちてしまった月のような金色の瞳。

私は今日、特に珍しい服は着ていない。髪と同じ銀色のマーメイドドレスを着ていた。それなのに、周りから感嘆の声が上がる。

「あんなに綺麗な方だったか?」

「あそこだけ、次元が違うわ。」

そんな声が聞こえる。私も、そう思っていた。

彼が、私を美しく見せてくれている、そう思った。


この時間が、永遠に続けばいいと思った。


でも、幸せな時間はあっという間に終わってしまう。

曲が終わり、お互いに多くの人から次の相手を迫られる。私たちは、名残惜しそうに互いを見つめ、そうしてから離れていった。

その後、私は数名の人と踊ったが、どれも楽しくなかった。彼のことが頭から離れない。


それは、数日経ってもなお終わる気配がなかった。

目を閉じれば脳裏に浮かぶのは彼の顔。夢で見るのは彼と踊ったあの日のこと。全ての思い出が上塗りされ、彼のことしか考えられなくなった。

何度も何度も、舞踏会に足を運ぶようになった。そして必ず、彼とダンスを踊った。

どちらともなく近づき、踊った。その時間が、幸せだった。


だが、そんな日々もある日、終焉を告げた。

彼が、とても美しい女性と話をしていた。しかも、とても楽しそうに。私は、彼と会話をしたことがないのに。

私にはむけてくれない笑顔が、そこにはあった。


それからともなく、私は彼を避けるようになった。舞踏会に足を運ぶ頻度も少なくなり、また元の引きこもりの生活に戻った。

次に私が部屋を出たのは、父帝陛下に縁談があると呼び出された時だった。

いきなり相手と会えなんて、本当に性格がお悪い。


「失礼致します。第二皇女、セレナ・リール・リンショウです。本日は、どうぞよろしくお願いします。」

美しい礼をしてみせる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

聞き覚えのある声が耳に入り、顔を上げる。

そこにいたのは、とても美しい人だった。そしてその顔は、とても優しい、慈愛を含んだ微笑みに包まれていた。私は、その人をよく知っていた。

「ルバート、さま?」

「ふふっ、本当に、いい反応をしてくださる。まったく、せっかく舞踏会に足を運んでもあなたがいらっしゃらないから、こうして強硬手段に出るしかないじゃないですか。簡単じゃないんですよ。」

正直、何がどうなっているのかわからない。


相手は、次期宰相で伯爵の人だと聞いた。

「ルバート様が、私の縁談のお相手ですか?」

彼は、辺境伯ではなかったか。

「あなたが舞踏会から忽然と姿を消してから一ヶ月の間に、頑張ったんですよ。会えないなら、妻にしてしまえばいい。そうすれば、ずっと眺めていられる。だから、次期宰相や伯爵の名をもらえるように頑張りました。」

私の、ために____?

「でも、あなたは素敵な婚約者さんがいるのでは?」

「なんのことですか?私には婚約者はいませんが。」

「あの日、私が最後に舞踏会に行ったあの日、綺麗な女性と一緒に会談なさっていたではありませんか!それも、とても楽しそうに。」

「それは、嫉妬ですか?」

わかっている。醜い嫉妬なのだと。

ふふっと笑い声が聞こえる。

「彼女は、私の妹ですよ。避けられていると思えば、そう言うことだったんですか。紹介しておくんだったな。」

妹。しばらく、言葉の意味が理解できなかった。

でも、婚約者じゃない。


好きになってもいい。


それはわかった。

「改めて、私の妻になってくれますか?」

少し悩んだ。本当に、私が彼の隣に相応しいか。答えは、否だ。


でも、彼が望んでくれるのなら、その手を取りたいと、思ってしまった。


「私で、よければ。」

そうして、一人きりの生活は、二人の生活になった。

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