転生ゴブリン、食べ物チートで国を作る

文月やっすー

第1章

第1話 生まれて初めて空を飛ぶ

 恋人にするなら、絶対に顔の良い子だ。

 誰が好き好んで、不細工な人間と付き合おうと思うのだろう。

 想像してみて欲しい。

 もし相手がゴブリンみたいな顔をしていたら・・・・・・。

 一緒にいたいと思うだろうか?

 相手に優しくできるだろうか?

 命がけで守りたいと思うだろうか?

 ──オレには無理だ。

 だから俺は、幼馴染みの友美が彼女で、よかったと思っている。


 友美は顔も良いし、それに性格も良かった。

 だから、どんな時にでも、優しくしようと思うし、命を懸けて守ろうと、心に決めていた。

 それを言ったら、友美は笑いながら聞いてきた。


「じゃあ、私の顔が綺麗じゃなくなったら。英雄ヒデはどうするつもり?」


 そんなの、考えたこともなかった。

 目の前にいる友美は可愛いし綺麗だ。

 友美の顔が変わるなんて、想像できなかった。

 だから、あんまり考えずに答えた。


「それでも一緒にいるよ」

「──本当?」

「本当」

「よかった」

 

 そういって友美は、俺の腕を抱き締めた。


「ずっと、一緒だよ」

「うん、ずっと一緒だ」


 直後に、俺たちはトラックに轢かれた。

 生まれて初めて飛んだ空は、ぐるぐるにまわっていた。



§



「──……っ」遠くから声が聞こえる。


「──デ」その声はだんだん大きくなって。


「──ヒデっ!」俺の名前を呼んでいた。


「んあ?」


 目を開けると、目の前には奇妙で醜悪な生き物がいた。

 緑色の肌で、三角形に尖った鼻と尖った耳、ギョロリとした目。その生き物の名前が、頭に浮かんだ。──ゴブリンだ。


 声をあげながら、その伸ばされた手を払った。

 それから、尻もちをついたまま、後ずさりをして距離をあけた。

 襲われないように警戒していると、そいつは下を向いた。


「……ごめん」


 確かにそう言った。

 その言い方。その仕草。

 それを、オレは知っていた。


 ──まさか。


 そう思いながら、オレは確認してしまった。


「トモミ、なのか」

「……ごめん」


 一番最初に、トモミが生きていて良かったと、そう思った。

 それから嬉しさのあまりに抱きつこうとして。──でも、やめてしまった。

 嬉しさの次に出てきた感情は、気持ち悪い、だったからだ。

 オレは、どうしていいかわからずに、ただ立っていると、トモミは「ごめん」とだけ言って。それからオレに背中を向けて、走って行ってしまった。


 トモミの後ろ姿に手を伸ばした。

 緑色の枯れ木のような腕が視界に入った。それは、間違いなく、自分の体から伸びている腕だった。身体を見て、顔を手で触った。

 鏡がなくて良かった。

 もし今の自分の姿を自分で見れたら、考えただけで頭がおかしくなりそうだった。


 こうしてオレは、自分がゴブリンになってしまったことを、理解した。



§



 オレは辺りを見回した。ここは洞窟の中らしい。そういえば、ゴブリンは洞窟に巣を作ると聞いたことがある。たぶん、ここがそうなのだろう。入り口から近いみたいで、向こうではわずかに明かりが漏れている。

 暗いけれども、それでも周りのようすは十分に分かった。

 小さいゴブリンが5体、壁でうずくまっている。そのなかで、母親らしいゴブリンとその乳首に吸い付いている小太りなチビゴブリンを見つけた。


 そんな様子を見ていると、急にお腹が減ってきた。

 小太りなチビゴブリン、改めデブリンのようにすれば、お腹がいっぱいになるのだろうか。ちょっと、その様子を想像してみた。──絵面が最悪だ、絶対に嫌だ。

 でも、お腹は減りに減って、ふらふらする。なにか口に入れないと、死んでしまうかもしれない。オレは選択をしなきゃいけない。


 ──無様に生きるか、プライドをもって死ぬか。


 考えるまでもなかった。

 生きること以上に大切なことなど、あんまりない!

 オレは覚悟を決めて、デブリンの横に立った。


 ──デブリンに殴られた。痛い。


 デブリンの態度は、コレは全部自分のものだ、と主張していた。

 周りを見渡して、うずくまって動かないゴブリン達を見て、やっと理解した。

 弱肉強食。

 強い奴は食事にありつける。弱いやつらは死んでいく。そうして強いやつらだけが残っていく。

 それが、この世界のルールみたいだ。

 人間の時には忘れていた、自然界の絶対ルールだ。


 オレは自分の身体を見た。

 それは弱者の側の身体だ。

 力ではデブリンには絶対に勝てない。

 ──詰みだ。


 そうか。オレは、ゴブリンとして死ぬのか。

 そんなことを考えていると、トモミの顔が浮かんできた。


 ──私の顔が綺麗じゃなくなったら。


 そうか。

 あれは、見た目の話じゃなかったんだ。

 外側じゃなく、中身を見て、って。

 そういう意味だったんだ。

 トモミはトモミだったのに。


 そんなことを思い出すと、不意に。


 頭の中で、なにかが弾けて、繋がった。


 トモミはトモミだ。

 トモミはゴブリンじゃない。たとえ、見た目がゴブリンでも。

 オレも同じだ。見た目はゴブリンでも、中身は違う。

 オレには、ゴブリンにはないものがある。


 オレは立ち上がった。デブリンを一度だけ見る。

 オレは、今は、弱者だ。

 でも、絶対に這い上がって見せる。

 人間だった時の知識を使って、絶対に生き延びる!


 ──そのためには。ここにいてはいけない。


 オレは、改めてデブリンを見た。その背景には、先の見えない暗い洞窟だ。そんな場所に、オレは背を向けた。

 反対側。

 そこには、洞窟の外から入ってきた淡い光が差し込んでいる。それは、トモミが走っていってしまった方向だった。


 オレは、外へ向かって歩き出した。

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