宝くじ問答
かるら
第1話
「宝くじが当たった」
部屋に入ってくるなり、番長がそう言った。「番長」と言っても本名じゃない。もちろんあだ名である。ちなみに俺は「大将」。
まあ、そんなことは置いといて。
番長は、一枚の紙をひらりとテーブルの上に放った。
俺を始め、金髪の「ピカ」、くるくるパーマの「ぺい」がそれを覗き込む。
見間違う事無く、それは宝くじだった。
「いくら当たってんの?」
ピカがのほほんとした声で訊く。こいつはいつもこんな感じ。ゆったりマイペース。
「はした金だった」
溜息を吐き、番長はどさりと椅子に腰かけた。「あーあ」と口にし伸びをすると、ダラリと腕を下ろす。よっぽど残念な当選金額だったらしい。
「確か安くて百円……だっけ?」
一気に興味が無くなったのか、ぺいはスマホを取り出し遊び始める。
「そうだっけ? 二百円じゃなかった? ねえ、大将」
「お、おう。それぐらいじゃね?」
正直、どっちでも良くなってた。百万、いや一万ぐらいから喜ぶもんだろう。
「買ったのって一枚だけ?」
人差し指を唇に当てると、ピカは女の子のように小首を傾げた。
今のこの場で宝くじに興味を持っているのは、もうこいつだけのようだ。
「うん、これだけ。なーんか急に買いたくなったんだけど、手持ちが無くて一枚しか買えなかった」
バッグから取り出した文庫本をぱらりと捲り、つまらなさそうに番長がそう答える。
でもそのたった一枚が当たったって、ある意味凄くないか!?
「で、どうすんの? これ」
スマホに目を落としたまま、ぺいが宝くじを指差した。
「どうする?」とは多分、換金に行くかどうかということ。
「んー……お前らにやる」
その言い方からして、本当に安いらしい。
俺はピカと顔を見合わせた。
「どうする? お前持って帰る?」
「でも二百円の為にわざわざ行くのもなぁ~……」
「いや、宝くじセンターなんて、どこにでもあるでしょ」
「ほら」と、ぺいがスマホの画面を突き付けてくる。そこには、近辺にある宝くじセンターの場所がずらりと表示されていた。
「え? そこは買うだけでしょ? お金に換えるのは銀行だって……」
「バーカ。それは百万……いや十万か? とにかく、大金の時だけだよ」
「へ~っ。そうなんだあ~」
感心したように大きく頷くピカに対し、ぺいはぽりぽりと後頭部を掻くと、ちらりと俺に目を向ける。
それが意味するところとは……
「大将。それ換金してジュース買ってきてよ」
やっぱりなあーっ!!
「何で俺が!? しかもジュースって。これ持って来たの番長だろ? 何で番長のじゃなくて、お前のジュース買ってこなきゃならないんだよ!?」
ぺいの目が、不機嫌そうにきゅっと細められた。
「誰が俺のだって言ったよ。二百円ありゃあ、二リットルのやつ買えるだろ。それを俺らで飲めばいいじゃん」
うっ、それもそうですね。
そう思うも、勇気を出して反論を続ける。
「それなら別にお前でもいいじゃん。ピカでもいいし」
ぺいは「はあ~」っと盛大に溜息を吐くと、スマホをしまい身を乗り出した。
「まずピカ。こいつは以前お使い頼んだら迷子になってただろ? だから却下。そして大将。お前はワガママだ。この前俺がジュース買ってきたら、『これじゃない』だの、『百パーセントのやつじゃないと』とか言っただろ? その点俺は、お前が何を買ってきても文句一つ言わず飲む。だからお前が行って、好きなの買って来い」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。だけど了承してしまうと、何だか負けた気がする。
「ぐぬぬ……」と肩を震わせていると、ガチャリとドアが開いた。
「こんにちは~!! って、何すか? この空気」
顔を覗かせた後輩は、訝しそうに眉をひそめる。
ナイスタイミング!! これぞ天の助けっ!!
俺は素早く後輩に近付くと、ぐっと手を掴んだ。
「え? 何? 何すか?」
「お前、今ヒマ? 二百円渡すからジュース買って来て」
早口でそう捲し立てつつ、その手に宝くじを握らせる。
「二百円って……宝くじじゃないっすか!? これでどうしろと!?」
「二百円当たってるんだよ。だからそれで二リットルのやつ買って来てくれ! 何でもいいから!!」
くるりと後輩の肩を回し、ぐいぐいと背を押す。後輩の体がドアの外に出たところで、
「じゃ、任せた! 釣りはやるからっ!!」
バタンッとドアを閉めた。
ドアに背を預け、そのままずるずると座り込む。
自然と安堵の息が零れた。
これで俺の面目は保たれた……のか?
しかし、それから何時間経っても後輩は戻ってこなかった。
電話を掛けても出ない。メールも返ってこない。
「遅くない?」
しびれを切らしたのか、ピカが珍しく眉をしかめながら顔を上げた。
「遅いな……もしかして二百円じゃなかったとか?」
「で、手持ちじゃ足りなくて逃走?」
「いや、子供じゃあるまいし……」
番長を除く俺たち三人、顔を突き合わせて話し合う。
と、再びぺいがスマホを取りだした。
「番長。宝くじの番号とか覚えてる?」
「うん。三八組の~……」
番長が読み上げる番号をタップしていく。
と、ふいにぺいの指が止まった。しかも微かに震えている。
「ぺい?」
声を掛けてみるも、ぺいは瞬きもせず、ただ大きな目をさらに大きく見開いているだけ。
「ば、番長……?」
ぺいの震える声が言葉を紡ぎ出す。
「お前、これ、本当に確かめた?」
「うん。はした金だろ?」
「いや、これは……」
「何言ってんだよ、ぺい」
一向に進まない話に、俺はスマホを覗き込んだ。
「……え?」
そこには、先程番長が口にした番号が表示されていた。
そしてその上には……
『二等 一千万』
「い、一千万~っ!」
素っ頓狂な声が口から発せられる。
ピカはすっかり固まってしまっている。
「一等前後賞七億円からしたら、一千万なんてはした金だろ?」
「いやいやいや……え? 番長、頭大丈夫?」
「大丈夫だっての。一千万なんて、じいちゃんに頼めばすぐ用意してくれるよ」
番長、実は坊ちゃんだったのか~っ!?
二重の驚き。
俺たちは金魚のように、ただ口をパクパクさせることしか出来なかった。
そりゃ後輩も持ち逃げするわ……俺が行っときゃ良かった……
しかし後悔先に立たず。
沈黙が下りる部屋の中、窓の外で「カァー」とカラスが鳴いた。
宝くじ問答 かるら @chiaki0811
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