第七十六話 天滅の棋風・超速

 大会で勝ちたいなら競争率の低い西地区へ。

 どんな手を使ってでも強くなりたいなら北地区へ。

 順風満帆に棋力を伸ばしていきたいなら東地区へ。

 何物にも勝る万夫不当の自信があるのなら中央地区へ。


 天王寺道場が復権する前は、そんなフレーズが県の中で通るようになっていた。


 しかし、南地区には何もない。


 地区の中枢を担っていた天王寺道場の半壊は想像以上に大きく、ひとつの道場が潰れただけにもかかわらず、南地区の戦力は低下の一途をたどっていた。


 天竜一輝や青薔薇赤利といった怪物達が頭角を現す前、南地区は県の中でもトップクラスに強く、中央地区に次いで二番目の実力を有していた。


 それはひとえに、天王寺玄水という優秀な指導者がいたからである。


 玄水の指導法は古く単純ながらも常に真価を捉えており、彼の知恵を授かった者達は自らの才能以上の実力を発揮することができていた。


 まさに指導者としてのプロである。


 しかし、そんな玄水も老いには勝てず、真才が天王寺道場を崩壊させたのを時代の変わり目と判断し、自らの道場を実の息子である天王寺魁人へと譲り渡した。


 魁人はそれまで南地区の中を転々と浮浪する野良の将棋指しだったため、天王寺道場にとどまらせる玄水の決定には思うところがあった。


 しかし、柚木凪咲を始めとする優秀な人材がまだ南地区に残っていることを知っていた魁人は、自らの実力が指導の道でも親を超えられるのかを試したくなり、その条件を受け入れることにした。


 魁人はそれまでどこにも所属していない野良の将棋指しであったため、大会への出場はいつも非公式戦だった。


 ここ10年は県大会すら出ていない魁人のことを覚えている者は古参のメンバーだけであり、その他大勢は新顔と勘違いしていた。


 しかし、魁人の師は言わずもがな、天王寺玄水その人である。


 指導者としての絶対的な信頼を置ける実の親から教授される指導は、かつて魁人を全国の地へと送ったことを忘れてはならない。


 そして、魁人は将棋から手を離したことはこれまで一度もない。


 南地区を転々としていたのも、自分に不足している部分を補うための策を探していたからである。


 結果、魁人は常人よりも多くの知識を身に着け、指導者としても開花したのである。


 ※


 黄龍戦の県大会・第2回戦。決勝への挑戦者を決める最後の戦い。


 しかし、この二人に限っては県大会の枠を超える。


 有段者を超えた高段者同士のぶつかり合い。チームを率いる代表者同士のエース対決。


 南地区のエース、天王寺魁人。西地区のエース、渡辺真才。


 ──これはもはや、全国レベルの戦いである。


(さて、天竜一輝を破るほどの才能がどれほどのものか、見せてもらおうか)


 前回の北地区との戦いから一転、魁人は闘志をむき出しにしながら対局時計を叩いた。


「「お願いします」」


 先手となった真才は開始の合図とともにノータイム、相も変わらず素早い指し手で定跡を紡ぐ。


 対する魁人も真才の中段玉を警戒しながら定跡を紡いでいった。


 戦法は居飛車vs振り飛車の対抗型。いつも通り居飛車を指す真才に対し、魁人は現代向けの『ゴキゲン中飛車なかびしゃ』を指す。


 受けやカウンターを攻撃の中心とする通常の原始中飛車と違い、ゴキゲン中飛車は非常に攻撃性が高い。


 角道を開けた状態で対峙するその形は、真ん中をせき止めている5筋の歩が動いた瞬間に戦いが始まる。


 魁人がこの戦型を採用したのには理由があった。


 これまで、自滅帝こと渡辺真才の戦い方は主に中段玉による読みの乱戦である。


 短時間で膨大な情報量を処理することによる中段玉は、対峙した相手との棋力差や読みの実力がモロに出るため、早指しでトップランカーに位置する真才には絶好の手法だった。


 しかし、それはあくまで中段玉という形に、王様が中段まで行けたらの話である。


 序盤の定跡を流用しながら少しずつ戦いを起こし、その乱戦に乗じて王様を繰り上げる手に多くの者が騙されてきた。


 その状況になっては既に手遅れなのである。


 真才はただ単に王様を繰り上げているわけではない、戦いながら城を築き、戦いながら王の進軍を挟んでいる。


 その間をチャンスと思った者達は駒得を狙って真才の陣形を荒らしまわるが、そこにはもう標的となる王がおらず、入玉を許して駒得が活かせないというジレンマに落とされる。


 それほど真才の放つ中段玉は完璧にできている。事前に相当な研究を積んだであろうことは魁人の目から見ても明らかだった。


 ──ならば、その中段玉をあらかじめ警戒した状態にすればいいだけだ。


 そう、自滅帝封じなど単純なことであった。


 中飛車による中央の制圧、銀冠ぎんかんむりによる上部の圧迫。どちらもくらいを確保した中段玉対策である。


 そして、自分からは一切攻めない。


 中飛車の定跡に則り、振り飛車らしいカウンターで攻撃を仕掛ける。先んじて放ったゴキゲン中飛車はそのための囮のようなものだ。


(自滅帝が自滅流を封じられたらどうなるのか、興味が尽きないな)


 無策一貫の愚者とは違い、天王寺魁人はしっかりと策を持つタイプの人間である。


 あらかたの構想を終え、後は想定通りの道筋を通るだけ。


 魁人は5筋のくらいを確保し、早指しの利点が介入しづらいじっくりとした将棋に持ち込もうとした。


 ──その瞬間だった。


「……俺がいつ、自滅流それしか指さないと宣言した?」

「!?」


 天王寺魁人の思惑を全て見抜いた真才が、何の脈絡もなくそう告げた。


 その言葉の意味を唯一理解していた魁人は無言ながらも目を見開く。


 真才の手は今までのとは毛色が違った。


 両銀の進軍、不動の王。普段の真才の指し手からは全く想像のつかない手順に、魁人の予想がことごとく外れる。


(……なっ、『超速ちょうそく』だと? 中段玉は? 自滅流は……!?)


 真才は王様を中段に持っていくどころか、その場から一歩も動かない状態。居玉いぎょくだった。


 そんな居玉の状態から放たれる真才の戦型は、対中飛車のノーガード戦法として知られる『超速』。


 しかもただの超速ではない。事前に飛車先を突いてない分手数が早くなった攻撃に特化した超速である。


 そしてなんと、真才はそのまま王様を囲うことなく居玉の状態で自ら攻めに転じたのだった。


 ※


 そんな西地区と南地区の戦いを陰から見ていた少女がいた。


 可憐な容姿に色白の肌、靡く髪と真っ白なワンピースは硬派な将棋大会の会場には似つかわしくない場違い感を醸し出している。


 そんな少女の前に、これまた一人の褐色の少女、青薔薇赤利が通り過ぎようとしていた。


 ……しかし、赤利は目の前を通り過ぎる直前でふと横に視線を向け、少女とその目が合ってしまう。


「……? オマエ、どこかであったか?」

「さぁ?」


 少女の軽薄な返しに赤利はどこか納得のいかない様子を浮かべていたが、すぐに表情をニコッとさせた。


「……そうか。まぁいいのだー!」


 そう言って去っていく赤利の背を、少女は静かに見送る。


 しかし、少女はその後ろ姿を見て小さく呟いた。


「足元を気を付けろよ、青薔薇赤利。お前が思うほどあの男は甘くないぞ」





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 取るとしても1年後とかだよねー。

 なんて思ってた★4000が近づいてきている。

 

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