と或るコンビニバイトの話

西條セン

第一夜 とある女性客

 わたくし、コンビニで主に夜勤帯でバイトをしております小島こしまと申します。

 ええ、小島こしまです。小嶋こじまではなく、小島おじまでもありません。小島こしまです。


 で、私はお恥ずかしながら現在二十三歳でして、いわゆるフリーターというやつです。

 四年制の大学を卒業後はとある会社に勤めておりましたが、そこがとんでもないブラックでして、心身ともに不調をきたしてたったの半年で辞めてしまいました。

 それからはスーパーでしたり、ホームセンター、本屋などを転々としながらのらりくらりと生きてまいりました。

 本当は働きたくなどなかったのですが、そうは言っていられません。生きているだけでお金がかかるのです。働かない、という選択肢を選ぶことはできなかった。


 私は本当に巡りが悪い人間らしく、先程言ったスーパーなどの仕事は時給はよかったものの、同僚や上司に恵まれず、すぐにやめてしまっていました。

 今回のコンビニのバイトだって、三ヶ月もつかと心配になりながら面接を受けに行ったのを覚えています。

 しかしありがたいことにこのコンビニは店長もオーナーも気さくな方たちで、先輩にあたる方々も優しいのでなんとか続けられています。

 深夜帯という時間にシフトを入れているのは私が夜型、と言いいますか、不眠症で夜眠れなくなったのを逆手にとって、いっそのこと夜に働いてしまおうと思いついたためです。ついでにいうと、夜勤の方が時給も少し上がるので、ダブルワークをしていない私にとっては嬉しいことでした。


「小島さーん、この段ボール外持って行ってくれる?」

「あっ、はい!」


 客足が少ないこの時間、レジ袋の補充をしていると私より一年ほど前に入社した先輩の外原さんに声をかけられました。

 私は返事をすると段ボールを抱えて外に出ました。昼間に雨が降っていたからか、店の外はじめっとした陰湿な雰囲気を漂わせていました。

 店を出て駐車場を横目に段ボールをコンビニ横の倉庫の中に仕舞います。こうすることでドライバーの方か誰だかが回収してくださるのです。


「ふぅ」


 重さでいうと二キロくらいでしょうか。少し重たい段ボールの束を倉庫に仕舞い、顔を上げるとコンビニのものとは違う、明るい光が見えました。

 それは道路の少し先にある駅から漏れる光でした。

 このコンビニは駅近くに建っており、電車待ちのお客様や駅員さんがよく買い物にくるのが特徴です。

 平日の夕方は学校帰り、部活帰りの学生さんが寄っていかれることも多いそうです。

 駐車場は車が十台は余裕で停められるほどの広さを誇っていて、駅を利用される方以外でも、近所の方が買い物に来られます。

 そして駅の反対側、コンビニから道路を挟んだ向こう側にはこじんまりとしたお寺があり、その寺は白い外壁で覆われていますが、中には寺の他に墓地があります。そのためか、このコンビニでもよく不思議な話を聞くのです。


 まずは最初にレジ打ちなどの基本を教えてもらった時に聞いた話。

 今日はそれについてお話しようと思います。

 今回のお話というのはインパクトのない、結構地味な話で申し訳ないのですがとある客からの質問には「ありません」と返事しろ、というものです。

 そのお客様の外見は背が高く、痩せ気味で黒い髪を伸ばした三十代ほどの女性だそうです。

 その女性は来店されると決まって店員に「一口最中もなかジャンボはありませんか?」と聞いてくるそうです。

 本来なら店員としては在庫があるかどうかお調べするのが礼儀でしょうが、この質問には絶対に迷わず「ありません」と断るように言いつけられています。

 なんでも一口最中ジャンボという一口なのかジャンボなのかよくわからない商品は昭和頃に流行ったお菓子らしく、今は生産していた会社が倒産して商品そのものが存在しないそうです。だから迷うことなくないと断りなさい、と強めの口調で言われたので変な薄気味悪さを感じたのを覚えています。


 そしてコンビニで働き始めて二ヶ月が経った今日、なんとそのお客様がお見えになりました。

 レジで割り箸の補充をしていた時のことでした。


「一口最中ジャンボはありませんか?」


 レジ下でしゃがみ込んで作業していた私の上空から声が降ってきました。

 パッと顔を上げるとそこにはレジを見下ろすように黒い髪の女性が立っていました。


「ありません」

「そうですか」


 私は言いつけ通りにすぐに「ありません」と言いました。

 すると女性は抑揚のない声でそう言うと他の商品には目もくれずにコンビニを出て行きました。


 噂には聞いていましたが、あれが例の一口最中ジャンボのお客様だったのですね。

 無表情、抑揚のない声だったので不気味さは感じましたが、私はとくに彼女を幽霊だ、とは思いませんでした。だって、あまりにもはっきりとその姿が見えていたからです。

 やはり幽霊というと体が透けている、とか浮いているとか。そういうものなんじゃないでしょうか。しかし先程のお客様はあまりにもその姿がはっきりとしていました。

 事前にレクチャーを受けていなければ、私は在庫はないかと探しに行っていたことでしょう。

 まったくもって不思議な話です。


「外原さん」

「なに? なにかあったの?」


 私はあのお客様がお帰りになられたあと、同じ時間帯勤務の外原さんに声をかけました。

 彼女はチューハイの品出し中でしたが、私が声をかけると優しく微笑みながら振り返り、私の話を聞いてくれました。


「実は先程一口最中ジャンボのお客様がお見えになりまして」

「ああ、小島さんは初めて会ったのね。とりあえずありませんって答えておけば大丈夫よ。もちろん、そう言ったわよね?」

「はい。聞いていた通りに対応させていただきました」

「それならよかった」


 私が頷くと、外原さんはそう言って笑顔を浮かべるとチューハイの品出しの続きを始めました。


「あの、ちょっと気になったんですが、もしありません以外の返事をするとどうなるのでしょう?」


 ただの知的好奇心です。人は行くなと言われたところに、止められたからこそ行ってみたいと思ってしまうように、私はあのときべつの返事をしていたらどうなっていたのだろうと疑問に思い、外原さんに尋ねました。

 すると彼女は一瞬だけ手を止めて、


「変な興味本位で違う回答をするのはやめておいた方がいいわ。昔、それをした高校生のバイトくんが蒸発したらしいから」


 と、先程の笑顔はどこへやら、神妙そうな顔でそうつぶやくととまた手を動かし始めました。


 あの女性の目的はなんなのか、なぜその高校生バイトの方が突然蒸発されたのかはわかりませんが、きっと深く立ち入ってはいけない話なのでしょう。

 触らぬ神に祟りなし。害を出さない対処法あしらい方がわかっているのならば放置するのが案外大切、ということなのでしょうね。

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