第4話 護衛任命
「二百年も前の話ではないのですか?」
白薔薇騎士団長のギルベルトが剣を収めて、怪訝そうな声音で呟く。彼がその剣を鞘に戻すのを見ると、他の騎士団長達もそれに倣ならった。
「それよりも……」
黄薔薇騎士団長のカールは、殻が無くなり床に倒れてしまった女性二人の許に駆け寄った。片膝をついて二人が呼吸しているのを確認すると、安心した様にほっと息を零した。
「二百年生きた婆さんには見えねぇな――それより、幻の金の髪か。初めて見るが、綺麗なもんだ」
紫薔薇騎士団長のランドルフは前屈みで、カールの肩越しに抱えられている女性を眺めた。明るく輝く金の髪は、フーゲンベルク大陸では珍しい。今は廃れた「魔力」を持つ者に与えられた、髪の色なのだ。
「金の髪? それでは、その方は魔法が使えるのでしょうか?」
見えないギルベルトに、カールは「金の髪の貴族姿の女性と、銀の髪のメイドの二人が眠っていたみたいだよ」と知らせてやる。
「バッハシュタイン王国の治世でも、後期に魔力を持つ者はかなり少ない筈だったよね……興味あるな」
青薔薇騎士団長のイザークはぼそりと呟き、ギルベルトと並んで少し離れた位置からカール達の姿を眺めている。
「カール、起きる気配はあるか?」
ようやくジークハルトが彼に歩み寄ると、そう尋ねた。カールは小さな寝息を立てる女性の様子を眺めてから、小さく首を振った。
「陛下。取り敢えず起きるまでは、様子を見てはいかがでしょうか? 無理に起こして、もし死んでしまうようなことがあれば、何の情報も得られません」
その言葉に、しばらく黙って様子を見ていたアンドレアス帝は頷いた。
「そうだな、急せくようなことはあるまい。そなたらの誰かが付き添い、話が聞ける時が来るまで面倒を見てくれ」
その言葉に、四人の騎士がカールに視線を向けた。
「え? まさか、俺?」
驚いた顔をするカールを無視して、ジークハルトは皇帝に向き直る。
「黄薔薇騎士団に護衛を任せることにします。陛下には、改めて後日報告いたします」
「分かった。では、黄薔薇騎士団に護衛を命じる。研究員は、今回の事も調べておいてくれ――では、戻る」
皇帝が豪華な椅子から立ち上がると、部屋中の全ての者が頭を下げた。それを眺めてから、護衛を連れて部屋を出て行った。
「君たちは、何時も厄介事を俺に押し付けるよね」
皇帝が居なくなった部屋で、ようやくカールが不満を口にした。しかし四人は、知らん顔をしている。
「いいじゃねぇか、可愛い姫さんの面倒を見れるんだから、役得だぜ?」
「でも、カールの黄薔薇騎士団は城外の護衛ですよね。万が一の場合はどうするのです? ジークハルト」
ギルベルトがそう尋ねると、ジークハルトはイザークとランドルフに視線を向けた。
「東ならば、イザーク。西ならランドルフに任せる。一応南なら俺が受け持つ。お前は、北を頼む」
「まあ……適任ですね」
「仕方ねぇな――なあ、ギルベルト。もしかしたら、あいつが魔法を使えるならお前の目も元に戻るかもしれないぜ?」
「……まさか。私は、諦めました」
そっと自分の目の辺りに巻かれた包帯に触れて、ギルベルトは首を横に振った。北からは、魔獣もどこかの小さな国も攻めて来ないだろう。自分の目に事を、他の騎士団に気を遣わせたことが、ギルベルトには心苦しかった。
「取り敢えず、話が決まったならこの人達ベッドに寝かせて上げたいんだけど。部屋を用意する様に、手配してよ!」
カールが、貴族風の金の髪の女性を抱き上げた。
――軽くて、甘い香りがした。
寝顔もよく見れば、可愛らしい事に気が付いてカールの頬が少し赤くなる。初恋の女の子以来、カールは女性に関わり合う事が少なかった。整った顔立ちでモテるのに、カールは恥ずかしさで今まで避けてきたのだ。
「分かった」
ジークハルトは部下に視線を向ける。その間に、カールの部下がメイドの方を抱き上げた。そうして、城内のメイドを呼び客室を開けさせてそこにメイド用のベッドを運び入れた。
「――お花みたいだ」
名も知らぬ、美しい金髪の女性をベッドに寝かせるとカールはぼんやりと呟いた。瞳の色は、何色だろう。どんな声なんだろう、どんな笑顔なんだろう。歳は、自分と変わらないか下――十五、六歳かな。
そっと髪を撫でると、柔らかくてくすぐったい。名残惜しく思いながら、カールは金髪の女性とメイドらしき二人が眠る部屋を出た。そうして、部屋の前に騎士団の二人立たせて「目が覚めたらすぐに連絡する様に」と念押しして、ジークハルトや他の騎士団長達がいるだろう部屋に向かった。
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