第122話 空からの脅威





 

 俺は暗闇に紛れて岩の丘を下る。

 建設中の基地は岩の丘の頂上にある為、そこから離れると徐々に下り坂になって行く。

 登って来る敵は一苦労だが、降りるのは早い。


 だから敵の撤退はあっという間ではあったが、追いつくのは難しい事ではない。

 俺は敵の混乱に紛れて一気に敵との距離を縮めた。

 そして敵の指揮官がいると思われる森の手前まで来てしまった。


 松明たいまつの明かりで照らされて、人影はチラチラ見えるがどれが指揮官なのか判断できないな。


 その時、だった。


 見たくもない影が松明たいまつの明かりに照らされて見えてしまった。


 肉食獣の下半身を持ち、猛禽類もうきんるいの上半身を持つ魔物。

 

 いや、きっと見間違いだ。

 ゴブリン兵ごときが飼い慣らせる魔物じゃない。

 

 だが……


 あの影は間違いなく『グリフォン』であった。


 存在は俺も知っている。

 実際に山の中で戦ったこともある。

 鷲の上半身にライオンの下半身の魔物を。

 

 昔俺がまだ十代の軍隊に入って間もない頃だ。

 偵察の任務で一個分隊で行動中、たまたまグリフォンの縄張りに入ってしまったようだった。


 空の高い位置から鳴き声がして、兵士らが空を見上げると、そこには急降下して来るグリフォンがいた。

 その時の兵科は軽装歩兵で、飛び道具は持っていない。

 空からくる魔物に対しては防御しか手立てがなく、防御陣形で盾を空に向けて槍を突き出すしか出来なかった。


 つまりは、グリフォンの一方的な攻撃。


 俺達の分隊は木々を利用して逃げながら防御するしかなかった。


 一時間の死闘の末、やっとグリフォンの縄張りから出た俺達の分隊は酷い有様で、10人いた兵士が四人となっていた。


 その四人ともが負傷していて、野営地へ戻るまでに結局は三人になっていた。

 その一人が俺だった。


 それからというもの、上空で鷲の鳴き声がしたら過剰反応するようになった。

 

 だから今見た影がグリフォンだった場合、とても勝ち目がない。

 クロスボウなら地上からでも攻撃できるって?

 出来るが犠牲が馬鹿にならないだろう。

 だからあんな化け物、戦ったらダメだ。

 

 しかし、そう言う時に限って化け猫はミスを犯しやがる。


「構えるにゃ~」


 窪地に入り込んだミイニャ伍長が、俺の合図を待たずに何か勝手な事をおっぱじめやがったんですが。


「撃つにゃ~!」


 森に向かってクロスボウ攻撃を始めやがった。


 接近戦で安心できるのと夜目が利くから連れて来たんだが、その利点は生かせずに欠点のポンコツが前面に出てしまった。


 折角潜んでくれているグリフォンを暴れさせたいのか、あのバカ猫め!


「ミイニャ伍長、撤退しろ~!」


 俺が叫ぶとミイニャ伍長は「にゃ?」って顔をしている。

 

 だが、居場所がバレた途端とたんに、敵の石弓の攻撃が始まった。

 ミイニャ分隊はたまらず攻撃をやめて窪地くぼちで縮こまる。

 もちろん大声を張り上げた俺に対しても石は飛んでくる。


 俺はうつ伏せに退避しながら覚悟を決めた。

 こうなったらグリフォンと戦ってやる。


 「さあ来い!」


 ――しかし、来ない。


 一向に空を羽ばたく羽の音もしないし、鳴き声もしない。

 ゴブリンのギーギーギャギャ―という声しか聞こえない。


 俺は空のあちこちを探してみる。


 ――いない。


 良く見れば、森の中の松明たいまつの明かりが後退して行く。


 もう一度暗い空を見まわす。


 やはり飛んではいない。

 本気で撤退するようだ。


 なんだ、助かったのか。

 

 そう言えばゴブリン兵も、統制があまりとれていなかったような気がする。

 それに石弓の腕も決して上手ではなかったな。

 新兵なのか?


 そうか、あり得ることだ。

 俺達が新兵にクロスボウを持たせて即席部隊を創るのと同じように、ゴブリンも石弓でそれをやたってことだ。

 考えられるな。

 そうなると、敵の指揮官はゴブリンにしては出来る奴だ。

 これはあなどれない、気を付けるとするか。


 となると敵の主力戦力はグリフォンのみの可能性も出て来た。

 どっちみち脅威きょういに変わりはないがな。


 俺はミイニャ分隊を率いて、一旦は建設中のロックヒル基地へと戻った。

 もどると鉱山砦からの援軍が一個小隊来ていた。

 取りあえずその夜は居てもらったが、それ以降の攻撃はもうなく、朝には建設部隊と入れ違いで鉱山砦へと帰って行った。


 その間、俺達はゴブリン兵が置いて行った石弓を回収して来た。

  

 早速調べてみると、明らかに雑な作りだ。

 これは間違いなくゴブリンが作ったもの。

 ただし技術は人族のものに近い。

 やはり人族の誰かが技術を横流しした可能性は捨てきれない。

 ただそれだけだと疑わしいというレベルで、人族のクロスボウを真似ただけと言われればそれまでだ。


 それからボルトを飛ばすようにしないのは、製造が間に合わないだけの理由かもしれない。

 石なら無限にあるから、ボルト切れで撃てないなんて事もないからだ。


 実際に撃ってみた感じだと、有効射程は短く威力は弱いし、命中精度も余り良くない。

 これなら俺達のクロスボウの方が有利。


 ひとまずホッとしたが、敵に大量の飛び道具があるのはかんばしくないな。

 そこで俺達はその対応策として、翌朝に来た建設部隊に盾の製作を頼んだ。

 

「兵曹長、俺達は防具は作れないよ。俺達が作れるのは家や建物だからな」


 親方からの返答がこれだった。

 そこで俺は矢が防げるような衝立ついたて程度で良いと説得。

 実際、手に持って戦うような盾はいらない。

 クロスボウを扱う為、両手が開いていないとダメだからだ。

 だから遮蔽物しゃへいぶつになる様な、地面に立てて使う矢避けが欲しいだけだ。

 まあ今回は矢ではなく石だけどな。


 それを説明したら渋々だが優先的に作ってくれることになった。

 それと門の扉も優先的にだ。

 だが門の扉は金属補強するがために、その金属部分の注文到着待ちになっていて、これ以上に手を付けられないらしい。

 それで取りあえず簡易扉を付けてもらう事にした。


 だがこれで建設完了時期が遅れることになる。


 そして昼間に攻撃してくると思ったグリフォンやゴブリンは、結局はそれもなく、臨戦態勢していたのが無駄になった。

 

 その代わりにその夜、またしても建設部隊が帰った後にゴブリンの攻撃があった。

 松明たいまつを持ったゴブリン兵が門に殺到したのだ。


 





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