第十四話 唯一の理解者と絶望へのカウントダウン
『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪wwwPart10』
名無しの328
:あれ?自滅帝死んでね?
名無しの329
:ほんとだ。連勝記録止まってる
名無しの330
:今朝級位者に負けてたよ
名無しの331
:97連勝で打ち止めか、おしいな
名無しの332
:100連勝見えてたのに
名無しの333
:>>330 級位者に負けたってどういうこと?初心者相手に負けたってこと?
名無しの334
:恐怖の級位者だろ
名無しの335
:>>333 級位者の皮被った高段者
名無しの336
:>>333 この手のは表示が級なだけで中身は高段者なんやで。そして級位者に化けて指してる高段者のことを『恐怖の級位者』って呼んだりする
名無しの337
:あーなるほどね。じゃあ自滅帝は実質高段者に負けたのか
名無しの338
:でも自滅帝より強い高段者なんていたか?
名無しの339
:自滅帝も人間だからな、格下に負けることもあるだろ
名無しの340
:マジかよ、自滅帝人間だったのか。ずっと将棋星人か何かだと思ってた
名無しの341
:草
名無しの342
:将棋星人は草
名無しの343
:まぁ確かにあの強さは将棋星人みたいなもんやわ
名無しの344
:実際対峙したら戦意喪失するくらいの強さやしな。リアル大会とかに出てこないのが唯一の救いだわ
名無しの345
:今さっき自滅帝に勝った恐怖の級位者のアカウントページ見に行ったけど、なんか表示バグってる
名無しの346
:>>345 バグってるとは?
名無しの347
:ほんまや、マイページバグってる。っていうかこれBANじゃね?
名無しの348
:この表示BANじゃん
名無しの349
:BANされてて草
名無しの350
:どゆこと?
名無しの351
:不正乙!!w
名無しの352
:>>350 不正して自滅帝に勝ったってこと。つまり自滅帝は負けてなかった
名無しの353
:不正かよ
名無しの354
:不正してたのかよあほくさ、そら自滅帝負けるわ
名無しの355
:なんだよ自滅帝負けたとか言うからビビったじゃねぇか、相手不正人かよ
名無しの356
:将棋星人vs不正人だったな……
名無しの357
:まぁ自滅帝が理由もなしに負けるわけないわな
名無しの358
:帝ちゃんかわいそ
最悪だ……。
昨日の多面指しをなんとか乗り越え、今日もせっせと学校へ登校しているわけだが、俺のテンションはズタボロのように落ちていた。
元から朝は苦手で憂鬱な気分が抜けきらないのだが、今日はそれ以上に憂鬱な出来事があった。
俺のこの絶望に染まった表情を見ればもう察するだろう。
そう、俺のやっていた将棋アプリ『将棋戦争』で、なんと100連勝を目の前に敗北してしまったのだ……。
100連勝したところで何があるというわけでもないが、自分なりの目処を付けていたものが目の前で霧散してしまうとなんかこう、心に来るものがある。つらい……。
それに負けたことは自体は俺自身の実力不足なわけで、そこは納得できるし、そこに怒りを向けたいわけじゃない。
問題なのは、俺は人間を相手に負けたわけじゃなくて、AI相手に負けたということ。
つまるところ、不正されていたのだ。
「はぁ……」
道端を歩くたびに止まらない溜め息。
ネットゲームゆえに相手の状態を見れる訳もなく、AIを使って不正されていても気づくことすらできない。
全ての手が最善手や次善手など明らかに異質な指し回しをされれば不正だと勘付けるが、人間の手と混ぜて行われると不正か実力か判別できなくなる。
機械を相手に人間が勝てるはずもなく、早指しゆえに演算能力に圧倒的な差が出てしまっている。
負けるのは必然だった。
「はぁ……」
本日二回目の深い溜め息。実はここに来るまでも何回もしている。
歩く速度も気持ち遅くなっている。
幸いというべきか、相手は不正の常連だったらしくアカウントのページを見に行ったらBANされていた。
運営の目から見ても不正が確認されたのだろう。
だが相手が不正でBANされたとしても俺の負けた結果が消されるわけではない。負けは負け、黒星は黒星だ。それが勝負の世界の
相手が級位者だったということもあり、俺のレートはごっそりもっていかれ、ランキングトップから一気に転落。
まだ『九段』のままとはいえ、あと数回負け越すようなことがあれば『八段』に降格されるくらいまで落ちていた。
こんのぉ……不正者許すまじ……。
「はぁぁ……」
三度目の深い溜め息。
道端に転がっている石ころを軽く蹴って顔を上げる。
まぁ、過ぎてしまったことは仕方ない。また勝てばいい話だ。
それにいつかはそんなAIにも勝てるようになりたいと思っている。そのための力も日々付けているつもりだ。
誰もが尻込みするような圧倒的計算能力、最強のAIに素の実力で勝つことは人類史上への挑戦と同じだ。
もし不正されても勝てるようになったら、それこそ本当の強者みたいでかっこいいしな。
俺は未来の理想像を想像しながら幾分か気を取り戻して歩を進める。
学校到着まであと10分ほど、音楽でも聴きながら時間を潰すか──。
そう思っていると、急に後ろから声を掛けられた。
「お、おはよう」
え? 今なんて言った? おはようって言ったのか? そんなバカな。
俺に挨拶を交わせるような友達はいない。なんてったって天涯孤独のド陰キャ高校生だぞ? そんな奴に挨拶するとか一体どこの勇者なんだ……。
そう思い振り返ると、俺は目を見開いて仰天した。
「とっ、とと東城さん!?」
「う、うん……」
え? いやなんで東城がここにいるんだ? ここ俺の通学路だよな? 道間違ってないよな……? てかなんで俺に挨拶してくんの? こわい、めっちゃこわい……! カーストトップの女子こわい!
「え、え、ええっと、おはよう東城さん。俺に何か用……?」
「いや、その……昨日のこと謝ろうと思って」
「え?」
昨日のこと……?
「突然出ていったから……部長にもちゃんと謝っとけって言われちゃって。その、ごめんね?」
「あ、ああ……! いや俺は全然まったく気にしてないよ! ていうか東城さんこそ大丈夫? その、泣いてたけど」
「なっ!? 泣いてないわよ! あっあれはそのっ! な、なんでもないの!」
おっ、いつもの東城に戻った。
急にしおらしくなってたから最初別人かと思った。
東城は俺の顔を暫く見つめ込んだ後、顔を暫く俯かせて呟いた。
「……昨日帰ってから必死に勉強したわ」
「そっか」
「い、一応言っておくけど将棋だからね!? 学業ではアンタに負けないし!」
「いや別に勘違いしてないし張り合ってもいないから……」
妙なところで意固地なところを見せる東城。
将棋だけじゃなくて勉強やスポーツもトップなんだから、将棋だけが取り柄の俺とは大違いだ。
そんな東城は俺の隣を歩いて何かを思案するように黙り込む。
「……アタシ、将棋強い人って大嫌いだったの」
沈黙が続く中で不意に東城が呟くように言葉を漏らす。
俺はすぐに聞き返した。
「どうして?」
「……才能だけでそこに立ってるって気がしたから」
胸を打つような、聞き覚えのあるセリフが耳に入った。
東城が口にしたその言葉は、俺が今まで心の中で何十回も呟いてきた愚痴と同じだった。
「私もある程度才能を自覚してるから、自分のことを棚に上げようだなんて思ってないわ。でもね、アタシはアンタの言う通り努力をすれば必ず勝てるって思っていたの。誰でも越えられるって思っていたのよ。……でも上を見上げればアタシより強い人は山ほどいて、そいつらにはどれだけ必死に努力しても勝てなかった」
何とも皮肉かな。才能を持つ者が才能を持つ者に下されるのはよくある光景だ。
東城は将棋が強かったから、より広い世界を見てきたのだろう。だからより絶望を知ってしまっている。
「だからアタシは、そいつらがみんなアタシより凄い才能を持っているから勝てないんだと思った。強い人はみんな努力なんてしてなくて、才能だけで勝ってるんだってずっと誤解してた」
暗い表情でそう吐き捨てる東城は、少しだけ口元を緩めて言葉を続けた。
「……でも、そんなアタシの前に最近変なのが現れてね。そいつは勉強もスポーツもできなくて、いつも教室の隅で縮こまってるような男だった。才能なんて全く感じられない。センスもないし、やる気も無さそうだし、いっつも髪がボサボサしてる」
ははっ、これは完全に俺のことだ。泣きたい。
しかし、そんな風に心の中で思う俺とは裏腹に東城はこう続けた。
「……でも、そんな男がこのアタシをなんてことないような顔で叩きのめした。頭が良くないと勝てない勝負で、その男は学年一の秀才であるアタシをコテンパンに叩きのめしたのよ。笑っちゃうわよね。あまりにおかしくて、思わず泣いちゃったわ」
本音でそう告げる東城に俺は何も言うことができなかった。
ただ東城は俺と同じ歩幅で歩き続け、自分の醜態を口にする。昨日俺が言ったように……。
影で目元は分からないが、その口からはわずかな微笑みが漏れていた。
「……努力、してたんだ。アタシよりずっと」
「……まぁ」
俺は照れ臭そうにそう返した。
"努力"の詳細を俺は東城に話していない。口にしたのはあくまで何をやってきたかということだけだ。
それでも東城が俺の努力の中身を察することができたのは、将棋を通じて互いの心情をぶつけ合ったからなのだろう。
俺達はただのアマチュアだが、それでも互いの気持ちを察することができるくらいには将棋というゲームにハマっているらしい。
「……ありがとう。おかげで自分の甘えていた部分に気づくことができた」
そう言って東城は俺の前に来て頭を下げる。
まさか面と向かってそんなことされるとは思わず、俺は慌てて手をブンブンと振って東城に顔を上げるよう促す。
「それと、今まで失礼なことたくさん言ってごめんなさい。アタシの見る目がなかったわ」
「あはは……気にしないで。俺だって東城さんの努力を全部理解しているわけじゃないからさ。そこはお互い様だよ」
俺がそう言うと、東城はホッとしたように胸を撫で下ろす。
そしていつもの雰囲気に戻ったことを確認した俺は、陰キャなりの勇気を振り絞って自分なりの言葉を紡いだ。
「だからさ、えーっと……これからも将棋部の仲間としてよろしくしてもいいかな?」
「……! ええ! あらためてよろしくね、
あの東城が俺を名前で呼んでくれた……!
ずっと嫌われてると思ってたのに、よかった……!
「それじゃ、行きましょうか。このままだと学校に遅刻しちゃうわ」
「うん、でも俺たちちょっと離れた方がいいんじゃないかな。このまま学校行ったら周りから変な目で見られるよ」
「え?」
「え?」
東城は「何言ってるの?」と言わんばかりの純粋な視線を俺に向けてくる。
いや、いやいやいや! クラスのド陰キャがカースト頂点の女子と並んで登校とかありえないから! 俺の学生人生終わっちゃうから!
「……? 何ぼーっとしてるのよ、ほらいくわよ!」
そう言って東城は俺の手を無理やり引っ張って学校へと向かって行った。
学校までの距離、およそ200mである。
うん、俺の人生終わった──詰みだわこれ。
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