第49話 学校の幻の生徒について(同級生A)
ステラ・セナード。
このシャルム魔法学校で歴代初めて退学処分を受けた唯一無二の存在。
その肩書きだけでも相当に奇天烈で奇想天外な生き物であるように見えるが、見た目はまるで“普通”だった。
見た目は普通、平凡で学園の中に紛れてしまえばもう見分けがつかないほどに”普通“だった。
生態が非常に面白いから、同級生の中では一際話題に登っていたし、なんだかんだ話題の中心にいたのはステラだった。
スライムに異常に興奮していたのも彼女だったし。
魔法を使えば何故か全て毒物になってしまう特異体質。むしろ奇怪。奇々怪々。
魔法なんてものは両親から存在を教わった頃から、火が出る魔法を出せば火が出るし、失敗してしまったら何も起こらない。
何もなりはしない。
そこにあるのは無だけ。
毒を出したくて出すならいい。でもどの呪文を唱えても、火を出し、水を出し氷を呼び出しても出てくるのが毒物になるのは不憫よりも先に奇想天外という言葉がよく似合っていた。
本人も呆気に取られていたのも印象深い。
なんでやねん……と言う謎のリズミカルな言語を良く呟いていたっけな。どうやら「なんでなんだろうなぁ、そんなはずないけどな」というニュアンスを持つらしい。
世の中不思議なこともあるもんだなぁと気楽に事を構えてみていたら、あっという間に彼女は学園から姿を消してしまったのだ。
いわゆる退学だった。
そして彼女は伝説となった。
賑やかしだが。友人にはウケなかったが本人にはウケた。めちゃくちゃ友人に怒られたので二度と言わないと強く心に誓った。
———ざわざわざわざわ
教室が妙に騒がしい日だった。
なんて事ない普通の日。
別に今日は休校でもないし、授業始めから自習でもない。実習じゃなくて座学だし、新しい先生が来る予定もない。
人の波を掻き分けて、飛び込むように教室へ入れば、そこには数ヶ月前に退学になった天然記念物、その人物。ステラ・セナードが立っていたのだ。
傍にスライムを連れて。
◆◆
「って夢を見たんだ! いや〜ははは……まぁアレだ。学校行こうぜ!」
「どんな夢よ。なんでスライムを連れているのよ」
「いやだって、スライム好きだったじゃん」
「いいえ!?」
王城から徒歩10分、さらにシャルム魔法学校からも徒歩20分。
鮮やかな通りにひっそりと佇むセナード魔具堂。その店の中で、賑やかな声が弾んで響いた。
何故ならば、シャルム魔法学校で使う物を取り扱っているためだ。
生徒達は学校の購買で手に入らないものは体外この店にやってくる。そのため、顔見知りの同級生がやってくると静かな店内はたちまち賑やかになる。時間的にも授業は終盤、もしくは終わっている。あとは自習に精を出すか、自室にこもって宿題といったとこだろうか。
さほど遠くない道のり、こうして買い物にやってくる生徒や先生も多い時間帯なのだ。
帳簿台を挟んで、品物の注文がてら少しばかり雑談をするのも良くある光景だ。
「いやー、ほら、一緒に勉強してたの数ヶ月だったけどさ。優秀だったじゃんか。原因がわかったなら行けるかなって。また一緒にステラと学生できたら楽しいかなって思ってさ。あ、「すり潰しのアレ」って売ってる?」
「『すり潰し壺鉢』ね。学校のものと違ってヒモで縛っていないから、棒が勝手に飛んで行かないように注意して」
そろそろ、本当にこの同級生は物の名前という物を覚えた方がいいと思う。
毎回毎回よくもまぁ、「アレ」だとか「あのやつ」だとか言えたものだ。
肝心な場所を覚えていないのが気にかかる。
こればかりは、それなりに授業も進んで時間も進んでいるのだから嫌でも頭に入っているはずだと思ったのだが。
どうやら今もまだ、ままならないらしい。
入学早々に気合い入れて覚えた私がガリ勉すぎると同級生達に抗議を受けた事はあるが、今ではそれが役に立っている。勉強した甲斐があるというものだ。うんうん。
この忘れん坊な同級生のためではないのだが、決して……!
「まぁ……ちょっとね。私もほんの少し、戻れるなら戻って魔法勉強したいわよ。でもね……ってえ? ちょっと待って……私学年下になるじゃない……!」
「お! 後輩よろしくな。先輩と呼べ」
「くそっ」
おっと、つい口に出てしまった。
得意げなドヤ顔にムッとなると、けたけたと同級生が笑い出した。
全然面白くないぞ! と思う反面、退学になってしまった後も同級生達はなんだかんだ買い物に寄ってくれる上に、まだ私がさも同級生である様な態度をしてくれている。
いい奴なんだろうなぁ、なんて、柄にもなく思う。実際は私の方が一回り以上生きてきた年数は多いはずだけれど、それは前世の日本人であった期間を混ぜ込めば、という話となる。
現状同じ歳。
バレなければ同じ歳である。
せこい。
く、と悔しさで同級生のドヤ顔を見ないように全力で両目を瞑っていると、ふわりと頭に乗る手のひら。
頭の上に乗っかった手のひらの暖かさに「え」と声をあげれば、ニッカリと微笑む同級生の顔があった。
「はは、まぁ、良かった。元気そうで。正夢になる事を祈ってっから」
「ふふ、ありがとう」
太陽のような笑顔で微笑む同級生は、いつだってこうして明るく振る舞ってくれるものだから。
勝手にストレスを感じるいたが、もしかしたら、この同級生は私のすっかり気落ちしていた心をちゃんと心配してくれていたのかもしれない。
「よし、じゃ! またな」
快活な同級生は、ニカっと眩しい笑顔を煌めかせて、店を出て行った。
彼が年若いからキラキラと輝いて見えるのかもしれないが、そう見せている同級生自身の輝きなのだろう——と納得する。うん。同級生も悪いものでは無い。
「浮気だ」
「———!? ディオ!」
「これは浮気だ」
耳のすぐ横で低い声が不機嫌そうに唸った。
気配もなく、私の後ろに立っていたのはディオだった。
おそらく魔法で今し方やってきたのだろうディオはムスッとした表情でそう言い切った。
一体いつの時点から見ていたのだろうか。
一体どの場所から。
忘れがちだが、ディオはおおよそ天才系なのだった。何処からでも見れるのだろう。
こわ。
「なんでそうなるのよ……同級生よ……学校の。私の魔法が原因がわかったならまた学校に入ったらって誘ってくれていたの」
「……ステラの……」
「そう、私の同級せ……」
「学生姿……」
「え?」
————学生姿?
「もしステラが学校へ行くなら僕も行くからね」
「……はい?」
「先生でもいいかな。僕が先生をしよう。ステラのね」
「なっ……先生って、私達ってその……恋人なのにっ」
「うん? いいじゃないか先生と生徒! うんうん。合法的にステラの魔法を浴びれるね!」
「だ、だめでしょ! 不適切だし、その、良くない……! 常識的に!」
「ふふ、ステラは面白いね。別に普通だよ?この国にそんな恋人達はごまんといるさ。ステラの言う常識は一体何処の常識か気になるなぁ。興味深い」
「きゃっ」
呪いに濡れた黒々とした漆黒の髪や瞳はすっかりその姿を消して、銀の髪がさらさらと風と遊び、とアイスブルーの瞳がきらりと揺れる。
その瞳が悪戯気に細められる様子だけが、面影を残しているので、まだ少し慣れない。それが可笑しいのか、ニヤニヤと近づいてくるのでどうしようもなく落ち着かない。
「君の全てを暴くのが楽しみだな。恋人だもの、いいだろう?」
「そっ!? あばっ……! っ、そうね。恋人だもの、もちろん、そのうち……?」
私の中の負けず嫌いがひょっこり顔を出したものだから、ついつい口を突いて出てくるのは強気で挑発的な言葉になってしまった。
勘弁願いたい。
「はは、それでこそ僕のステラ。僕の天使さ。僕たちは対等な関係になったんだ。包み隠さず行こうじゃないか」
「は、ちょっ脱ぐなーーー!」
決して軽装とは言い難い服を難なくはだけさせるディオは、飄々とした顔で私を見る。
なんとも意地の悪い笑みが背後から迫ってくるせいで、私にできる事と言えば顔を隠して縮こまる事くらいのものだ。
何が可笑しいのかディオは嬉しそうにニヤニヤと目元を緩ませている。
く、大人の威厳ここに砕けるなり……。
どうにも、人生が二週目になったとしても精神ばかりは着いてこないようで。まだまだ私が大人になりきるには時間がかかるようだ。
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