第22話 彼女の隣に
「目が見えるという感覚久し振り過ぎて、目が疲れそうです」
外の光景が見たい、とギルベルトはヴェンデルガルトに連れられて再び昨日の薔薇園を訪れていた。昨日咲いていた、白薔薇を見たかったのだ。
ヴェンデルガルトは楽しそうにギルベルトの腕を取り、薔薇園で昨日自分が見つけた白薔薇をギルベルトに再び紹介した。その白薔薇は確かに派手な八重ではなく、可憐と呼ぶに相応しい美しい薔薇だった。
「花を愛でる為に、人はその枝を折り花瓶へと飾ります――ですが、私はそこで鮮やかに世界を彩る花を眺めたいです」
「私もそう思います。そこで必要とされているからこそ、花は咲くのでしょう」
ギルベルトは、ヴェンデルガルトのその言葉に微笑んだ。今まで包帯で隠していたのが惜しい程、美しい顔だった。ヴェンデルガルトも、ギルベルトに見つめられると少し赤くなる。
「ヴェンデルガルト様――あなたも、今目覚められたのは何かのご縁かもしれません。私はその縁を、嬉しく思います」
「そう……なのかしら?」
首を傾げるヴェンデルガルトに言葉を続けようとしたギルベルトだったが、彼女の後ろに現れた人物が誰か分かって、少し言葉に詰まった。
「ジークハルト……ですか?」
目が見えなくなる前の、幼い顔しか記憶がない。黒髪に意志の強そうな紫の瞳のすらりとした男性。確かに、ジークハルトの面影は少し残っていた。
「そうだ。白薔薇隊副団長のエルマーから話を聞いた――目が、治ったそうだな」
ちらりとヴェンデルガルトに視線を向けるジークハルトは、微笑もしなければ何処か冷たく彼女を見た。無意識に、ヴェンデルガルトはギルベルトの背に隠れる。その彼女を安心させるように、ギルベルトは前に出た。
「ヴェンデルガルト様に治癒魔法をかけて頂き、この様に見える様になりました――あなたの顔を忘れる前に、再び見る事が叶い嬉しく思いますよ」
「俺もランドルフも、お前の目については申し訳なく思っていた――ヴェンデルガルト嬢」
声をかけられると、ヴェンデルガルトは驚いたようにびくりと体を震わせてから「はい」と小さく返事をした。
「目が覚めてからは、初めてお目にかかります。ジークハルト・ロルフ・ゲルルフ・アインホルンです。以後、お見知りおきを」
優雅な仕草で頭を下げるが、ヴェンデルガルトに対して信頼を持っていないような――冷たい雰囲気のままだった。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガーです。もう随分薄くなりましたが、ジークハルト様やランドルフ様と血の繋がりがあった者です」
「その様ですね――それで、先祖の遺恨についてなにか思う所があるのでは?」
真面目な声音で、ジークハルトは尋ねた。ヴェンデルガルトは、小さく横に首を振った。
「それが、この世界のなるべき姿だったのでしょう。古龍の元に行ってから、私は王女ではありません」
「――そうですか。近い内に、陛下があなたとの会話を望まれています。お時間を作って頂けると有難い」
「分かりました」
その返事を聞いて、ジークハルトはこの場を去ろうとして足を踏み出したが、何かを思い出したように立ち止まって彼女を振り返った。
「ヴェンデルガルト嬢。ギルベルトの目を治して頂き、友人として礼を申します――感謝します」
「その事について、ジークハルト」
横から、ギルベルトが話しかける。
「私は、ヴェンデルガルト様の待遇が決まりましたら――この方に婚礼を申し込みたいと思っています」
ヴェンデルガルトとジークハルトは、驚いた表情を浮かべる。
「――俺には、まだこれからどうなるか分からないが、お前の気持ちは分かった。陛下にもそう話しておこう」
「感謝します」
礼をするギルベルトとヴェンデルガルトをもう一度眺めてから、ジークハルトは今度こそ城に戻った。
「あの、ギルベルト様……私は、今は王位継承権もない貴族ですらない、ただのヴェンデルガルトです。ギルベルト様の身分とは……」
「私は、あなたがいいのです。いいえ――あなたでなければ、嫌なのです」
優雅に微笑むギルベルトは、以前の様に孤独を抱えている雰囲気がなかった。白薔薇のように美しく、毅然とした騎士の姿だった。
「あなたの隣は、私が居たいのです」
ギルベルトの灰色の瞳は、愛おしそうにヴェンデルガルトを見つめる。ヴェンデルガルトは、赤くなる顔を隠すように両手で自分の顔を隠した。
「隠さないでください、私の小さな姫君。再び見えた世界で一番最初に見た、可愛らしいそのお顔を」
「ここにいたんですね、お昼の時間ですよ」
カールが迎えに来ると、ギルベルトは「私も一緒に」と願い出た。
「ギルベルト、目が見えるんだな! おめでとう」
カールは素直に喜んで笑い、ヴェンデルガルトに礼を言った。そうして三人は、昼食を食べにヴェンデルガルトの部屋に向かった。
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