【短編】メイド服を着た奇妙な女性に「主人公になってみないかい?」と誘われて能力を課された少年の話

九兆

メイド服はスカート丈が長い方が好きです。

 →→→

「やあ、きみ。になってみないかい?」


 学校の帰り、ふと思い立っていつもと違う道を歩んでしまったぼくは、メイド服を着た奇妙な女性に出遭であった。

 彼女は、さも当然かのように、突然、目の前にいた。

 長く美しい黒髪によく似合うクラシカルスタイルなメイド服。真っ白なホワイトブリムとエプロンは清楚さを感じさせるが、その可愛げと妖艶さを併せ持つ表情と奇妙な佇まいはミスマッチしている。

 ここは一般的で取り立てて特徴のない住宅街の路上。

 あれ? 近くにメイド喫茶あったっけ? それとも近所で新装開店するんですか? 通います。


「おや、僕の質問が聞こえなかったのかな」

 主人公になってみないかい。と同じ言葉を彼女は続けた。


 一瞬、まあ、今もだが、不審者かもしれないと考えたが、警察に通報しようとは思わなかった。

 思えなかった。


 なぜなら。


 彼女は、まるでそれが当たり前かのように、壁の上に、いや


 塀の上にいるのではなく、その壁面にしっかりと足を据えて直立している。


 メイドのお姉さんとぼくの視線は90度ズレて交わっている。なんだかこっちの方がおかしいのではないかと錯覚に陥ってきた。

 周りに人の気配がなく、まるでぼくと彼女、二人しかこの世界に居ない状況になっている気すらしている。

 あの……どうやっているんです……それ?


「はは、僕のことなんて、別にどうでもいいじゃないか。どうなんだい。主人公になってみないかい? なりたくないのかい?」


 どっちなんだい、と謎のメイドのお姉さんは迫ってきた。

 どうやら今の彼女自身の状況について、存在について説明をしてくれるつもりはないらしい。

 ひょっとしたら名前すらも教えてくれなさそうだ。


 それにしたって、主人公。

 主人公?

 主人公って、どんな存在になれるんですか?


「『主人公』とはなんぞや、という事だね。正直、僕にも未だに理解できていない概念では、あるけれども」


 メイドのお姉さんは一歩、壁面を歩いて近付き。


「まあ、端的に言えばきみに『特別な能力』を課してあげようってことだよ。何でもいい。きみが望む思い通りの能力をあげるよ」


 貸してあげるの誤変換ではなくて? と思ったが、彼女にとってはどちらも同じ意味らしい。

 まあ、つまるところ、最近流行の小説や漫画やアニメよろしくの、能力を授ける女神様みたいな存在、が彼女である、らしい。たぶん。きっと。見る限り。

 超常の存在であることの説得力はその90度ズレた立ち振る舞いから存分に思い知らされている。


 そして、ぼくはその誘い文句を考えこんでしまった。

 いらないって言えば、多分、彼女はそのまま去っていくだろう。

 しかし、その『特別な能力』という魅力的な誘いをすぐさま捨てるほど、ぼくは無欲ではない。


 思い通りに、何でもできる力。


 何でもしていいといわれると、ぼくは困ってしまう。


 ゲームをやるとき『好きな名前を入れてください』と指示されたら、ぼくは必ずデフォルト名を探して、それを名付けるタイプだ。

 モンスターを捕獲するゲームだったら『ハルト』や『マサル』や『レッド』にしている。

 捕まえたモンスターも種族名そのままにして名付けない。

 レストランで何でもいいから注文していいよと言われたら日替わりランチを頼む。

 サーティワンやスターバックスは季節柄の新商品を注文。

 マクドはてりやきバーガーにコーラをセットが定番。

 入力フォントはとりあえずMS Pゴシックにする。よくダサいと言われるが見やすくて良いデザインだと思う。


 進学先の高校も、親から「ここがいいんじゃない」と言われたから、そのまま入学してしまった。


 なんというか面倒くさいというのもあるのだが、ぼく自身、そういう発想を全然持たない。

 選択肢を与えられたら、最初に選ばれている指針に、オススメに、デフォルトに従うタイプ。


 あの、それって貴女が勝手に決めて授ける、とかじゃあないんですか?

「ないね。僕は常に誘い、能力を与えるだけ。決めるのは、きみたちだよ」

 今、この場にはぼく一人しかいないのだけれども。


 だとすると、何が良いんだろう。

 何が”良い”のだろうか。


 例えば、不幸な人を無限に助けられる能力を貰ったとしよう。

 そうしたらぼくは四六時中、誰かを助ける羽目になる。

 別に将来やりたい仕事があるわけでも、なりたい職業がある訳でもないので、やってもいいかもしれないけれども。面倒だ。そんな面倒くさがりで気まぐれな態度で人を助けるなんて、日々使命をもって日常を守っている警察や消防の人たちに失礼だ。そんな人が持って良い能力じゃない。


 例えば、金銭を無限に得られる能力を貰ったとしよう。

 ぼくはゲームや漫画やアニメが好きだけれども、だからといってそんな大金を『はい、あげる』と手渡されても、使いきれなかったり、変な使い方をして身を崩すだろう。宝くじを当てて人生が滅茶苦茶になった人の話を聞いたことがあるし、何よりもそんな金を持っていることを知られたら周りにたかられて人間不信になるだけだろう。十兆円あげる、ってポンと渡されたら、そりゃ、まあ、困る。銀行に預けて多分そのままになる。


 例えば、誰をも無限に操れる能力を貰ったとしよう。

 ぼくはそんな妄想を一切したことありません! などと聖人君子な物言いは決して出来ないぐらいには思春期ではあるけれども。だからといってそんな能力を貰って、本当に実際にリアルに肉体的快楽ないし精神的充足を満たすような真似をしたところで、ぼくは罪悪感に陥って破滅するだろう。そういうのは無責任な妄想だから良いのであり、実際にすると多分面倒だと思う。汚れとか。ファンタジーはファンタジーだから楽しめる。そんな気がする。


 例えば、人生を無限にやりなおせる能力を貰ったとしよう。

 失敗した時に人生の岐路に舞い戻って、より良い道を歩むことが出来ればこの先、生きやすいのだろうか。いや、そんな上手くいくわけないだろう。ぼくの人生、すべて正解だったとは言い難いのだけれども、だからといってイチイチやり直すようなことをしていたら無責任な人間になってしまう。そもそもリセットするぐらいだったら、いっそのことデータを消して明後日に投げる。やり直したからといって上手く出来るとは限らない。



 例えば、どんな能力がいいのだろうか。

 ふむ、意外とこういうのってパッと思いつかないもんですね。


「おやおや、てっきり『そんなモノいりません』って断られると思ったけれども、真面目に考えてくれているんだね。嬉しいよ」


 いい加減にさっさと決めろよ、となじられるかと思ったが、メイドのお姉さんは何やら上機嫌に待ってくれていた。

 その表情は温和で朗らかに見えるが、やはり視線が90度曲がっている為、認識しづらい。


 というか、彼女は壁に座り込んでいた。

 それ、汚れませんか? せっかく綺麗なメイド服なのに。


「大丈夫だよ、服の汚れをきれいさっぱり落とす能力があるから」


 あー、それとても便利だ。綺麗なのは好きだし、そういうのも良いですね。


「弱ったねえ。うっかりきみに候補をげてしまったようだ。こういうのは自身ひとの発想に任せたいのだけれども」


 彼女はとても残念そうな表情を浮かべた。こちらが申し訳なくなるぐらいに本気で悲しんでいる。

 じゃあ、やめといた方がいいってことですね、とぼくは改めた。


 これ、選ぶのに制限時間はありますか?


「僕の気まぐれ」


 なるほど、だとしたら早く決めないといけないのかもしれない。


 そう思うも、今もまだこれといったアイデアは出ない。

 ぼくはとりあえずトークで引き延ばして考える時間を稼ぐ姑息な手を使うことを選んだ。


 えっと、これは能力とは関係ない話なんですが、お姉さんってこういう誘いを今まで何回ぐらいしたんですか?


「二回だね、今回で三回目だよ」


 別にぼくが初めてとかじゃないんだ……。

 いやそれがどういう浅い失望感なのかは、ぼくにも分からないけれども。


「一番最初の少年は、まあ『人生を全て無かったことにしたい』って考えているようなろくでもない存在だったから、その通りな能力を課してあげたね。二番目の少年は『他の存在全てに邪魔されない状況で好きな子に告白したい』って奇妙で面白い考えをしていて、そういう能力を課したよ」


 どうやら、全員男らしかった。

 そんで今回も男、ぼくという訳だ。


「どうだい、参考になったかい?」


 いや、ううん……。というよりのではなくて?


「ハハハ、分かってくれて嬉しいよ」

 メイドのお姉さんは、寝転びながら笑った。壁に寝転ぶってもう逆立ちだよ。


 完全に上下逆さまの状態となっており、目に困る。

 ぼくの視線は彼女の上下反転したスカート。彼女の視線はきっとぼくの何てことない制服の足。

 細く美しいであろう脚が妖艶なスカートラインを形成し、思わず目を背けてしまいそうになる。

 ガン見してしまっているけど。


 というか、スカート捲れません? 重力よ今こそ頑張れよ。


「重力を操る能力があったら捲れるかもしれないねぇ」


 思わず、じゃあそれください! と言いそうになったじゃないか。

 ぼくの心境を見透かすように、おちょくってきている。からかい上手の謎メイド。


 というか。

 なんで、ぼくなんです?


「うん? どういうことだい?」


 過去に何か、貴女とぼくの間に縁が在るんですか?


「無いよ。むしろ今ここで遭ったのが縁だね」


 じゃあなんでぼくみたいな"普通"の奴に、そんな能力をあげるんですか。

 貴女にメリットがあるのですか?


「僕はメリットよりもデメリットの方を重んじるし、どちらとしても同じことだけれども。そんなことが気になるのかい?」


 はい。


「きみを選んだ理由を知りたいかい?」


 はい。


「気まぐれ、ではあるのだけれども。それじゃあ納得できないかい?」


 ええ。


 ぼくには何もない。

 特別な事は何もない。

 両親は幸いにも健全、年の離れた妹が一人いる。

 学校では最近、いざこざがあったりするけれども。

 生き死に関わる事件と遭遇した事は一切ないけれども。


 かつて世界を破壊した幼馴染がいて距離感が掴めないでいる訳でも。

 殺し屋一賊として産まれた故にモラトリアムに苛まれている訳でも。

 吸血鬼を助け吸血鬼に変貌し人に戻れない窮地に立たされた訳でも。

 あらゆる人間を殺す叫びから生き残り戦う使命を与えられた訳でも。

 孤島の中で剣士として鍛錬して刀を集める目標を命じられた訳でも。

 父親が怪盗でその盗品を返却しなければならない苦悩を持つ訳でも。

 魔法を使える少女と出会い運命を定めて救済する願望を持つ訳でも。

 過去を忘却する名探偵と交流してその記録を残す役割を持つ訳でも。

 暗号を解く学園に入学し全ての戦争を止める戦略を達成する訳でも。


 そんな、特別な過去と今がある訳ではないかもしれないけれども。


「それでも僕は、なんとなく、本当になんとなくだけど。きみが主人公になりそうだなって」

 そう思ったんだよ、と彼女は言った。

 それだけのことだった、らしい。


 →→→

 それからぼくは俯き、ひたすら考えて。

 どうするか決めた。


 おもてを上げると、メイドのお姉さんは、その瞬間に決まることが分かっていたかのように、ぼくの目の前に立っていた。

 今までのように天地無用に佇むのではなく、大地をしっかりと踏みしめて、真っすぐにぼくを見据えていた。


「『選択を示す能力』をください」


 うん? と彼女はほんのわずかに首を傾げた。


『選択した事を叶える能力』でもなく。

『最善を選ぶ能力』でもなく。

『過ちを選ぶ能力』でもなく。

『選択を示す能力』なのかい?


「はい、そうです」


 ぼくは散々、短い間ではあったが悩みに悩んだ。

 自身の中で色んな選択が産まれた。

 過去の二人の選択も聞いた。

 だが、だからこそ。


「ぼくは選択を、どうすればいいかを、"どうしたらいいか"を見たい。そして”それがある”というのであれば、選んでもいいし、選ばなくてもいい」


 もし示された選択が面倒だと思ったらやらないし。

 やらなければならない選択だと思ったらやればいい。

 家でヒマで寝転んでいる時に使って『あ、今宿題やった方が良いですよ』だなんて示されたら、やるかもしれないし、やらないかもしれない。


 選んだのは、保留でもなく、先送りでもなく、今を基点とした、指針。

 願いを叶える訳でも、叶わない訳でも、叶われない訳でもない。そういう道があるよ、と教えるだけの能力。


「例えば、帰り道に、いつもと違う道を示すだけのような、そんな能力です」


 つまらないですか? と尋ねた。

 面白いね。とメイドのお姉さんは応えた。


 じゃあ課して、挙げるよ。


 そう言って彼女は前振りも忠告もなく、そっと、ぼくの口元に指を当てた。

 光ったり、頭がクラクラしたり、別に劇的なことは何も起こらなかった。

 ひょっとしたら騙されているかもしれない、そんな風にすら思えてきた。


「てっきりキスされるかと思った……」

 最近そういうのは宜しくないらしくてねえ、と彼女は困った風にひとちた。


 それじゃあ、僕はこれで退散するよ。きみがよりよい主人公となることを期待しているよ。

 そういって、メイドのお姉さんは立ち去ろうとした。


「あ、ちょっと待ってください」


 なんだい?


 彼女は振り向き――そして


 を発動させた。


 ひょっとしたら。

 彼女と共に人生を歩めという行先ゆきさきか。

 これ以上関わるなという警告けいこくか。

 何かしらを示すことを期待して。


 ぼくは未知なる彼女に向かって、その能力スキル


 方針みちを示すスキル≪指針相応(ゴッドライン)≫を使った――













『目の前にいる■■■ ■■■を倒せ』












 そんなが――視得みえた。


「…………」


 何か、面白い”宣託せんたく”でもあったのかい?

 そう言いながらメイドのお姉さんは全てを見透かすように、その道を歩むことを期待するかのように笑って。

 去っていった。


 あとは、ただ途方に暮れて立ちすくむ、ぼくだけが残った。



   

「…………どうしよっかな」




 →→→


 その後、その少年が、どのような人生みちを歩んだか。

 果たして選んだのか、選ばなかったのか。

 彼の行方は、誰も知らない。

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【短編】メイド服を着た奇妙な女性に「主人公になってみないかい?」と誘われて能力を課された少年の話 九兆 @kyu_tyou

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