口噛み

牧太 十里

一 宅配便

 十月下旬。

「小田亮さんに宅配便で~す。新井慎司さんから蔵書の宅配便です」

 配達員は広辞苑ほどの紙包をカウンセリングルームに置いて立ち去った。


 新井慎司は大学時代の学友だ。卒業以来つきあいはない。

 包装紙を解くと、中から広辞苑の背表紙が見えるブックケースが出てきた。ケースから広辞苑を出した。広辞苑の本体は札束で手紙が添付してある。広辞苑と同等の札束が如何ほどの額になるか、想像ができるだろう。


「何だ?これは?」

 臨床心理士・古田和志が札束と手紙を目配せした。

 手紙には仕事の依頼が書いてあった。俺は古田和志に手紙の内容を説明した。

「本人を葬って欲しいとある。本人の日常生活と習慣が書いてある。

 あいつ、何を考えてるんだ・・・」


 新井慎司は大学時代から政治活動していた。当時、本人は政治の世界で身を立てるつもりだと話していたが、卒業と同時につきあいがなくなり、新井慎司が何をしてるのか、俺はまったく知らなかった。


「新井慎司って三田中代議士の個人秘書だろう?収賄事件で大変なんだろうな・・・」

「収賄事件って何だ?」

 俺は事件を知らなかった。


「三田中代議士の政府への口利きで、電力会社が送電網を完備した。電力会社は代議士に口利き料を払った。代議士の個人秘書が、口利き料を請求したことになってる」

 古田和志は淡々と説明している。

 そんなことで新井慎司が、自身の殺害を依頼するだろうか?有り得ない・・・。


「俺もそう思う。個人秘書の責任にするのは代議士の常套句だ。新井慎司は代議士に代わって罪を着せられたんだろう」

「事によると、この依頼、新井慎司自身の依頼じゃ無いかも知れない」

 俺はそんな気がした。


「新井慎司が収賄したと見せかけて本人を自殺させ、代議士は事件を逃れるということか」

 古田和志は納得したらしい。


「そういうことなら、この殺人依頼、仕掛けたのは代議士だ。実態を暴こう!」

 俺は断言して決断した。代議士側の人間に近づいて実態を暴露させよう。

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