ホワイトクリスマス
桔梗 浬
雪が降る
―― クリスマスって、誰かと過ごす日だって誰が決めたんだろう。
雪菜は大きなため息をつく。
そう、今日はクリスマスイブ。街はキラキラと幸せ色に染まる日。
本当なら暖かい部屋で桃花と女子会をする予定だった。
だからバイトも入れず、予約したクリスマスケーキを受け取りにここまできたのだ。でも約束は果たされず雪菜は受け取ったケーキを片手に、イルミネーションが点き始めた夕方の街を、1人歩いているのだ。
「こんなことだったら、バイトを入れた方がよかったな」
思わず雪菜の口から愚痴らしき言葉がこぼれた。
そんな雪菜の想いに応えるように、先ほどから降り出した雪が粒の大きさを変え、少し大きく重たさを増してきた。
空を見上げると、雪がヒラヒラと紙吹雪の様に舞い降り、雪奈の顔に当たる。地上から見上げる雪はまるで塵の様だ。
―― 何だろう、この気持ち。
すれ違う人たちは誰もが幸せそうだ。カップルが楽しそうに手を繋ぎ、微笑みあっている。まるでこの場所に二人きりかのように。
スマホをかざし寄り添い、満面の笑みを浮かべ写真を撮っているカップルたち。
いつも見る景色なのに、クリスマスイブという名前がつくだけで自分だけ置いていかれた気分になる。
雪菜はイルミネーションを抜け自宅へ急いだ。別に急ぐ必要もないけれど、雪もだいぶ降ってきたし早く帰って温まろうと思ったのだ。
帰宅途中の公園もだいぶ雪が積もり、真っ白い絨毯が出来上がっていた。誰もここを通っていない証拠だ。
―― 綺麗だなぁ。汚いものも全部覆い隠してくれるみたい。
今年は暖冬だとニュースで言っていたのに、こんなに雪が降るのは想定外だった。「ホワイトクリスマス」のフレーズが、ネットでも地上波でも飛び交っているし、サンタさんは大忙しだ。
「綺麗……」
このまま部屋に戻るのも何となくつまらない。雪菜は「よいしょ」と言い、屋根のある西洋風あずまやに席をとった。座った角度から見る景色は真っ白な雪に覆われとても綺麗だ。
お尻の辺りからシンシンと冷たさを感じるけれど、それにも変え難い感動がここにあった。いつもは気づかず素通りしてしまう景色。こんなにも綺麗だったとは。
先ほど自分が通った足跡も、雪が降り積っていく。
「……」
この気持ちも全部真っ白に隠してほしい。雪菜はそう思いながら、徐々に真っ白くなっていく景色を眺めていた。
「今頃桃花は、匠くんと一緒か…」
雪菜は近くのテーブルにケーキを置いて、冷たくなった手にはぁ~っと息を吹き掛けた。
暖かい息が空気に触れて、白く広がって行く。白く広がった息が遠くでキラキラした気がして、何度もはぁ~っとしてみる。
「寒いわけだよね」
手を擦り合わせ、もう一度はぁ~っと息を吐く。
目の前はあっという間に白に染まり、手すりの上にもこんもりと雪の山が出来ていた。
今まで、特に独りを寂しいと感じたことはなかった。大学に通うために独り暮らしを始めた時には自由を満喫していたし、ソロ飯も全然寂しいなんて思ったことはなかったのに。
―― 何だろう、この気持ち。
雪は静かに降り積もる。
―― この雪の中に埋もれたら気持ち良さそうだな。
雪菜は雪の中にゆっくりと手を広げながらあずまやを出た。
広げた手のひらに雪の結晶がひらりと舞い降り、ゆっくりと溶けていく。
ふと地面をみると、そこには雪菜の足跡が真っ白な雪に点々と続いていた。「あぁ~、汚しちゃった」と、少しがっかりして空を見上げてみる。
冷たい雪が顔に当たる。顔に張り付いた雪の結晶が、溶けて流れ落ちた。涙みたいに…。
早く足跡を雪で隠して欲しい。そして今の自分も隠して欲しい。早く…真っ白く、お願いサンタさん。
雪菜はそんなことを願っていた。
桃花のドタキャンが悲しい訳じゃない。
冷たい雪の結晶が、雪菜の心の奥底にあるモノをゆっくりと露にしていく。それは雪菜の心を支配しどんどん溢れ、もう自分では止められなくなっていた。
でも、その気持ちを認めたくなくて、ぎゅっと目を閉じる。
「……くん」
押さえきれない想いが言葉として溢れた。
桃花に紹介されたその時から、匠は雪菜の心にくすぐったい何かを感じさせていた。
桃花は匠の事を、「友達以上恋人未満」だと言っていた。でも今は…。
匠は、桃花と一緒にいる。クリスマスを過ごすために。
「あ…」
ふわっと体が浮かぶような感覚が雪菜を襲う。
でも雪菜は目を閉じたまま、体全体に感じる雪の感触に身を委ねる。
―― この気持ちごと私を隠して……。
雪菜は感覚に逆らわず、背中から雪の中にダイブする。
両手を広げ、雪に身を任せて……。
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