第2話 新兵
俺は子供のころはこの貧民街に住んでいた。
というよりも孤児院だがな。
13歳の時、自ら徴兵所に出向き入隊を希望した。
理由は簡単だ。
いつも腹を空かしていたからな。軍隊に入れば毎日3食付くと言われていたからだ。
だがその当時、軍への入隊条件は16歳以上。
小さな徴兵所の入り口の所には、二人の兵士が立っていた。
この街の一般的な兵士の恰好で、簡略化した革鎧に短い槍を右手に持ち、小剣を腰に差している。
俺はその兵士に年齢制限など知らずに自分は13歳だと言ってしまった。
するとあざ笑うかのように手で「シッシッ」と追い払われそうになった。門前払いと言うやつだ。
怒った俺は「これでもちゃんと戦える。かかって来いよ、証拠を見せてやる!」と叫んだんだよな。
そしたらその徴兵所の兄ちゃんが笑いながら拳を俺に振るってきたんだよ。
そこからは簡単だったな。
そいつをまずはぶん投げて、もう一人が血相を変えて俺に掴みかかって来たんで、そいつの股間を蹴り上げたところで、奥から偉そうなオッサンが出て来た。
そのオッサンがサンバー新兵訓練所の所長、ポケラ隊長だ。
投げ飛ばされて咳き込む兵士と、股間を押さえて苦しむ兵士の2人が少年の前にいるんだ。
嫌でも状況は解かるってもんだろ。
それで俺は13歳という規定に満たない年齢で軍隊に入ったって訳だ。
それで十年以上戦場で生き残り、少し休めと言われてこの訓練所の教官をしているんだが、今度は少女新兵のクロスボウ部隊を率いて戦場へ戻れと言う。
正直言って「また戦場へ戻れる」とそっちの理由で興奮した。
それで、俺は必死に少女新兵集めに朝から晩まであちこち走り回った。
そして2週間ほど掛けて、必死の思いで20人ほどをなんとか選抜。
獣人で10名、ヒューマンで10名という構成だ。
訓練所の既存の新兵の中から10人選び、新しく徴兵された中から10人選んだ。
特にその中でも注目に値する人物がいる。
貧民街で暮らしていた猫系の獣人の少女なんだが、盗みで捕まりその存在が発覚。
驚いたことに、この少女は始めから魔法が使えたんだな。
大抵の子供は5歳で教会へ連れていかれて、魔法適正が調べられて魔法の素質がそこで判明する。
しかしこいつの場合は、貧民街のストリートチルドレンだったから、そんなイベントはスルーだったようだ。
さらに驚きなのは、この少女は自力で魔法が使えるようになったと言う。
それも周囲には秘密にしていたらしい。
まあ魔法が使えるとなると、間違いなく領主の伯爵が黙っていないからな。
バレた時点で連れていかれる。
住所も不定のストリートチルドレンだったこともあって、徴兵も免れていて年齢は16~17歳ほどだ。
貧民街出身の子供は年齢も良くわからない者も多いから、特に珍しいことではない。
金を掴ませた馴染みの番兵所から「面白い奴を捕らえた」という連絡で、俺は直ぐに番兵所に向かった。
最初に会った時、この少女は酷く気性が荒く、まるでヤマネコのようだった。
猫系の獣人少女だ。
「刑罰で両腕を切り落とされるのと、軍隊に入隊して毎日三食食べられる生活のどっちか選べ」
尋問官の俺の問いに、こいつは「三食食べるにゃ」と嬉しそうに入隊を選んだ。
この少女、正式な名前がないようなのでとりあえず『ミイニャ』と名付けた。
昔、俺がまだ孤児院にいた頃に、そこに居ついていた猫の名前だ。
それで使える魔法なんだが、火魔法が使えるし魔力量もそこそこあるらしい。
まだ16歳ほどなので今後も成長する可能性が大きい。
だが、この時点での調査では大した魔法ではなく、一応「魔法が使える兵士」として魔法記章をつけることにはなった。
それでも街の番兵所の兵士に金を掴ませていなかったら、まず伯爵の直属に取り立てられただろうな。
これは運が良いと言ってもいいだろう。
それ以外の少女の中にも狩人の子がいて、親の狩猟を手伝っていたとかで最初からクロスボウが使える者もいる。
名前は『サリサ』と言う栗色の毛並みのウサギ系獣人少女で、射撃が上手いとまではいかないが、クロスボウの扱いは慣れている。
何よりクロスボウでの狩猟経験があると言うのは都合が良い。
それに『メイケ』と言う綺麗な金髪のヒューマン少女は、クロスボウ職人の娘だ。
美少女と言っても良い。
小さい頃から身近にクロスボウがある生活だったそうで、こいつも扱いに慣れている。
クロスボウ修理なんてお手の物。
ただ、こいつ、極度の人見知りだ。
とにかく今はこの20人で訓練開始となる。
そして遂に少女新兵20人が集まる日が来た。
「整列!」
直ぐに反応したのは新兵訓練所から引っこ抜いた10人だけだ。
残りの10人は周りが動き出した後に、キョロキョロしながらオロオロするばかり。
まあ、初めはこんなもんかと思ったんだが、周囲の動きに動じない2人がいる。
1人はミイニャ、こいつはまあ想像できたよ。
あとのもう一人、名前は『ラムラ』
ショートカットの黒髪で褐色の肌のこの少女、立ったままウトウトしてやがる。
ああ、今、足がカクってなったぞ。
でも動じないな。
この状況で寝ようとしているとは、中々良い度胸をしている。
まずは基本の整列から教えなければいけないな。
その前にだ。
俺はラムラの目の前まで行くと、そいつの頭に向かって勢いよく右手の平を振り抜いた。
「パシッ」と見事なまでの音が周囲に響く。
その間にもオロオロする他の新兵に、訓練所に元からいた新兵が整列を教えている。
ラムラは俺の平手打ちを頭に受けて、「痛い」とばかりに両手を頭に持ってきた。そしてその格好のまま周囲をキョロキョロし始めた。
いや、目の前に俺がいるんだが。
そして自分の周りには俺しかいないことが分かったのか、俺の目を上目遣いでジッと見る。
両手は頭の上に乗せたままだ。
身長差があるから俺はラムラを見下ろす形だ。
その状態のまま動かないラムラ。
俺は大きくタメ息をついた後、もう一度ラムラの頭に右手を振り下ろした。
すると驚いたことに両手を頭に乗せたまま、避けやがった。
それもギリギリのところでだ。
俺は空振りをした形となる。
音にするなら「スカっ」か。
そこでラムラは俺をジッと見つめたまま、いや、
「ほほ~、良い反射神経してるんだな――」
そう言いつつも俺は左手でラムラの頬へビンタを食らわす。
—―否、今度は右手首で俺のビンタを止めやがった。
しかし、俺のビンタは軽くない。
体重の乗った俺のビンタは、ラムラを身体ごと吹っ飛ばした。
長年鍛えてきた俺の身体は、ビンタひとつでも体重を乗せる。そこらの奴らとは質が違う。
「くっ!」
ラムラは1メートルほど吹っ飛んで地面に砂埃を上げて転がった。
周りに新兵達の視線が俺と転がったラムラに集中する。
その目には明らかに恐怖の感情が浮かんでいる。
最初が肝心なのだ。
俺は怖いと思わせないといけない、舐められたら教官は務まらないからな。
「ラムラ、貴様、格闘技をやってるな?」
避け方に受け方、あれは格闘技をやっている者の動きだ。
俺の質問にラムラはゆっくりと起き上がりながら言った。
「そうだよ、喧嘩じゃ男にも負けないはずなんだけどね……あんた、今、あたいの拳を受け流したよね」
俺はその質問にニヤリと返しただけで、ラムラにもう一度命令した。
「ラムラ、整列しろ」
そこでやっとラムラは整列に応じる。
実はラムラは俺のビンタとほぼ同時に、俺の腹に拳を入れにきていたんだな。
だけどな、俺は10年以上も戦場で生き残ってきたんだぞ。
手で軽く払い除けてやった。
だが15歳でこのレベルは凄い。
将来有望だが、あいにくこの部隊は遠距離武器の部隊なんだな。
接近戦用の格闘技はあまり必要ない。
あるに越したことはないけど。
ま、残念だな。
だがな、こいつみたいな接近戦闘に自信があるような奴は、戦場に出ると大抵が速攻死ぬと決まっている。
ラムラには、ここで生き延び方も教えてやろう。
ラムラは渋々ながらも整列に加わり、視線だけは俺を
さてと、残すは……
俺は走り込んで行ってジャンプ一番、右手を振り下ろした。
もちろんボーっとしてるミイニャの頭へ向かってだ。
訓練所には「パシーン」と心地よい音と、ミイニャの叫び声が響き渡る。
「にゃー!!」
何故か引っ叩いた瞬間、口から少しだけ火を吐いたんだが……
* * *
整列や行進などの基本的な行動を訓練しながら、一応近接戦闘の仕方も教えないといけない。
といっても3か月しかないから、歩兵のような戦闘は教えない。
あくまでも防衛、つまり敵に接近されてしまった時の戦闘だ。
本当は接近されてしまった時点でクロスボウ部隊は終わっているんだが、被害を最小限に食い止める為の戦闘訓練かな。
剣を振えるのと振えないのでは、生死の境の場面では大きく違う。
基本的には接近されたら腰に差した刃渡り50㎝ほどの小剣を使うんだが、訓練中は木剣を使わせている。
ここでもやはり格闘技経験者のラムラは頭一つ抜けて強かった。
こいつの家は普通に農家だったはずなんだがな。
どこで覚えたんだか。
だがミイニャも意外と強い、というか反射神経が物凄い。
獣人族の中でも抜きん出ている。
そこで面白そうなのでミイニャとラムラに模擬戦をさせてみようかと。
それを2人に言ったら、ラムラはミイニャに視線を送りながら「ニヤ」っとする。
そして改めて俺を見てラムラは言った。
「ふっ、望むところ」
ミイニャに視線を移すと。
「にゃっ!」
逆にミイニャは嬉しそうだな。
こいつはよくわからん。
もちろんミイニャに魔法は禁止だと伝えた上での模擬戦だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます