第12話 都合の良い勘違い



「・・・待ってください!」


2歩、3歩と離れた距離を小走りで詰める。

いつもなら絶対しないけど、部長のジャケットをツンとつまんで甘えてみる。


「歩くの、早いです・・・。ここから暗いのに」


普段の残業で慣れてる筈の道でこんな事を言えたのはきっとお酒の力で。

ぴた、と止まった部長は私を見ながら、今度は苦笑いしていた。


「小枝さ、そんな顔でこんな事されると俺勘違いしちゃうからね(笑)」


まだジャケットの裾をつまんでる私の手を見ると


「俺の事好きなのか、ってさ(笑)」


大きな手で私の手を包み、きゅ、っと握った。

『そんな顔』がどんな顔かは分からないけど・・・でもそれなら部長だって・・・。


「部長こそ・・・一緒に桜を見に行こうだなんて、勘違いしちゃいますよ・・・?」


同じように返すと、部長の、私の手を握る力がまた少し強くなる。

こんな風にされたら、その他大勢の部下じゃなく、ひとりの女として見てくれてるんじゃないかって思ってしまう。

そっと手を握り返し部長を見つめると、


「俺はね、いいんだよ。

小枝となら・・・むしろ願ったり叶ったりだな」


って、きゅ、きゅ、と握った手を緩めたり強くしたり。


「こんな事もね、俺は、ずっとしたいと思ってたよ」


小枝の酔いに付け込んでるけどなー。

って笑いながら、部長はもう一度だけ私の手をぎゅっとして。


でもその手は、そっと離された。


「ぶちょ・・?」


温かくて大きな手がはなれて、ひとりぼっちになった手が熱を失っていく。


「こんなとこ見つかったら、小枝、彼氏に怒られんだろ?」


そして、ワケの分からない事を言って、また歩き出す。

彼氏なんて就職してからずっといないのに。

何で突然・・・?

っていうか、これちゃんと否定しなきゃ・・・!


「ぶちょ・・桜城さん・・っ!」


まだ少し感覚がふわふわする足に気合を入れ、数歩先の桜城さんの元へ走る。

足元は9センチヒール。だけどここは行かなきゃ・・!


コッ!コッ!コッ!


車通りも人通りも殆ど無い道に、私の足音が響く。

その音に気付いた桜城さんが振り向いて「おいっ・・!」と焦った顔をする。


あと1歩で・・・って思っってたら。

っ! ヤバ・・・!


歩道に敷かれたレンガの隙間にヒールが引っ掛かり、カクンと膝が落ちる。



――――「っぶねぇっ!」

耳は桜城さんの声を聞きながら、条件反射で目をぎゅっと瞑った。

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