第2話 無謀なチャレンジ

 二人を乗せた車はまっすぐな道を走っている。土のにおいはいよいよ濃くなり、カーラジオは切られ、代わりに少女のかしましい声が鳴っている。


「今日はほんといい天気よね。おじさんどこいくの?」


「マキラ州」


「へえ~、ずいぶん遠くまでいくのね。なんで?」


「お前には関係ない話だ」


「脱いでいい?」


「脱ぎたきゃ脱げ。車から放り出してやる」


 ぬかるみが、道路いっぱいに広がる場所まできた。4WDはガタガタ揺れながらも難なく進んでいく。


「お前はどこまでいくんだ」


「決めてないの。だからおじさんについてく」


「ばかいうな。家出娘か?」


「帰る家なんてないの、わたしには」


「家は一つじゃない。親と一緒に住んでた場所以外にもあったはずだ」


 ライカンがそういうと少女はムッとした表情になる。


「そんなこと訊いてどうすんの? それこそ『お前には関係ない話』よ」


「そういう口の利き方は気に入らないな。歳相応の話し方ってもんがあるだろう」


「はーあ」


 少女はぷいと窓の方に顔を向けて何も話さなくなった。ライカンはほっとして運転に集中した。


 しばらくいくと、ハリケーン「サマンサ」の爪痕が深いところにきた。道路が土砂で寸断され、バリケードが並んでいる。バリケードの先には、川の本流から溢れた水が支流となり、本来道路が走っていたところを横断するように流れている。賢い人間なら迂回することを考えるだろう。


「あ。あのトラックだ」


 前を向いた少女がいった。先にやり過ごしたあおり運転のトラックが、土砂にほぼ突っ込む形で止まっていた。あの様子では、前輪は支流に水没しているに違いない。いけると思ったのか。あまりに無謀なチャレンジだった。


「ここで待ってろよ。絶対に動くな」


「はーい」


 ライカンは車から降りると、トラックの前に一人佇む運転手の男に近づいた。


「あんた、なかなかのチャレンジャーだな」


 男が振り返った。髭面の肥えた男だった。


「だろ? いつもはいけるんだぜ? だがこいつはどうしたこった! うんともすんtもいわねえ」


「運がなかったな」


 ライカンはそういって煙草を差し出した。男はぷくぷく太った指でそれを挟むと、ライターで火をもらって口にくわえた。


「あんたいい奴だな。どこのモンだ」


「運び屋だよ。その辺の」


「俺も似たようなもんさ」


 二人で並んで煙草を吹かしながら、傾いたトラックに目を移す。


「ウインチで引っ張ってやるよ」


「そうか? だとしたらありがてえ」


「ただ、引っ張り上げた後が問題だ。支流は渡れないし、迂回するとなるとだいぶ引き返さないとな」


 ライカンの言葉に男はため息を吐いた。


「そうだな……ちぇっ、めんどくせえ」


「まずはワイヤーを取り付けよう」


 4WDの前部からワイヤロープを引き出し、トラックの後部に取り付ける。二台を結び付けるとライカンは運転席に戻った。


「降りてこないのはお利口さんだったな」


 少女は毛布にくるまったまま目を輝かせた。


「降りてってつば吐きかけた方がよかった?」


「長生きするよ、お前は」


 4WDはじんわりバックした。トラック前方がやや横滑りし、すぐに安定して後輪が道路に落ち着いた。


 支流から完全に引き上げ、ライカンは車を降りた。


「ありがとう。感謝するぜ」


 男が手を差し出したので、ライカンは握り返した。


「今度は慎重にいけよ。お互い、『サマンサ』から逃れたんだから」


「ああ、そうだな。肝に銘じるよ」


 二人は別れた。ワイヤロープを巻き戻し、ライカンも運転席に戻る。


「おじさんって不思議な人ね」


 支流を横に見ながら泥道を進んでいる途中、少女がいった。


「あんな嫌な奴なんか助けなくていいのに」


「確かにその通りだな」


「なんで助けたの? 見栄?」


「お前に見栄張ってどうする」


「じゃあどうして?」


「さあな。見て見ぬ振りができないってやつなのかもな」


「ふうん。じゃあおじさん、長生きできないね」


「長生きより大事なことはある」


 泥道をようやく抜けると、ガソリンスタンドが目に入った。敷地内にはコンビニも見える。


「ありがたい。ちょうどケツが痛くなってきたところだ」


「おじさん、痔なの?」


「黙ってりゃ可愛いだけなのにな、お前」


 砂利でガタガタの斜面を下り、道路を渡ってガソリンスタンドの敷地に入った。騒がしいBGMが大音量で流れている。ライカンは給油を終えた後、コンビニの駐車スペースに止めて外に出た。


「待ってろ。なんか着るもの買ってきてやるから」


「あるかな、服。可愛いのにしてね」


「贅沢いうな。適当に買ってくる」


「早く戻ってきてね、待ってるから」


 ライカンが車から降りると、風に乗って紙が一枚飛ばされてきた。足元にまとわりついてきたそれを、何気なく拾って読んでみる。


『バーミヤン州の皆さまへ 空き巣ならびにコンビニ強盗が多発しております 警察によるパトロールも行っておりますが十分にご注意ください バーミヤン州知事』


 災害に乗じた犯罪も多いこの世の中だ。世知辛いが仕方がない。


 ライカンは車に電子ロックを掛けると、コンビニへ向けて歩き始めた。

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