第百六十話 夢のチームへ

 日差しの強い炎天下の道端を歩きながら、俺はある者の家に向かっていた。


 別にこのまま当日を迎えてもいいのだが、どうせならと少しは欲張ることにした。


 ──以前赤利との約束した『1日だけ付き合う』という契約。


 その内容はいわずもがな、俺がWTDT杯への出場をしてもいいという意味だった。


 WTDT杯については立花徹から直接聞いた。厳密には、赤利が何かに困っていないかという情報を得るために、偶然その話を聞いたというのが全容だ。


 WTDT──『ワールド・ザ・ドリーム・タッグ杯』。アマチュア大会の中で最も注目される人数が多いと言われている大会だ。


 本大会は海外普及を目的としたお祭りという意味が強いため、勝っても何かが得られるわけではない。


 それでも公式戦として名を連ねており、アマチュア系列の大会でありながら配信サイトで全国に配信されるというかなりのビッグタイトルとなっている。


 俺はその存在を知ったばかりで細かいルールなどは知らないが、どうやら3対3で戦うタッグ戦らしい。


 一瞬、これまで同様の団体戦のようにも思えるが、"タッグ"というからには協力する要素があるのだろう。


 俺には無い経験。つまり、成長に必要不可欠な新しい経験でもある。


 自分から行動を起こすのはあまり得意ではないが、約束のためならなんだってやってきた過去の自分もいる。


 果たして今の俺が描く未来像が正しいものなのか、まだはっきりとは分からない。


 でも、本能が進めと命じているのだから、きっと必要なことなのだ。


 今の俺は日本中に実力がバレている状態。来崎との一戦で何もかもが晒された今の俺に、更なる手は存在しないと思われている。


 だが逆に言えば、これ以上何を見せようとマイナスにはならない戦いということだ。


 何も失うことなく海外のトップ選手と戦う機会が得られる。実に絶好の舞台。これを交渉材料に使える上に自分もその世界を体験できるというのなら、やらない選択肢はない。


 そして今、俺はそのWTDTへ向けた最後のメンバーを引き抜くため、ある者の家に向かっていた。


 どうせ固めるなら、普段とは違うメンバーでかつ、最強のチームに仕上げたい。


 ならば残る選択肢はひとつだけ。


 そう、天竜一輝だ。


「久しぶり」

「……青薔薇赤利も懲りないな」


 俺の顔を見るなり赤利の名を口にする天竜。


 どうやら、俺が赤利から頼まれて天竜を引き抜きに来たのがバレたらしい。


 そんな天竜は俺の顔を二度見すると、さらに嫌なことを口にした。


「……殻を破ったな、目付きが違う」


 はぁ。……と俺は心の中でため息を漏らす。


 最悪だ。もう俺の状態とその狙いに気づいている。誰よりも凡庸でいたかったのに、この男だけは見逃してくれない。


 だから、俺は天竜に対してのあたりが少しだけ強くなった。


「……俺は正直、アンタのことあまり好きじゃない。あまりにも輝いて見えて、自分が霞んでいるように感じる」

「嬉しいことを言ってくれるね。でも、真に輝いているのは君の方だよ」

「言葉遊びは分からない」

「分かってるじゃないか」


 やっぱり、苦手だ。


 他の人間とは一線を画す態度とでも言うのだろうか。何もかもを見透かされているような気がして、自分の策が筒抜けになっているような感覚がして、気分が落ち着かない。


 そういえば、来崎も玖水棋士竜人を相手にした時にそう感じたって言ってたっけ。


「要件は言わずとも分かっていると思うけど、WTDT杯に出て欲しい」

「……君なら、俺がそこに出ない理由が分かるだろう? 俺の標的は君だ、渡辺真才。君と今後戦う可能性がある以上、無駄に情報を与えたくはない」


 実に合理的な理由だ。


 誰しもこれから戦うであろう相手に情報を与えたくはない。俺だってそうだ。もし直近で天竜一輝と当たるのであれば、こんな接触も無かった。


 でも、それは叶わない。


「要らない心配だよ、それは」

「……何故だ?」


 困惑する天竜に、俺は一拍を置いて告げた。


「──俺がアンタより先にプロになるから」

「……!」


 その宣言は、それまで余裕を保っていた天竜の額に冷や汗を浮かばせた。


 そう、戦うならプロになってから。今はまだその時じゃない。だから俺は天竜と接触することを決意したんだ。


 俺はこの黄龍戦で"勝ち逃げ"を狙う。そしてその勢いのままプロになる。そうすれば天竜一輝と戦うことは少なくともアマチュアの間は無くなる。


 俺は天竜に負けている。戦績上勝っていても、実際はそうだったと思っている。


 天竜はあれからずっと俺のことを研究していたはずだ。俺が県大会で戦っている間もずっと。


 そんな相手に再戦して勝てるか? 勝てるはずがない。俺は天竜の実力を知っている。仮にこの男が俺の弱点を完璧に把握して、その上で本気を出してきたら、今の俺では絶対に敵わない。


 だからこの場は勝ち逃げをさせてもらう。


 俺にもアンタを対策する時間が必要なんでね。そんな有利な状態で戦わせてあげるほど俺は聖人じゃないんだ。


「……そうか、君の足は速いね」


 天竜はしてやられたような顔を浮かべた後、頭を掻いて困ったなと苦笑した。


「思ったより追い風が強いんだ。背中を押す手が多くて困る」

「羨ましい。俺も一人じゃないんだけどな。どうしても堅実に行ってしまう」

「それが正解だと思うけど」

「ははっ、そうだね。俺もこの方法が正解だと思っている。だからこそ、君のように走り出す人間をどうしても羨ましく思ってしまうのさ」


 勝負師としての瞳の裏側に、微かに憂いた心があることを天竜は告げる。


 それでも、俺には俺の進むべき道がある。途中で時が止まることはなく、人々は常に前を向いて歩いていく。


 誰も止まってくれない世界で、誰かに追い越され続ける残酷な世界で、誰かのために待ってやる義理はない。


「寂しいならここまで登ってくればいい。得意でしょ?」


 俺は意趣返しをするようにそう言い放った。


「……分かった。今回は君の手のひらの上で踊ってあげよう」


 天竜は諦めたようにそう返すと、とてつもない殺気を放って目前まで顔を近づけた。


「……だからよく見ておけ、君の進むべき道の先を。──そこに至上最強の存在天竜一輝の偶像を置いてやる」


 本気の目になった天竜は、そのあまりにも強気なセリフを躊躇いもなく口にする。


 しかし、それがただの傲慢でないことを俺は知っている。


 あの時見れなかった天竜一輝の本気の実力。それがこの大会で見れる。


 ──良いことくめだ。


「期待してるよ、前王者」

「ああ、期待させてあげるよ。現王者」



【『WTDT』ワールド・ザ・ドリーム・タッグ生配信板part10】


 名無しの127

 :『速報』WTDTメンバー選抜1人目、天竜一輝。


 名無しの128

 :>>127 えっ


 名無しの129

 :>>127 ふぁ!?


 名無しの130

 :>>127 マジ?


 名無しの131

 :>>127 まさかの天竜参戦!?


 名無しの130

 :>>127 天竜キターーーー!!


 名無しの132

 :『速報』WTDTメンバー選抜2人目、渡辺真才。


 名無しの133

 :うわあああああああああ!?神チームだああああああああああああ


 名無しの134

 :>>132 はあああああ!?自滅帝!?!?


 名無しの135

 :>>132 なにこれガチ!?フェイクじゃなくて!?


 名無しの136

 :『速報』WTDTメンバー選抜3人目、青薔薇赤利。


 名無しの137

 :はいGG


 名無しの138

 :なんやこの厨パァ!?


 名無しの139

 :選抜がガチすぎるwww


 名無しの140

 :きたあああああああああああああ!!


 名無しの141

 :自滅帝全国大会控えてんのにwww


 名無しの142

 :自滅帝全国大会前に暴れに来てて草


 名無しの143

 :自滅帝全国大会控えてるのにどこ参加しとんねんw


 名無しの144

 :これ絶対ミリオスの挑発に青薔薇キレてたろw


 名無しの145

 :海外陣営「日本の代表よっわw本番ではもっとマシな選手よこせよなww」

  日本陣営「あ、そう?(前期黄龍王者&凱旋の神童&将棋戦争十段の怪物)」


 名無しの146

 :あーあ、手を組ませちゃいけない奴らを……


 名無しの147

 :アカンw本当に上澄み持ってきやがったw


 名無しの148

 :ミリオスのみなさん、お疲れさまですw


 名無しの149

 :日本のアマチュア舐めんなよゴラァ!


 名無しの150

 :本戦が楽しみ過ぎる


 名無しの151

 :本当の意味でドリームタッグやんけw


 名無しの152

 :ミリオスの連中、相手の名前知らされても危機感覚えてなさそうで好き









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 体力尽きたので次回から3日間隔

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