第21話 眩しい光と、聖女
その日は、ギルベルトは夕食前にヴェンデルガルトを部屋に連れて帰った。ランドルフが連れ歩いていただろうから、カールや付き添いのメイドが心配していると思ったのだ。
「明日、ヴェンデルガルト様に目を治して頂く事にしました。カール、すみませんが明日は私がヴェンデルガルト様と一緒にいます」
ほっとした様にヴェンデルガルトを迎えに来たカールとビルギットとカリーナだったが、ギルベルトのその言葉にカールはガッカリと肩を落とした。だが、目を治すという言葉には、素直に喜んだ。ビルギットは、「ヴェンデルガルト様なら、大丈夫です」と、どこか誇らしげだった。
「分かったよ。明日の朝食が終わったら、でいいのかな? そう言えば、ランドルフはどうしたんだ?」
「隣国と揉めているバーチュ王国の王子と使者が見えられたので、護衛に向かいました。話しの結果次第では、数日後に陛下の名代で私がバーチュ王国に向かう事になるかもしれません。今のうちに目が見えるようになれば、色々と助かると思います」
「ギルベルト様。治癒魔法をおかけした時、もしかしたら魔力が強すぎて眠ってしまうかもしれません。念の為に、治療はギルベルト様が横になれる場所、その間ギルベルト様を護衛する方を用意して頂いた方が安心だと思います」
ヴェンデルガルトの言葉に「分かりました」と返事をすると、ギルベルトは執務室へと戻った。
「ヴェンデルガルト様、起きられてもう三人の薔薇騎士様にお会いしたんですね」
カリーナは「流石です」と笑い、食事を運ぶ用意をした。ビルギットも、カリーナに付いて行く。
「なんか、ヴェンデルガルト様とは夕食と朝食の時間しか一緒にいられませんね。あなたの護衛は、俺なのに」
少し拗ねたようなカールの言葉に、ヴェンデルガルトは楽しそうにクスクスと笑い、彼の手を取り夕食の席に着いた。
次の日の朝食の後、白薔薇騎士団副団長のエルマーがヴェンデルガルトを迎えに来た。白薔薇騎士団の仮眠室で、ギルベルトは彼女を待っていた。少し緊張した空気を感じる。
「大丈夫です、落ち着いて下さいね」
ヴェンデルガルトはエルマーを部屋の外で待たせると、ギルベルトをベッドに横に眠らせて自分は傍らの椅子に座り、しっかりと彼の手を握った。
「
ヴェンデルガルトがそう呪文を呟くと、ヴェンデルガルトの瞳が淡く輝き首元のネックレスが光った。そうして、温かくて優しい『何か』がギルベルトの身体を優しく包む。
――光……?
見えない瞳が眩しく思うほどの、輝く光が自分を包んでいる気がする。そうして、幼い日のジークハルトとランドルフ、そして父や母の姿が自分を通り越して走って消えた。
そうして、ギルベルトの意識が途絶えた。
「……、っ、……私、は……」
ふと意識が戻り、ギルベルトは自分が何をしていたかすぐには思い出せずにいた。だが、横になったままで目元を覆っている包帯の隙間から光が見えて、ドキリとした。
「目が覚めました? ギルベルト様。そんなに時間は立っていませんよ」
心地よく聞こえる声は、ヴェンデルガルトのものだ。彼女はずっとギルベルトの手を握っていたようだ。その手を解くと、ヴェンデルガルトはゆっくりとギルベルトの包帯を解く。
「久し振りに見る光景なので、眩しく思われるかもしれません。ゆっくり瞬きをして、目を馴染ませてくださいね」
優しい声と共に、包帯が全て解かれた。
ドキドキとしながら、ギルベルトはゆっくり瞳を開いた――灰色の瞳に、部屋が見えた。十年近く見えなかった光景が、目の前に広がっているのだ。信じられない思いで、彼はぼんやりと部屋の中を見た。
「大丈夫です?」
心配そうな声音に視線を向けると、眩しい金の髪に美しい金の瞳の可憐な少女が、自分をじっと見ていた。
想像していた通りの、可愛らしい――愛おしい女性だった。
「改めまして――初めまして、ヴェンデルガルト王女」
ギルベルトは腕を伸ばすと、華奢なヴェンデルガルトを抱き締めた。命の恩人であり、愛すべき人――。
「無事見えるようになったのですね――初めまして、ギルベルト様。光の世界に、おかえりなさい」
大きな背中を抱き返すヴェンデルガルトからは、花のような甘い香りと陽の光の様な温かなものを感じた。
――この人と、生きていきたい。
多くを望まないギルベルトの人生の中で、唯一の光の少女。
「あなたは、本当に――聖女です。私のこれからの人生は、あなたを護る騎士です。あなたを護らせてください」
それは、ギルベルトの心の声そのものだった。
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