第18話 これの名前を教えましょう
「さて、思いっきり僕に毒魔法を使ってもらおうかな」
「えっここで!? 今?」
「ここじゃない方がいいの? うーん……そうかいそうかい僕ン家がいいならそれでも良いよ。ステラが良いならね」
人の話を聞いてるのか聞いていないのか、器用に返事をしながらも、ディオはダンスの様に軽いステップ踏みながら器用に魔法で店内の物を四隅に寄せていった。指を振る様な動作で音もなく模様替えが整っていく。
どこか人の話を聞いている様で全く聞いていない有無を言わさぬ様な態度は傲慢さを感じるが、妙に丁寧な仕草や曖昧な言葉にうやむやにされてしまう。
前世では言葉には言霊が宿ると言われていたが、この人の言葉には奇妙な魔法がかけられているに違いない。うまくスルスル彼の都合のいい様に話も事も進んでいく。
「……これあとで元に戻してね」
「お任せあれ。配置は魔法が覚えてる。大丈夫だ。僕の魔法は賢いんでね」
「ん? 魔法が、賢い………?」
賢い。
一般的に「賢い」は前世の知識を加味しても、人に対して使われる言葉だったはずだ。
頭の働きが鋭く、知能にすぐれている。
利口であり、賢明である。
抜け目なく、要領がいい時にも使うだろう。
魔法というものにはあまりマッチしない言葉だ。
————それになんだか全然違う人みたいだ。
「……なんだか、随分と初めて会った時と性格が違うのね」
それはそうだ、とあたかも馬鹿馬鹿しい質問に答えるようにディオは答えた。
「あの時はステラが天使だと気が付かなかったからね」
「ひぇ」
恐ろしくキザなセリフが飛び出した。
サラリと当然だとでもいう様に、スルスルと恥ずかしげもなく飛び出した言葉に狼狽えてしまう。あまりにも堂々と言うので、なんだか私がおかしいのかとさえ思えてくる。
「まぁ、あとは……この身体のせい」
「身体」
「そ」
トントン、と指で叩いたのはディオ自身の胸、そして額だった。指は胸元へ戻り、ピン、と自身の着ていたシャツのボタンを弾いた。
そうすれば、その肌が顕になる。
「なに…………これ」
しかしそこにあったのは墨を塗った様な真っ黒な肌。ちょうど胸の真ん中には渦を巻く様な変な模様が描かれていた。
刺青にしては禍々しく、吸い込まれてしまう様な恐ろしさがそこにある。
「ステラには特別に教えてあげる。なんと言っても、これからお世話になるわけだからね」
「………………ん?」
お世話になる?
次に飛び出す言葉を待っていると、不穏な言葉が耳を掠めた。
そんな私の戸惑いなどお構いなしに、いそいそと上半身に纏っていたシャツを脱ぎ始めた。
「お、わ、ちょちょちょちょっと困る……! 困るんですけど」
「なに言ってるんだよ。これからいっぱい見るんだし慣れないとさ〜」
「はぁ!? なんでよ」
ヘラヘラ笑って中途半端に脱げてしまっていた上着を完全に脱ぎ去ると、たくましい体が姿を現した。ヒョロリとした体格に見えていたのに、意外にもしっかり筋肉がついていてがっちりした体型だった。
ディオはまずは腹に指をやり、「ここも」と口に出した。順々に胸、首、肩と指を指しては「ここもここも」と言う。
どこもどす黒く漆黒に染まっている。
「これ、刺青じゃないの?」
眉間に皺を寄せたディオは、刺青がわからない様で、「いれずみ……?それが何かはよくわからないけど自主的に体にくっつけたものではないよ」と答えた。
刺青じゃなければ、これはなんだ……?
これはね、と動いたディオの唇から目が離せない。
「魔女の呪いだよ」
ディオがその言葉を口に出せば、胸の渦巻いた黒い痣はズルズルと奇妙な音を立ててディオの身体に巻きつく様に動いた。
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