討伐されて美少女勇者に憑依してしまった元魔王は今度こそ平穏に暮らしたい

ニシノカズサ(仮)

プロローグ

第1話 (初稿)

「最強と恐れられた魔王もこれで終わりね」

 片手で持った剣を魔王の喉元に突きつける勇者を、膝をついた魔王は静かに見上げていた。

「俺の負けだ」

 魔王は自らの敗北を宣言するとゆっくりと両手を上げる。

「ずいぶんと潔いのね。もっと粘るものと思ってたわ」

 勇者は反撃を用心しているのか、魔王に向けた剣を降ろそうとしない。

「これでようやく魔王を辞められるのかと思うと、今は清々しい気分だ」

「それは良かったわ。でも魔王が辞めたからっておしまいにはならないのよね」

「な」

 勇者が剣を横に軽く一閃すると、魔王の首がゴトリと床に落ちた。

「ふう。ちょっと危ないところもあったけど、無事に討伐できて良かったわ。あとはもう帰るだけかしら――うっ」

 決戦の跡を見回していた勇者を割れるような痛みが襲う。

「何よ、これ……。まだ……何があるって……言うのよ……」

 勇者の意識はそこで途切れた。


「ううん」

 倒れていた勇者の上体が両腕を支えにゆっくり起こされる。

「ここは……謁見の間か。ひどい有様だが、ここでんだな」

 首のなくなった魔王の体と目を見開いたままの頭部が目と鼻の先に見える。

「勝てないのがはっきり分かったから、降参しようと思ってたのに、勇者のやつ問答無用で首を切り飛ばすとか」

『あれ? わたし、どうなってるの?』

「な」

『わたし、魔王を倒して、それから……あれ? 身体が動かない? いや、勝手に動いてる? なんで?』

 勇者は考えてもいないのに勝手に立ち上がる体に思考が混乱する。

「もしかして、おまえ、勇者か」

『勇者かって、なんで勝手に動いてる自分の体に聞かれなきゃいけないのよ』

「ほう。勇者の意識は憑依されても残るのか。これは面白い」

『こっちはちっとも面白くないわよ。あなた、だれよ』

「おまえに先ほど殺された者だが」

『殺されたって、あなた、魔王なの? わたしに一体何をしたのよ』

「おれが殺されたことでスキルが発動して、おまえに憑依しただけだが」

『まさか、これを狙ってたっていうの?』

「いや、おれのスキルは殺されると自動発動して止められないので、降参するときにおれを殺さないほうがいいと忠告するつもりだったんだがな」

『え? もしかして、わたしがそれを聞く前に殺してしまったのが原因?』

「まあ、そういうことになるな」

 勇者の意識が落胆するのが魔王に伝わった。


「さて、これからどうするつもりだ?」

『どうするって、体を乗っ取られてどうするもないでしょ』

「おれも元の意識が残っているのは初めてなんでな。残っているのなら一応希望を聞いておきたいんだが」

『魔王にしてはずいぶん謙虚なのね』

「おれは平和主義なんでな。争わずにいられるなら話し合いで解決したいと思っている」

『魔王が平和主義って冗談よね、今までやってきたことを棚に上げてよく言うわ』

「以前は暴力と恐怖で世界を支配しようとしていたが、少なくともおれが憑依してからは平和的に問題を解決するようにしてきたし、だれも殺してない。配下の統制は十分でなかったが」

『一年前から魔王軍がおとなしくなったのはあなたのせいだったのね。魔王がいつの間にか平和主義になってたなんて、分かるわけないじゃない。

 はあ。それで、ええと、わたしの体をどうしたいかって? できることなら取り返したいのは間違いないわね。それで返してくれるの?』

「それは済まないが、おれのスキルは解除不可能でな。おまえの体を解放できるのもおまえが死ぬときだけというわけだ」

『じゃあ、わたしの希望を聞いたって、どうにもならないじゃない。もう、好きにすれば?』

「そうか。それならおまえの名前を教えてくれ」

『ライムよ。名前なんか聞いてどうするつもり?』

「これからおれがおまえとして生きることになるからな。名前ぐらい知っておいたほうがいいだろ」

『へえ。これからあなたがわたしの代わりに生きるって言うのね。それもいいのかしら、元魔王様?』

「元の持ち主の承諾も得られたことだし、とりあえず魔王討伐の旅を戻ることにするかねえ」

 元魔王である新生勇者ライムは、そう言うと済んでいた王都へと一歩を踏み出した。

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討伐されて美少女勇者に憑依してしまった元魔王は今度こそ平穏に暮らしたい ニシノカズサ(仮) @kazssym

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