先生と弟子

@YukiShohei

先生と弟子


一.はじめに                   


二.テセウスの船             


三.閑話休題                 


四.存在と時間    


五.( )                            

  











一.はじめに










弟子M

「はじめに記すとしたら何にしよう。やはり僕たちの旅の記念になるような事がいい。例えば、対立とか受容とか。建設とか探求とか。知性とか欲求とか。理性とか忍耐とかいいやそれよりも、対極を成すものならば。光と闇とか普通と異常とか。議論とか沈黙とか、極大とか極小とか。どうやっても一言では言い表せない二つの解とか。男と女とか。それよりもっと複雑な性への捉え方とか。階層からなるレイヤー概念とか。もっと。もっと。深く深く。哲学とか孤高とか。平凡とか逸脱とか。制御できるものとかできないものとか。僕はいったいどれだけ、あとどれだけ。どれだけ修行と研鑽を詰めば、たどり着けるのだろうか。理想を。邪念のない聖者の道を。ひたすらに僕は求道する。求道する。ただただ探求するだけではたどりつけない。目的と意味と明確な意思の力がなければきっとたどりつけない境地。



命をかけるに値するもの。僕は。僕の命が燃え尽きても。きっと生きていられるのならそこにいつか。いいや。いつでもたどり着きたいのだ。――そして未だ僕は生を知らずいずくんぞ死を知らず。」

 

弟子「あっ。やっと見つけました。先生。またこんなところで。何をしているんですか?」


先生

「ああ、君ね。頼んでいたものは? ん。ありがとう。今カバラの極意についてこちらの高名なラビに教えてもらっているところよ。太極図を取り込んでどうやらね。カバラとは三次元構造で解釈するのが早いか…あるいは…いや…だとしたら…レイヤー概念で解釈した場合。真髄はおそらくこうで。そうか。あの計算式が使えるな。」



弟子

「先生! 先生! 戻ってきてください! せんせーい! 」


先生「ん。いま君何かしゃべってた? 」


弟子「しゃべってましたよ! 本当にもう。先生の集中力は化け物なみですね。」


先生「ふふ。さてと。場所を移そうかしら。そろそろ私はタバコを吸いたいわ。そこらのレストランに入りましょう。」


弟子「そうですね。僕もこの国の食事をもっと楽しみたいです。そうだな。先生がタバコを吸うのなら、僕も匂いのある食べ物が食べたいですね。タバコの匂いに勝つような何か。」




先生「そんなにタバコの匂い嫌い? なら、私はあなたの前ではこそこそと吸わなければいけないのかしら。」


弟子「いいえ。今日の食事をたかっているだけですよ。先生。」

先生「なるほど。交渉。交渉とあるならばセオリーはてこでも動かない事ね。まぁ、そのくらい。君は知っててやっているんだろうけれどね。」


弟子「ああ。先生。僕。お腹すいたなぁ。いま"無駄"にした時間の分だけカロリーを消費します。移動しましょう。行動は無駄なく迅速に。でしたっけ。誰が言ったのかな。」


先生「あら。それならば。私は無駄でも良いし、迅速じゃなくても良いわ。曰く。巧言令色、鮮なし仁。言葉が巧みでいい顔ばかりしている人間に、仁のある人はほとんどいない。これは



私の言葉ではないけれど、修行を私のもとで積みたいのなら相手の力量をしっかり把握した上で挑むべきね。それこそ時間の無駄だわ。」


弟子「また論語ですか…。それなら僕は囚人のジレンマの解消のために、次の交渉に向けての信頼関係を維持する事に努めます。有体に負けました。割り勘ですね。わかりました。」


先生「そんなあなたにとって無価値になった話しをしているうちに、カフェについたわね。うん。香りもいいわ。とても美味しそう。私はここにしましょう。さて、あなたはどうする? あなただけ他所でというのもあるわね。」


弟子「先生は僕の話しを聞いていなかったんですか。もう、いいですよ。わかりました。すいませんでした。僕が悪かったです。



あの条件なら簡単に勝てると思い軽率でした。以降戦術と戦略と計画を練ってから挑みますよ。先生。」


先生「さて、と。…あのカバラを神智学に組み込んでグノーシスだとするならば。歴史上の聖書の解釈はそうなるのね。なるほどなるほど。やっぱり来て良かったわ。」


弟子「やっぱり先生は僕の話しを聞いてない…。それにもう解いたんですか。いや。…わかっちゃったんですね。」


先生「いや。聞いてるわよ。さ。ご飯にしましょう。ふふ。別にあなたが挑む事なんてたいしたことじゃないから気にしていないわ。好きなものを食べるといい。支払いは私がするから気にしないで好きなものを食べなさい。食事は美味しいものを




楽しくたべましょう。そのほうが良いの。だからあなたのやりたい事を済ませて。話しを区切らせてもらっただけ。」


弟子「なるほど。そこまで見越してというわけですか。…精進します。それで、先生の今回の目的はどこまで進んだのですか? 」


先生「ん。もうとっくに終わってるわよ? 今回は確認に来ただけ。事実は小説よりも奇なり。か、どうか。それだけを調整しに来ただけ。」

弟子「まだ僕にわからない領域のお話しですか。なるほど。先生とこの世界との距離感がわからないんだよなぁ…。いまだに。」


先生「ふふ。私は万能に至り真理の探索を終えた者。私の前



では無意味な事柄なんて等しく存在しえない。それにね。世界にとってすべからく人類は。一人の例外も残さず。等しく平等に包み込む度量があるのよ。」


弟子「先生。なぜわざわざ等しくなんて平等を強調して。わざと分類するようなことをしたんですか。」


先生「うん。君は。そうだね。いいね。いい線いってる。けれどこれは質問が良くても。君にどれだけ説明を重ねても。理解に至れるというわけではないのよ。例えば、極悪人も大天才も対極端の関係ではない。」


弟子「あのね。先生。もういい加減。女性言葉よしたらどうです。息がつまりそうだ。それに先生はどのように捉えられようがお構いなしの方だ。」



先生「ふふっ。君はさぁ。ホント。頭がいいんだろうがな。口のききかたがなってないぞ坊や。ん? 」


弟子「いや僕なりの敬意のつもりだったんだけどなぁ。わかりにくかったですか。"せんせい"。」



先生「ああ、気を悪くしたか。すまんな。こっちが私の素なんだよ。まあ。なんでも良いが。しかたあるまい。ここは聞き耳を立てる者もいる。それに。さっきのほうが親しみも包容力もあったろう? 」


弟子「全く先生は。そこらの愛想を振りまく連中に対してならいざ知らず、僕にそれを使う必要はありませんよ。損も大したないんだから。でなんでしたっけ。天才と極悪人の違いで



すか。奴隷労働者と勤労"青年"の類似性みたいなものですか? 」


先生「センスが疑われるぞ"青年"死ぬほどくだらないジョークだな。天才は美術の世界ならば非常にわかりやすい。悪人はシリアルマーダーやサイコパスの思考パターンがわかりやすい。しかし例え話というのはだな。わかりやすい分実態を殺す。な。わかるか。」


弟子「先生。舐めないでほしいな。僕もそこそこだ。」


先生「ならば天才と極悪人に共通する点はわかるかな? 簡単な質問だが。」


弟子「狂気。」



先生「ライト。ならば主に欠如している点は。なんだ。」


弟子「共感性。」


先生「イエス。例えば羊たちの沈黙っていう映画があったろ。あの映画の羊とはなんだ。めぇ。めぇ。と鳴く羊を主人公の"少女"は救ってやれなかったと。そのことで。その時のトラウマで。鳴き声で。夜眠れないと。メタファーの真意について答えろ。」


弟子「あれは、被害者全体の事を指しますね。殺されていく事がわかっていて、それを少女は自らの力で状態から回復させる事ができない。そして被害者と少女の関係について言及できる根拠となります。トラウマだからこそ忘れることもできない。」




先生「正解ではある。しかし時間軸について曖昧な回答だったな。殺され続ける被害者について、主人公。彼女はなにもできなかったのさ。そして羊ときた。問題は簡単であったか。ずっと彼女はなにもできない。彼女のトラウマは解消されない。されえない問題だ。彼女も被害者であり。あの時には羊だったんだよ。あそこからはじまっているんだ。」


弟子「しかし、なんでまたトラウマになってしまったのでしょうか。」


先生「知らんさ。トラウマに何をもってくるかなんてそれこそ人それぞれだろう。羊たちの沈黙。そんなタイトルなんだ。


全編通して彼女のトラウマ。人間のトラウマの話だったな。アレは。」



弟子「先生にとってのトラウマはなんですか?」


先生「ふむ。その質問。私以外にしているところをみかけたら笑ってやる。」


弟子「助けてくれるんですか。」


先生「ふん。自分の力でなんとかしろ。バカ者。」


弟子「それで、先生のトラウマは。」


先生「私のトラウマな。そうさな。"時間"かな。」


弟子「時間ですか。先生。」




先生「うん。きわめてどうにもし難い。手を加えるにしても手を加えないにしても難しい。」


弟子「あなたのレイヤーがまったくどこにいるかわかりませんね。ホント。」


先生「私のいるところではレイヤーという概念ではないんだよ。坊や。一番下のレイヤーと一番上のレイヤーは隣接できる。」


弟子「へえ。すごいなぁ。僕もそこまでたどり着きたいです。どんなところですか。」


先生「ゲルニカってあったろ。パヴロ・ピカソの。あんな感じ。」


弟子「映画だったらなんですか? 」



先生「うーん。なんだろうね。似ているのは黒澤明の羅生門だな。」


弟子「この会話について。知識の数を賞賛する様な感想を言われたら。先生はどうしますか。」


先生「うん。私ならな。笑ってやるさ。知識なんてもの。たかがそれが頭にあるだけの事だ。第一、全部の解答用紙に2と埋める行為をして、それが合っているからといってなんになる。そこまでしてその試験に受かりたいのなら、受からせてやればいい。どうせその試験はろくな事にはなってないさ。」


弟子「そうですね。試験が成立していない。または、答えだだせる電算機器と答えだけを話す人間も大差ないですね。」




先生「そうだな。おおよそ数学には式というものが必要で何段かかってもよいが、とにかく説明にも式が必要なんだ。なんだって考えてからの行動が大切であるというだけだよ。」


弟子「今日の教訓は、先生。」

先生「ん。」


弟子「今日の教訓は、極悪人の思想も天才の思想も。到達するには整理を行い数式のような理解が必要である。そして。天才も極悪人も彼らのレイヤーは同じにある。」


先生「ああ。そうか。そうだ。そんな話だった。」


弟子「曰く。少年老い易く学成り難し。茨の道で足の裏が酷い事になってますよ。ホント。」



先生「ならとっとと、弟子なんぞやめて普通に生きればいい。」


弟子「それができたら苦労しませんよ、先生。あっ、そういえば頼まれたものをマーケットで買っていた時。変わった事が起きていたので解きに行っても良いですか? 」

先生「ん。わからない事があったら解きに行くか…そうだな。ちょうどいい。巷のミステリー小説よりも面白いなら行ってやる。」


弟子「きっと大丈夫です。先生を退屈させやしませんよ。じゃあ、ご飯食べたら行きましょうか。」


先生「うむ。おっ。きたきた。食事♪食事~♪」





弟子M

「これだけ見てると本当に年相応の普通の人なんだけどな


ぁ…能ある鷹は爪を隠すわけか。面白い事を探して。いや。面白い事が起こる事を増やすために。はあ…やっぱり先生に勝つにはまだまだかなりの時間がかかりそうだ…」


先生「~♪」

















二.テセウスの船










弟子M

「死について考える事はよくある。それは破滅願望からくるものではない。お金がなくて苦しいとか、体調がすこぶる悪いからとかそんな次元を超えいつも考える。あらゆる動物は必ず死ぬ。死からは逃げることができない。今刹那的な快楽を得ていようがそれでも人間はいつか死ぬ。仮に絶望の淵に立って崖の端っこで自ら死を選ぶような人間でも。

絶望とは関係のない原因で死は訪れる。なら幸福とは一体なんだろう。どうせ死ぬのなら。どうせ何もなくなってしまうのなら。何もしないで、ただ耳をふさいで口を紡いで、じっとしていれば傷つくこともなく。安らかに死ねるような気がする。でもきっとそれじゃだめだ。だめなんだ。人は。それだと死までの時間を退屈してしまうんだ。

――ああ。なんて我儘なんだろう。我儘でも良いから僕は幸福を望んでしまう。本当にどうしようもない。知っているのに。



どうせいつかはすべて無に帰結するということ。いいや。それでも、生きている間に楽しい事や幸せな事。そうやってきっとポジティブに増大したエントロピーは単純な死の帰結へと道を運ばないだろう。きっとそれは。きっときっとそれは。幸せの総量が多かった人生は幸せな人生とそしてその結果へ僕を運んでくれるんだ。そんな気が。――本当に。いつまでも生きている限りわからない事だというのに。僕はそんな気が。するのだ。」



弟子「――ここはどこだろう…たぶん海の中だ。真っ暗で息ができないから。きっとそうだ。違いない。僕は生きて生きて何度も死んでやっぱりここにたどりついた。ここまでやっても、まだなのか。まだ勝てないというのか。どうしても勝てないというのか。でも…こんなにしてもダメだったのなら。僕はそれま



での人間だった。ただそれだけだ。ああ…死とはなんと孤独なのだろう。こんなにも寂しい思いをするのなら…がんばらなきゃ良かった。」


先生「…少年。君はそれでもまだ生きていたいか? それでもなお立ち続けるか? 周りがそうするから? 理由をつけ孤独から逃げ出すのか。お前は強いのか。弱いのか。君が決めるといい。そして生きるのか死ぬのかも。君が決めるといい。」


弟子「僕は…生きたい…生きていたいです。どんな恥にまみれようとも、血反吐を吐き散らしながらでも、死ぬよりマシだ。こんな孤独よりはるかにマシだ。」


先生「また何度も死ぬぞ? 身体が悲鳴をあげるぞ? 孤独とは。人間としての死で。究極に足を引っ張る人間としての枷



となる。」


弟子「あなたは。生きろとは言わないのですね。あなたは苦しい地獄の最中でも。死ねとは言わないのですね。」


先生「地獄? そんなもの。認識の違いだ。それだけのことだ。どうとでも人は捉える。ただ地獄だと捉えただけだ。それで? 早く決めろ。行動は無駄なく迅速に。君はこのままだと死ぬぞ。」


弟子「嫌です。僕を…助けて…ください…。僕は…生きたい! 」


先生「うむ。良く言った。ならば"天国"も"地獄"も甘受しろ。人生とはそういうものだよ。"少年"。」



弟子「先生…どうして僕は生きているんでしょうか。」


先生「そりゃあ死んでいないからだろう。」


弟子「先生…あなたは誰なんですか? 」

先生「何者だったらお前は納得して腑に落ちるんだ?」


弟子「…先生。…あなたの事を"先生"と呼んでもいいですか?」


先生「ふむ。"先生"ね。呼び方なんてなんでもいいさ。好きにしろ。"少年"。」






弟子M

「――走って走って。ひたすら走って。たまたま息をつまらせ。運悪く死にかけていたところ。僕は先生に助けてもらった。記憶はほとんどない。よほど衰弱していたからだそうだ。そうして"運良く"助けてもらった。人生とは本当に不思議だ。そうしてもっと不思議な先生と旅は始まった。」


先生「ああ、そうだ…それから私はね――」

弟子M

「人間の身体の細胞は、不要になった細胞が生き変わる新陳代謝によって単純計算ではあるが、毎日1兆個。1ヵ月で30兆個。例えば、肝臓なら遅くとも一年で全てが入れ替わる。それは身体の構成要素のほとんどにいえるのだ。それならば。僕はいったい何をもって僕というのだろうか。」




先生「ああ、このあたりか? 巷のミステリー小説よりも面白い事が起きている場所というのは。」


弟子「そこまでは言ってませんが。いや。後々のために。僕はそこまでは絶対に言っていないはずですけれど。」


先生「絶対ときた。なるほど絶対か。ふふっ。この世に絶対などあるものか。ゲーデルの不確実性定理を知らんのか。とはいえあれの破り方はだな…」

弟子「先生。面白い事がありそうだからって興奮しすぎです。」


先生「…ん。そうかな。私もまた。いいや。やめておこう。ふふ。そうだね。たぶんきっとそうだ。」


弟子「…含みしかないお言葉ですね。らしくない。」



先生「君はね。確かに良く人を見ているけれど。人に気をとられすぎて目の前の事が見えていないんだ。それは非常にもったいない。」


弟子「……くやしいですが。そうですね。以前仰ってましたね。お前は自分と自分のまわりの関係に気が付けていないと。」


先生「ああそうだ。だが。言われてすぐに直せるようなら誰も苦労なんかしないさ。」


弟子「その言葉はとても救いになる。それを強く意識しすぎてもいけない。中庸を求める精神が肝心だと。」


先生「そうだ。」




弟子「ちなみに質問ですが、先生にもそういう時期はあったのですか?」


先生「さあな。なんにでも例外はある。」


弟子「……。」


先生「さて散歩にしてはいいんじゃないかな。うん。良い。このあたり。地中海の風はとても気持ちがいいな。」


弟子「ええ。そうですね。さて。マーケットで言われていた古書を探してた時に、小耳にいれたんですがここで面白いもめごとがあると言ってました。」


先生「まぁ、人の不幸を喜ぶものではないがな。それで君。君



に何ができるかやってみせたまえよ。」


弟子「期待にお応えいたしましょう。」


先生「さ。そろそろ概要を説明してくれないかな。」


弟子「セ・セニョール。(畏まりました。) 」


先生「はぁ…君ときたら。全く…技術を覚えたらすぐ使いたくなるのはいただけない。まぁいい。続けてくれ。」


弟子「では、船を所有している人をAとして、船を造る修理屋をBとします。」


先生「ふむ。」



弟子「Aが壊れる度に船を修理していたら。まぁおおよそほとんどのパーツ。Bが直した船がもう。すべて新しいパーツに置き換えられて。これじゃ新品と変わらないと。」


先生「あのなぁ…そんなものテセウスの…」


弟子「さぁこれが銃の密輸ならどうでしょう?」


先生「つまり?」


弟子「はい。Bが壊れていない部分も少し錆びつていると勝手に決めつけ修理を始める。見積もりは情報が多いBの方が有利になる。そうなるとAだって馬鹿ではない。だんだんとエスカレートする行為にいつかは気がつく。そうしてAはこれじゃ新品を購入するよりも単価が高くつく。金を返せ。そんなト



ラブルがもうすぐ起きるそうです。…まぁ、古典的ではありますが確かに古くからあるパラドックスです。」


先生「なるほど。極端に言うとだ。壊れた銃一個のパーツが、どういうわけか新品の銃の値段を超えると。それで騙されたと気がつく。そういうわけか。」



弟子「彼らマフィアの性格を考えるに絶対に許さないでしょう

ね。そうです。テセウスの船です。」


先生「ふむ。それで解き方はいろいろとあるがどうする? ん? 君はどうしたい?」


弟子「はい。悪い組織。そうですね。マフィアですから両方潰



しましょう。もっと問題をややこしくします。両方に誇張した情報を与え、混乱させたところで両方にとどめをさす。」


先生「さて、兵器の密輸は構造が複雑だ。安全性はどう確保する?」


弟子「僕の考えはこうです。彼らに先んじて銃を調達、お金を調達。モノの交換を彼らの予定よりも何倍も早くさせる。



銃はおもちゃで十分通用します。だって部品の一部で成立しますからね。元手からモデルガンを分解して"配る"だけなんですからね。安上がりです。そしてお金は相場より少しずつ多めにしていくんです。予定が狂った彼らは焦っていく。どっちも予定を早めて、バランスを失った所をこちらの国の、そう



てすね。軍隊を呼びましょう。そうすれば大打撃を与えることができる。どうでしょう、先生。」


先生「問題は、マフィアの誰かは知らないが勘違いをするのは彼らの自由意志だ。もしかしたら勘違いしないかもしれんぞ。そこに計画の甘さを感じるな少年。もっとシンプルにしてはど


うかね。」


弟子「そうですね。三つ巴は強固な関係です。この関係で確実にバランスを崩壊させるには、一番最初に弱い組織をつぶ



す事です。最初に不正を犯したBを潰しましょう。次にAを。暫く軍隊は警戒態勢をひくでしょうね。そうして悪い組織は



しばらく背を伸ばしません。」


先生「ふむ。具体的にはどうする。」


弟子「電話するだけでいいと思います。近くのインターネットカフェでIP電話を使い匿名性を確保したままで。AにBの不正についてタイミングを見て極論をたくさん説明します。そ



してBと抗争をしてもらいます。Aの責任者もBの責任者も怒らせるといいですね。感情的になったら話し合いはまとまらない。」


先生「確実さが欲しい。まだ抽象的だぞ。少年。もっと具体的な安全性を確保して考えたまえよ。」



弟子「それなら。別に結果は見なくともいい。別に目で見ても、新聞で見ても結果は結果です。電話なら空港の電話で特定ほぼ不可能です。それに空港って安全ですしね。」


先生「なるほど。いたずら電話という事か。」


弟子「言い方が少し気になりますが…まあいいです。先生。銃



やお金は市内の誰も来ない場所に隠しておきます。」


先生「…君な…マフィアに恨みでもあるのかね…?」


弟子「ええ。まあ。嫌いなだけですよ。先生。僕でも誰にとっても情報というものは一定数、水位を上げながら得る者に平



等の機会があります。僕が使える言語は複数あって。未熟なものを含めると数は…。」


先生「言語は道具だ。数は良いが。君は使いこなせるのか? 」


弟子「実はすでに準備済みです。さっき先生をお待ちしていた時に。全て終わらせました。」


先生「ほう。航空券はあるのか?」


弟子「あります。」


先生「私が嫌だと言っていたら。」


弟子「航空券は捨てます。その話はしませんでした。すべて黙



ってなかった事に。」


先生「ふふ。なるほど。調査済みか。しかも実は全部済ませていたときた。はっはは。なるほど。君はやっぱり優秀だよ。それで? 本当のテセウスの船の解き方は知っているのかい? 」


弟子「ええと。主に二つありますが一つにします。長くなりますからね…。これは可能性の段階での不確実性のパラドックス


で、結果がでた時点で問題は収束します。シュレディンガーの猫についてコペンハーゲン解釈です。」


先生「なるほど。パーツがバラバラでそれが一つになるまでの流れを同一の問題としたわけだな。」




弟子「同じもの。という定義は曖昧ですからね。それを結果が出現してから問題点を指摘すればいい。」


先生「確かに逆の解き方もあるわけだが…まぁ解答を絞るのも手だな。うむ。じゃあ空港に行こう。それで、次はどこに行くんだい? 私はどこに連れていかれるのかな? 」


弟子「実は航空券を買った。という話しは嘘です。先生に乗り気になってもらおうと思って。ふふふ。うまくいきました。」


先生「…あのなぁ…。まぁそういうこともあるか。うん。この国の用事も済んでいる。ちょうどいい。出国しよう。」


弟子「やっぱりビザを取るのに時間がかからないところがいいですね。」



先生「うん。私はね。別に特に制限はないんだ。だから君にも


制限はかからない。」


弟子「へぇ、どうしてです?」


先生「ライセンスがある。資格というのはだね。滞在許可証の代わりにもなるんだよ。」


弟子「なるほど。じゃあ僕たちはどこにだっていけるわけですね。」


先生「ああそうだ。それじゃあ行こう。」





弟子M

「身体に流れているもの。僕が本当に同一であるかの問題。主観で答えれる事が許されるのなら。いいや。主観で答える事が僕の世界においての全てであるならば。僕は僕だ。僕の人生は積み重ねて積み重ねて。何度も何度もはいつくばって。辛酸を飲み込んでここにいる。それを否定する事はしない。誰にも僕を否定なんかさせない。僕は満足しているんだ。それだけで僕がこの問題で意地を張る理由にはなろう。これは定説の問題なんかではない。僕の意思によって僕が切り開いた人生を机上の空論なんかにズタズタにされない覚悟。そして今この旅は

それを証明する一つの人間が生きた事実なんだ。僕と先生は目的も違う。先生の考えている事はよくわからない。けれど、きっと面白い旅に。僕と先生はきっとするはずだ。僕の身体に流れているのは今日も赤い血だ。それは流れ続けている。」











三.閑話休題










弟子M

「僕の近しい人。親しい人がいなくなったら僕は何を思うのだろうか。閑話休題。この物語は、僕と先生の旅の物語だ。

例えば先生が死んでしまったら、もう話すことができないとか。ただそんな事しか思わないのだろうか。きっと違うんだと思う。

最初はそれで済むかもしれない。けどあとから先生との思い出がこみあげて。涙がこみあげて。記憶の中の先生がいた場所がまるでぽっかりあいたようになって。

寂しくて悲しくて、もう会えない事だけじゃなくて、もっといろんな事ができたのにとか。もっと一緒の時間で楽しくより良い選択ができたのにとか。

いろんな事を考えてそれでまた悲しくなって。悲しくなって。

ああ。願わくば。僕が死んでしまった時にも。僕のまわりの人たちにそれはとても気が引けるのだけれど。少しは悲しんで



もらえるような人間でありたいな。こいつがいたほうが楽しか

った。そんな風に思ってもらえるような人間でありたいな。ああ…閑話休題。」



先生「――それから私はね。」


弟子「はい。先生。」


先生「ん。」


弟子「はい? 」


先生「そうか。私は君の先生になったのか。そうだね。私にはそういうものがいなくてね。」



弟子「教わる必要がない人間なんているんです?」


先生「どうかな。いるんじゃないかな。私とか。」

弟子「だとして、証明するものはなんですか?」


先生「ないよ。」


弟子「だめじゃないですか。」


先生「なんで?」


弟子「さぁ、わからないですけれど。でも多分ダメですよ先生。」


先生「うん。そうだね。君はそういうわからないということが



ハッキリとわかるようになるといいね。それはね。無知と既知がはっきりするんだ。とても楽しいぞ。」


弟子「あの。先生は、とても不思議な人です。」


先生「そうなの? 」


弟子「先生は、何か。すべてが無茶苦茶です。」


先生「そうかな。まあさ。自分が理解できないものが無茶苦茶という解釈だけで済むなら容易い話しだ。全てそれだけで済んでしまうからね。だが物事はそう簡単ではない。道理を越したもの無垢なものが手も足も出せずに蹂躙されていく。」


弟子「先生は、どうしてそう思うんですか?」



先生「記憶かな。実はね。私には前世からの記憶が全てあるんだ。」


弟子「はぁ…」


先生「なんだ。もっと驚いてもいいんだけど。」


弟子「情報が多すぎます。それにちょっと理解に時間が…」


先生「うん。その情報の結果の地点。集合された物事。結果の頂点に私が居てしまったらどうだろうね。」


弟子「それじゃあまるで…あなたが…。」


先生「そうではないよ。私はね。人間だよ。そしてこれから私



は神様と対話をしようと考えている。」


弟子「神様ですか。どこにいるんです?」


先生「私の類推の範疇をでないがな。恐らくは世界。同時に宇宙。誰からも干渉できない場所。それにして神様というのは干渉できる。」

弟子「それで。先生は神様に会って何をするんですか?」


先生「だから対話だよ。簡単に言うと会話。」


弟子「会話はわかりますよ。だから会って何を話すんですか? 」


先生「さぁ。会ってみて話すことがあれば話すさ。なかったら



帰る。意外と白熱するかもしれん。」


弟子「……」


先生「全く君は本当に、ナンセンスだ。世界は広いんだから少年は大志を抱けだよ。」


弟子「その大志に僕は殺されかけたんですよ。」


先生「違うね。」


弟子「違いますか。」


先生「君がいちいち判断を失敗しただけだ。概念なんかのせいにするなよ。」



弟子「……」


先生「うん。わかればよろしい。」


弟子「"よろしい"のでしょうか。…恐縮です。」


先生「うん。だってさ。今この瞬間は少なくとも、君は。君とそのまわりの関係に気が付けたんだよ? それはすごいことなんだ。しかしな。そのあとがよくない。恐縮しすぎないように。君は間違っていない。それでしか人が人として成長する方法はないのだからね。」


弟子「そうかもしれないですけど…」


先生「希望の存在を過大評価して何が悪い。もっと前を向い



て歩けよ少年。過去は過去だ。こればかりは変わらない。そしてこの先は君が決めた過去とともに未来を生きるんだ。」


弟子「それは…なんというか。途方もなく…辛いです。」


先生「そうかな。今がそうだからといって、この先を決定づけるのは非常にもったいないな。今抱いている感情なんて今を決める根拠にしかならんよ。」


弟子「…先生は。」


先生「やめたまえ。少年。その感情からくる行動も"同じこと"なんだ。君はね。生きていてはまるでいけない事のように考える癖がついているがね。そんなことはないさ。保障はないんだけどね。楽しく生きようとするならば人生は楽しいものだ



よ。」


弟子「それは…あなたが特別だからだ。」


先生「そうかな。」


弟子「あなたには前世の記憶があるんでしょう? それなら学ぶことなんかない。」


先生「だから? 」


弟子「僕は生きるのが楽しいなんて思ったことがない。」


先生「それでもやっぱり経験していないだけの事なのかもしれないよ? だからね。少年。人は変わるんだよ。変わらないも



のもあるが変わるものもあるんだ。」


弟子「当たり前です…。」


先生「その当たり前を正確に知ることが難しいんだよ。少年。私はね。とってもとってもいろんなものを見た。阿鼻叫喚を見た。狂喜乱舞を見た。対照的だがね。どれも同じ人に訪れることなんだ。同じ存在で変わらないのに、何が変わったんだろうね。…多分、状況が変わっただけなのに…。人と人の環境が複雑に揺らぎ。それでこうも喜んだり悲しんだりする。ああ。あれはとてもとても…美しかった。」


弟子「僕は…。」


先生「時間ならあるんだろう? ゆっくりすればいいのにな。



人生って結構長いよ?」


弟子「そうですかね…長いものなんでしょうか。」


先生「うん。長い。本当に長かったよ。人の一生は本当に長いんだ。」


弟子「…すいません。先生は楽しく生きてきただけだと穿ちました。」


先生「うん? いいよ。別にそんなこと。でもまぁ、ありがとう。嬉しいよ。わかってくれて。」


弟子「…はい。」




先生「これから私は、神様に会いに行くんだけど。君も来るかい?」


弟子「…神様には、僕は文句しか今のところ思いつきませんね。たぶん相当文句を言うと思います…。」


先生「多かれ少なかれ人間はそうだろう。けれど私は楽しいと思うな。――たぶんそこで…。」


弟子「はい?」


先生「ん? ああ。そうか失敬。居たんだった。」


弟子「先生ひどいですよ! もうそういうの充分ですから! 」




先生「いや、本当さ。しばらく独りでいると。そっちに慣れす

ぎる。君は、私から学びたいんだったね。」


弟子「そうです。先生。」

先生「そうか。ならついてくるといい。もう少しで到達できる。」


弟子「その。そちらにいけそうですか? 先生。遠いのですか?」


先生「ああ。ま。彼岸くらいの距離さ。なんとかなるよ。」


弟子「――閑話休題。僕と先生の旅がはじまる前。その直前。出会いの話。これらは全て。物語に記すとしよう。どうせ誰も信じてくれはしないだろうから。せめて物語として。先生と



弟子。物語の出会いのシーンはこういう風に書こうと。その時

僕は思った。」























四.存在と時間










先生M

「私はね。君との旅は決して何一つ苦ではなかった。何一つ嫌な事はなかった。何一つ。何一つ重荷だとは思わなかったんだ。けれど。けれどね。私たちは一緒にいてはだめなんだ。私は理解してしまった。こんな事に気が付かないなんてな。ホント。本当にどうかしていたのだと思うよ。君も連れて行ってやりたかった。でも君は行きたくはないというのだろうね。私はそれが視えてしまったんだ。今からすると遠い遠い未来の事にあたるのだろうが、君は嫌だと答えるだろうな。そんなことを望んではいないと。そう言うのだろうな。君ならそう言うはずなんだ。いいや私の優秀な一番弟子なら。そう答えなければいけないんだ。それに気づいてしまった。気づくのが遅かった。本当に申し訳ない。けれどね。私は…私はね。君との旅をとてもとても終わらないでいてほしいものだと思っている。そんな私もいるんだ。ああ。なんたる不覚。なんたる未熟。だけ



れど。けれどね。この未熟を引き起こしてくれたのはね。ああ。うん。そうだ。そうなんだよ少年。今の私にこんなにも楽しい思いを引き起こしてくれるのはね。少年。君だけなんだ。だから。私は。とてもとても。とてもとても。ああ。そんなことまでして、私は。ああ。本当に。悲しい。ああ。悲しいな。本当に本当に。だからね…」



先生M「――この旅では。今回の私は。私は美しくあれたかな。今度こそ普遍であれたかな。そうだね。多分私は絆されたんだと思う。君の存在はきっと未練になるだろうね。」


弟子「先生。」


先生「ん。」



弟子「どうしたんですか。ぼうっとして。」


先生「そういえば思い出したぞ。」


弟子「はい。」


先生「君は約束を覚えているか。」


弟子「先生との事は後にも先にも口外禁止という話しですか? 」


先生「そうだ。」


弟子「ご理由を伺っても? 」




先生「改めて話すならばちゃんと説明したいんだがな。うん。まぁ。そんなの人間には必要ないからだよ。」


弟子「そうですか? 」


先生「そうだ。」


弟子「でももし僕がこの旅の事を本にして売り出したら、誰も信じてくれないでしょうね。」


先生「うん。虚実にすぎる。2000年前の伝記ならともかく、ファンタジーが過ぎるよ。


弟子「ふふ。そうですね。ああ。たしかに。本当にそうだ。あっ。でも。それでしたら、物語としてはどうでしょう。」



先生「ほう。」


弟子「先生との旅を物語として残すんです。どれだけ先生が無限に意識を継続できても、文字には勝てないかもしれませんよ? 」


先生「意識と文字の永続性の度合いなんてもの、きっと話題にもあがらなかったろうな。――うん。いいよ。その時は笑ってやる。」


弟子「わかりました。だから先生。この旅が終わる時は笑いあってのお別れがいいですね。」


先生「うん。そうだね。私もなんだかそんな気がするよ。」




弟子「はい。」


先生「けれどね。それはきっと未練だ。未練というんだよ。少年。未練はよくない。」


弟子「それは僕にとって。大きいのかもしれませんね。」


先生「いいや。それは私も。だよ。」


静寂


先生「君さ。旅が終わったら何がしたい。」


弟子「実はあまり考えてないんですよ。」




先生「いずれにしても。もう無理はしないように。限界を見極めて近づかないように。探索も探求も悪い事ではないが。あの


な。その。身体に気をつけてね。」


弟子「……」


先生「まったく。人間はさ。本当。無関心ではいられないような、本当。魅力があるな。蠱惑的な魅力だよ。本当にさ。」


弟子「……」


先生「それでいて、決して近づきすぎてもいけない。まるで炎だよ。」




弟子「……」


先生「そうして君は純粋がすぎる。生き方は間違っていないの



にな。不器用だと思うところは多いのだろう? しかし、それは多くの人間がそうだから心配しないように。それからな。

君は…」


弟子「いやです。」


先生「ん。」


弟子「先生。ここで終わりですか。」




先生「……」


弟子「旅はもう終わるんですか。先生。」


先生「ああ。」


弟子「何も僕はあの時から成長していない。」


先生「そうかな。」


弟子「僕は一歩も進んでいない。」


先生「少年。そんなことはないよ。いいかい。決して。決してそんなことはないんだよ。」




弟子「僕…は。もっと、先生と旅がしたかった。」


先生「そうだね。うん。本当に、そうだ。」


弟子「いつまでも知りたかった。いつまでも学びたかった。そうしてもっと話したかった。」


先生「うん。」


弟子「けれど、僕は未だ生を知らない。」


先生「だからね君は。君はね。よく聞いて欲しいのだけれど。まだまだ死を知る必要もないんだよ。」


弟子「僕はわかっていたんです。僕は…先生と同じ場所には行



けない。生涯費やしても。それが悔しい。そして先生との別れは寂しく辛い。」


先生「うん。私も君との別れは辛い。ならばきっと君も私の中にあるこういったのと同じ感覚で辛いんだと。同じくらいに辛いのだと思っている。でもさ。言ったじゃないか。笑顔で別れると。だから笑おう。笑って。私はあっちにいくよ。お別れできたらいくよ。」


弟子「先生…」


先生「こうしようか。次の分かれ道。あそこを別々に行こう。別々の道を行くんだ。」


弟子「先生。」



先生「さあ、いこう。無駄でも迅速じゃなくてもいい。ゆっくりでいいんだ。行こう。」


弟子「……」


先生「大丈夫。君の未来はきっと明るいよ。こういっちゃなん


だが、私は運とカンが良いんだ。だから当たるぞ。少年。」


弟子「…ありがとうございます。」


先生「それじゃあ。いこう。な。少年。…笑おう。少年。」


弟子「そうですね‥笑いたいの…です…でもうまく‥笑え…なくて…」



先生「そうか。」


弟子「ああ…とても楽しかった‥な…」


先生「そうだね。それなら。泣きたい時には泣こう。泣いても


いいよ。少年。我慢することはないんだ。無理をすることは決して。この先もなるべくしないでほしいんだ。」

弟子「はい…先生。肝に…命じ‥うっ…くっ。それ…じゃあ‥僕はここで‥」


先生「ああ。私もここで。それじゃあな少年。元気でな。」


弟子「はい‥はい。はい!先生!さようなら!今までお世話になりました!さようなら先生! 」



先生「――あの馬鹿者。街中で大声で騒ぎおって。…嬉しかったなぁ。ああ。また別れだ。いつだってさようならだ。ああ。さようならなんだね…少年。…辛いなぁ。いつでもどこでもどんな時代でも、別れは辛いな。ああ。さようなら。少年。」




弟子M「――そうして先生は、僕の目の前からいなくなった。」

















五.( )










弟子M

「草原にいた。あれからしばらくの時間がたった。そうして肉体がだんだんと重力に打ち勝つ事ができなくなった頃。――ああ。今夜は本当にいい夜だ。そんな事をふと思う。風は揺れる。向こうでは動物たちが無邪気に寝ている。まったく、穏やかな日だ。とてもとても、あれから時間はたった。今日はこんなにもいい夜なんだ。きっと先生に会えるだろう。なんの約束もしていないが、足腰に力が入らないので草原達の上を失礼する事にして腰をかけた。――静寂。少し穏やかな風が吹いた気がした。」


先生「おはよう。あれ。こんばんは。かな。」


弟子「先生。」




先生「うん。久しぶり。」


弟子「お久しぶりです。なんだか今日は会える気がして。」


先生「うん。私もそんな気がした。」


弟子「先生はお元気ですか、といってもごめんなさい。そっちを向くほどの力がもう入らなくて。」


先生「そのままで。うん。いいさ。君は君として。そうだね。うん。そうか。」


弟子「本当はもうほとんど目が見えなくなってしまったんですよ。音もあまり聞こえない。」




先生「そうか。」


弟子「それでも…僕は。僕の人生は。とても良い人生だったと思います。」


先生「うん。」


弟子「だからきっと、先生に勝てたような気がしますよ先生。」


先生「うん。」


弟子「良い人生というのは勝ち負けではないので。僕たち同着一位ですね。先生。」


先生「そうだね。私もそんな気がするよ。」



弟子「ああ。こんな事ばかり伝えたかったわけじゃないんだけど。」


先生「いや。いいんだよ。君が幸せに生きた。君は全うしたんだ。だから私はここにいる。」


弟子「……」


先生「……」


弟子「先生。」


先生「なんだ。」


弟子「先生。」



先生「うん。」


弟子「僕は…その…僕は。先生の弟子として立派にやり遂げたのでしょうか。」


先生「聞くまでもない。」


弟子「……」


先生「できていたよ。"少年"。」


弟子「ああ。…そうか。…なら良かった。」


先生「今の私の力なら、君も、私と同じようにできるよ。」




弟子「…先生。」


先生「どうする? 」


弟子「…先生。」


先生「うん。」


弟子「僕は人生を全うしました。だから"次"はいらないんですよ。先生。」


先生「――そうか。ふふ。ああ。そうか。ははっはは。やっぱり君は優秀だよ。ふふ。それもずば抜けてね」。


弟子「ああ。そうか。先生。」



先生「ふふ。ん。なんだ?」


弟子「いや。やっぱりあの時生きたいと願って良かった。」


先生「うん。」


弟子「生きてて良かった。」


先生「うん。」


弟子「時間はとてもかかりました。時間は気づいたら過ぎていました。凡人の僕でも到達した。到達できた。ああ。とても。とても。この世は素晴らしい。」





先生「そうだったね。君の人生はまさにそうだった。しかしな君。なんだあの本。読んだぞ。君の著書。あれはな。なんとい


うか。あの本は尊く。とてもとてもまぶしいな。宝石箱みたいだったよ。」


弟子「先生も読んでくださったんですか。」


先生「ああ。確かに笑ってやるとは言ったが実際にやれとは言っていないし、やるとは思わなかった。」


弟子「はい。すいません。先生。」

先生「君な。しかし。いや。なんだ。ああは言ったが。そのな。あれはとてもとても。私には笑う気にはなれないよ。だって。なぁ、君。」



弟子「先生。」


先生「なんだ。少年。」


弟子「まぁ。いいじゃないですか。」


先生「ん。まぁそうか。でも。

   ――どうもありがとう。とても嬉しかったよ。」


弟子「先生。僕も長い間お世話になりました。ようやく卒業できます。」


先生「ん。不思議な事を言うな? 弟子は卒業なのか。」

弟子「ふふ。知らないです。でも。」




先生「うん。そうだね。もうお別れだね。知っているよ。」


弟子「ほんとうに。ほんとうに良い旅だった。ほんとうに楽しかった。」


先生「うん。」


弟子「なにも残せないけど。僕が残った。」


先生「うん。」


弟子「僕は…これでいい。

   ――僕はこれがいい。」


先生「うん。そうだね。少年。」



弟子「先生。」


先生「うん。」


弟子「ちょっと休みますね。最後にお会いできて良かった。」


先生「ああ。がんばったね。少年。ゆっくりおやすみ。」


弟子「ありがとうございます。先生。…おやすみなさい。」


先生「ああ。おやすみ。」


弟子「……」





先生「――本当に静かな夜だ。良い夜だ。森はざわめき木々が揺れて草原が足元、心地よい。今日君に会えてよかった。今日の君に会えて良かった。ああ。私たちの本か。しめくくりはこうしよう。"少年"はそうして。――いいや。蛇足が過ぎる。これでいいんだよ。私たちは物語に生き続ける。見知らぬ人が見知らぬ土地で本を開く。そこで私たちの旅は永遠に続くのだから。ああ。きっと今日も知らないところで私たちは旅をしているのだろう。それは。とても。とても…


   ――幸せなことだよ。」



















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先生と弟子 @YukiShohei

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