灰かぶり姫はガイコツと共に眠る
碧絃(aoi)
第1話
「あの屋敷の娘は、ガイコツと一緒に眠っているらしいよ」
「本当に気味が悪い」
「死んでしまった、双子の兄のガイコツだと聞いたけど……」
「それにしても、ねぇ……。お兄さんが死んでしまって、頭がおかしくなったのかしら」
庭で花に水をやるリリー。近所の人たちが自分の噂話をしているのが聞こえてきたが、リリーは全く気にする様子はない。それどころか、口元には笑みを浮かべている。
リリーは腰の位置まである茶色の髪を、いつも三つ編みにしている。目の色は水色で特に珍しくはないし、服は毎日、飾り気のない黒のワンピースだ。
——なんで近所の人たちは、こんなにも目立たない私のことを気にするのかしら。
噂話が聞こえてくるたびに、不快どころか楽しくなった。
水やりを終え屋敷の中へ入ると、義兄のウィリアムが階段を下りてきた。
ウィリアムはリリーと同じ18歳でまだ若いが、両親が死んだ時に家を継いだので、ウィリアムが家の主人だ。金色の髪にサファイアのような青い瞳。美しい容姿をしているが、両親が死んだ事故にウィリアムも巻き込まれた為、顔に怪我を負っていた。今も傷跡が残る顔の左半分は、前髪を伸ばして隠している。
「リリー、今日はお客様が来るんだ。半年前の事故の件で、訊きたいことがあるらしい」
「分かりました。お茶の用意をしておきます」
リリーが客間を整えていると、呼び鈴の音がした。ウィリアムが言っていたお客様が来たようだ。
——事故の件、ね……。どんな人が来るのかしら。
そんなことを考えながら、リリーは玄関の扉を開く。
扉の前には、20代後半くらいに見える2人の男が立っている。1人は細身で背は高く、ベージュのロングコートを着ている。もう1人は小太りで茶色のスーツを着た男だ。
「グラント探偵事務所の、ジル・グラントと申します」
ベージュのロングコートを着た男は、帽子を取って会釈をした。
「私は助手のハロルド・ヘンダーソンです」
茶色のスーツの男も、会釈をする。
——2人は貴族のお坊ちゃま、という感じね。
微笑む2人に、リリーは一瞬、目を細める。
貴族の仕事といえば商人をしていたり、男なら軍に入っていることが多い。目の前にいる2人は、金持ちの道楽で探偵をやっているのだろう、と思った。
「この屋敷に住んでいらっしゃるのは、ウィリアム・レイナード伯爵と、義理の妹になるリリーさんの、お2人だけと聞いていましたが……」
グラントは手に持っている手帳を確認した後、上目遣いでリリーを見た。
——まさか、貴方は貴族ではないですよね? とでも言いたげな顔ね。
「……私がリリーですが」
「貴方が、リリーさんですか?」
グラントが目を大きくしたのを、リリーは見逃さなかった。
「メイドに見えましたか?」
リリーがにっこりと微笑むと、グラントとヘンダーソンは顔を見合わせた。
「いいえ、そんなことは……」
グラントは慌てて否定したが、完全に顔が引きつってしまっている。誰が見ても、リリーが言ったことが、当たっているのが分かる顔だ。
「いいんです。いくら養子だと言っても、伯爵家の令嬢が、質素な黒いワンピースを着ているとは思わないですよね」
「ははは……。でもご近所の方に話を伺った時に、メイドというか……貴方のことを『灰かぶり姫』と呼ぶ方もいました。貴方とお兄さんは、養子として迎え入れられてからずっと、使用人のようにこき使われていたと」
「まぁ、否定はしません。伯爵家といっても田舎の貧乏貴族なので、使用人など雇えないのです。だから私と兄が、必要な仕事をしていました」
「やはり、本当なんですね。その……恨んではいないのですか? 義理のご家族を」
——事故の件で、探りを入れているのね。
グラントの言葉に頬が緩んでしまいそうになったが、リリーは表情を崩さなかった。話す相手に、必要以上の情報は与えたくない。人間観察が好きなリリーは、ただ質問されたことに答えて、相手がどんな選択をするのかということに興味があるのだ。
「私は、引き取って育ててくれたことには感謝しているんです。孤児院に預けられてもおかしくはなかったのに、こんな広いお屋敷に住ませてもらっているのですから」
「そうですか……。この家はリリーさんにとっては、叔父の家ということになるんですよね?」
「えぇ。叔父様は、父の弟になります」
「それで……。養子に入った時に、遺産相続は放棄しているんですよね……」
グラントは手に持った手帳を見ながら
——あら、それはだめよ。ちゃんと相手の表情を見ながら話さないと、嘘をつかれても気付けないわ。
リリーがじっと見つめていると、グラントは顔を上げた。
「半年前に義理のご家族と、貴方のお兄さんが乗っている馬車が、谷底に落ちた事件で、リリーさんにもお伺いしたいことがあるのですが。あの時、貴方は馬車に乗っていなかったんですよね?」
「はい。私は屋敷でお風呂の用意をしたり、寝室を整えたりしていましたから」
「そうですか。あの事故では義理のご両親と貴方のお兄さんが亡くなって、義兄のウィリアムさんだけが生き残っていますが……。事故の件で、何か話を聞いていますか?」
「馬車がバランスを崩して谷底に落ち、その後でランタンの火が燃えうつったと聞きましたが」
「他には?」
「事故については私に訊くよりも、ウィリアム様に訊いた方がよろしいかと……」
「まあ、そうですよね。貴方が知っているのは、私たちと同じくらいの内容のようだ」
「……」
——呆れた…。自分で、私が何も知らないと決めつけてしまったわ。
グラントは手帳を閉じて、上着の胸ポケットへ差し込んだ。もうリリーに事件のことを訊くのをやめたようだ。
「それにしても、亡くなられたお兄さんのことは、残念でしたね……。双子だったのですから、余計に寂しいでしょう」
「いえ、今もそばにいてくれていますから」
「あぁ……。でも今は、ガイコツになっていらっしゃいますよ、ね……?」
グラントが引きつった顔で言うと、リリーは無言で笑みを浮かべた。まるで暗殺者のような、冷たい笑みだ。
「ひぃっ」と言葉にならない声が漏れたグラントとヘンダーソンの背筋を、冷たいものが這う。いくら双子の兄のものといっても、普通の貴族令嬢なら、ガイコツを見ただけで悲鳴を上げて逃げ出すだろう。2人には、リリーが変人にしか見えなかった。
——この娘とは、分かり合える気がしない……。
早く中に入りたかったが、グラントには近所で聞き込みをしていた時から、どうしてもリリーに訊きたいことがあった。
「あのぉ……。ちょっと、気になる噂を耳にしたのですが……。お兄さんのガイコツと一緒に寝ているというのは、本当ですか……?」
グラントは恐る恐る訊いた。
「ええ。まぁ一緒にというか、枕元に。眠っている間も私を見守ってくれていますよ」
「そ、そうなんですね。寝る時に隣にいるなんて……恐ろしくはないのですか?」
「恐ろしいだなんて思いませんわ。とても美しいと思っています。皆さんにも見ていただきたい程に。ご覧になりますか?」
リリーは口元を隠して上品に笑う。
「いいえ! 結構です!」
グラントとヘンダーソンは、慌てて首を横に振った。
——ガイコツが美しいなんて狂ってる!
そう思ったが、口には出さなかった。
これ以上話すのが恐ろしかったのもあるが、両親が事故で死んで、2人だけになってしまった兄妹。しかも双子の兄まで、同じように事故で死んでしまったのだ。1人残されたリリーがおかしくなってしまうのも、当然だろうと思った。
「あ、あの、ウィリアム伯爵は……」
早く終わらせたかったグラントは、早口で言う。
「ご案内します。どうぞ」
リリーは無表情のまま
急に屋敷まで不気味に見えてきたグラントとヘンダーソンは、顔を見合わせてから、リリーの後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます