第2話 いよいよ出発のはずなのに
「だから、大陸に着いたら、心霊も退治できるなんて、絶対言っちゃダメよ。間違えて退治しちゃったら、『あれは魔霊だった!』って言いはってね。絶対よ」
「はーい。心霊退治は教会の領分、私達は魔霊だけを相手にしてますっ! ……ということですよね?」
素直に返事をして、模範解答を示した私に満足したらしい先輩が、笑顔でうなづく。
さて、ここは海の上。
課題の
今まで育ったカロナー島を出て大陸に渡り、いよいよ本格的な仕事に入るため、待ち合わせの港に向かい、同行してくれる先輩退魔師と合流して客船に乗り込んだ。
カーマ先輩、二つ名を「
しとやかで物静かな雰囲気の美人さん、なんだけど。
わりと高級な部類に入るだろう個室の一等客室に入り、荷物を整理するのもそこそこ、カーマ先輩が質問してきたのは。
教会とのお付き合いの鉄則。
「それとね」
「え、まだあるんですか?」
「【新人退魔師10ヶ条】、ちゃんと覚えてる?」
【新人退魔師10ヶ条】とは。
一、魔霊にのみ力を行使すること
一、聖職者として節度ある生活を心がけること
一、年長者を礼節をもって敬うこと
一、年少者に親愛の情をもって接すること
一、慢心せず、日々研鑽に励むこと
一、国家、教会に対して誇りをもって臨むこと
一、富めるものに迎合しないこと
一、力を持たざるものに対して傲り高ぶることのないこと
一、婚姻せず清らかに年振ること
一、無用な蓄財せず病めるもの貧しきものにほどこすこと
「……ですよね?」
「惜しい!
一、やたら酒類を
「……ちょっと待って、カーマさん、1個増えてる!」
「レミ用追加一ヶ条よ。とにかく、カロナー島以外では、お酒禁止」
「だから、飲みたくて飲んだわけじゃ……」
「ネオ・ブルフェンにもよくよく言われてきたんだから。とにかく、絶対飲ませるな、特に人前では絶対にって。テプレンに着く前に、飲まないようによくよく言い聞かせるように、って」
「最長老様まで……」
この年の新年の宴で、ちょっとやらかしちゃったんだよね。
大陸中で仕事に励む退魔師だけど、新年は依頼がない限りは聖堂のあるカロナー島に帰ってくる。
この聖堂ってのは、教会とは別のもの。
退魔師は、この世界を治める唯一神ラ・コールの加護を失って代わりに妖霊の守護を得ているから、その神を信仰する教会の恩恵は受けられない、という理屈。
妖霊の守護を得ているものを「妖霊憑き」とか「
人に害をなす「魔霊」の類いを倒す力があると分かる前、教会の指示で社会から除け者にされて「妖霊憑き」を島流しするために選ばれた場所がカロナー島だったんだって。
退魔師としての地位を得て、生活水準も爆上がりしたけど、いまだに教会とは微妙な関係にあり、一般社会では生活させてもらえず、「妖霊憑き」はカロナー島に引き取られて育つ。
だから今も教会の代わりに「妖霊憑き」の拠り所となっているのが、カロナー島の聖堂で、引退した退魔師が長老連として治めてる。
その中で1番偉いのが、最長老さま。
普段カロナー島にはその長老さま達と、力が弱くて退魔師になれなかった「妖霊憑き」と、成人前の退魔師候補の「妖霊憑き」の子供だけが生活している。
でも新年には、大陸中からお土産を持って退魔師達が帰ってくる。
だから、新年の宴は、とっても賑やかだし、食卓も超豪華になる。
今年は私の成人の祝いだから、と、勧められて初めてお酒を飲んだんだけど……ちょっと飲み過ぎだったみたいで。
別に暴れたとか酔っ払ってクダを巻いた、とかじゃない。
単に、飲んでも飲んでもたいして酔わなかったから、ついつい差し入れの高級なお酒、全部飲みきっちゃった、ってだけなのに。
『まああれ、かなり高いやつだったしね。退魔師のみんなは、ちょっと金銭感覚おかしいから金額は気にしてないけど』
(わかってるわよ! あとで値段聞いてびっくりしたもん! もうあんな飲み方しないから!)
一本でも一般的な庶民の1ヶ月分の生活費がぶっ飛ぶって聞いて、本気で青ざめたから。
まあ、上流階級との経済格差が極端なこの世界では、一応裕福な部類の退魔師。
ちょっとお高い、程度の感覚だとは思うけど。
「もし飲んだら、レミの二つ名は『ザルのレーミ』にするからな、って」
『ぷっ、「ザルのレーミ」……語呂が悪すぎる……』
背後でローが笑いを堪え切れず、ひーひー言うのを睨み付ける。
「やめてくださいよー! 絶対飲みませんから!」
「あ、ちなみに、先代『ザルの……』候補はサーシャさんですって。黙々と飲むレミと違って、あの通り酔っ払いまくるから、『緋色』が定着するまで、島でも禁酒させられたみたいよ」
「なんなんですか、その嫌な襲名連鎖は」
現役退魔師の中でも大ベテランのサーシャさんは、島では飲んだくれてる姿しか見たことない。
世界でも指折りの退魔師なのになぁ……あと、めっちゃ美人なのになぁ。
だいたい、10ヶ条とか格好いいこと言ってるが、9条目は有名無実だし、10条目は、浪費の言い訳じゃないか。
教会の許可がないから結婚できないだけで実は恋愛しまくりだし、金銭感覚おかしいって思うくらい高級品買いまくるし。
まあ、長い人生で恋のひとつもするな、何て言えないしね。
あと、金持ちのクセにケチケチするな、って批判されないよう買い物を沢山して、市場が潤うように経済に還元してる、っていうのも分かるけど。
「まあ、レミも、ちゃんとした二つ名が付くまでは、言動に注意した方がいいわよ。意に染まない二つ名が付いちゃっても、修正利かないからね」
「はい。カーマさんみたいに、素敵な二つ名が付くように、精進します」
「……」
『レミ、それ禁句!』
(え?)
「……後ろで、こそこそ話しているみたいだから、この際助言しておくけど、使う呪具には気を付けてね」
ローの声は私の脳内にしか届かないので、カーマさんには聞こえてないはずだけど、私の表情で様子を読み取ったらしい。
軽くため息をつきながら、カーマさんは言葉を続けた。
「呪具が変に悪目立ちすると、他のもの使いたくても使いにくくなるからね」
「あの……?」
「たまたま! 手元にあった銀の横笛を使っただけなのに! あれ、意外と使いづらいのに! て言うか趣味なだけなのに! 銀笛使って退魔しないと手抜きみたいに言われて! おかげでせっかく手にいれた名器、いくつ
半泣きでカーマさんが話してくれたのは。
カーマさん、大陸で仕事を初めた頃から音楽を嗜むようになり、趣味で始めた横笛好きが高じて、ちょっといい楽器を手にいれて。
ホクホクしながら帰島しようと立ち寄った街で緊急の魔霊退治を依頼され。
これが結構強力な魔霊で、手持ちの呪具では対応できず、持っていた最も良い素材が、せっかく手にいれた、銀製のフルートで。
しかも、カーマさん、最も相性のいい属性が、風と土で。
風、つまり息を通して霊力を高める土属性の、しかも、純度の高い金属、金や白金に並ぶ貴金属である銀のフルートは、改めて錬成する必要がない、呪具としても、とっても高品質で。
おまけに、カーマさん、強い色調が好まれる傾向のある大陸西部で例外的に美人要素となる絹のようなしなやかなプラチナブロンドの髪と、春の青空のような碧眼に白磁の肌の、典型的美人で。
……そりゃ、当時は美少女だっただろう、こんな美人が、銀のフルート吹きながら魔霊退治したら、まさに天使降臨かと思うよ。
魔霊自体は霊力の少ない人には見えないけど、退治されて浄められていくさなか、その衝撃で空気が震え、さながら
まあ、それは心霊も同じなんだけど。
揺らめく陽炎の中心で、銀色に輝く銀笛を奏でる美少女、おまけに最後はその銀笛がキラキラ煌めきながら
まあ、本当にフルートが塵になってしまったかは分からないけれど。
金属製の呪具は木製に比べたらいくらか丈夫だし。でも、部分的には崩れた可能性はある。
おかげで。
その場に立ち会っていた関係者の伝聞から、付いた二つ名が「銀笛のカーマ」。
さらに、カーマさんを支持する、要するにファンの皆さんである世界各地の王族や富豪から、名器と呼ばれる銀笛が贈られ。コレクションとして保存しておきたいカーマさんの意に反して、その名器での退魔を期待され。
そしてまた、これが呪具としても最高の素材で。
数多の期待を裏切れず、泣く泣く名器を塵に変えて魔霊退治に勤しむカーマさんなのであった、らしい。
「だからね! 特に人前で退魔する時は、下手に特徴のある呪具は使っちゃダメよ! なるべく目立たない、特徴のないやつにしなくちゃ!」
と、まあ、このカーマさんの力説により、この日、「新人退魔師10ヶ条」に、12条目「一、目立つ呪具は使わないこと」が追加された。
ちなみに。
サーシャさんの「緋色のサーシャ」の由来も教えてもらった。
サーシャさんは赤毛に赤系の瞳、褐色の肌なんだけど、「ほら、あの赤い退魔師」と呼ばれているのを誰かが(サーシャさん本人と言う噂もある)「緋色の」と言い直しているうちに、その表現で定着していったんだって。
なんとも捻りもない由来だけど、おかげで飲酒解禁となったので、サーシャさんは満足らしい、そして、現在に至る、と。
『あ、どんなに飲んでも酔わない人は、「ザル」じゃなくて「ワク」なんだって! 「ワクのレーミ」……いまいちかなぁ』
(飲んべえの話から離れろぉ!)
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